ホウオウの理由
第五聖地アクドラ。そこは、五人の『元』聖女が、覇権を競い、いがみ合う場所だった。
第一聖女ミリアム。
第二聖女ナイム。
第三聖女イグドラシル。
第四聖女ディーク。
第五聖女マリアンヌ。
この、五人。
その中へと、フランシスカは突入していくことになる。部下となった、ホウオウと共に。
アクドラへと入る区域は、隣接している国が、中立国であることもあり、比較的平和な地帯であった。フランシスカとホウオウは、アクドラに侵入する前に、アクドラの隣国、ヘイムにて休息を取ることにした。
ヘイムの街は、青空の影響もあるが、とても平和な雰囲気だった。鳥は飛んでいるし、街を行き交う人々も、表情が明るかった。
フランシスカとホウオウは、一緒に、街のカフェに入った。そして、コーヒーを二つ注文した。白い、外との仕切りがない、綺麗なカフェである。
二人は席に着き、ホウオウはコーヒーを飲んだ。フランシスカは、何か悩むように、飲み物をかき混ぜていた。
「フランシスカ?どうした」
問いかけるホウオウ。
「いや、なんでもないのだけれど……そうね、少し、怖いの。あの、争いの国に入るのが。生きていけるかって思うと、少しね」
「貴女は、必ず私が守りきる。いかなる敵が来ようとも。確かに、アクドラは無法地帯かもしれない。しかし、我々の持っている情報が、全て正しいとも限らない。例えば……実際アクドラに入れば、秩序が保たれている、とか」
「秩序?」
「そうだ。あの国は、五人の元聖女が、いがみあっていると聞く。しかし、その情報、どこまで正しいか……もしかしたら、脱落している聖女もいるかもしれない。もしくは、自分を有利にするために、街の秩序を保っているとか」
「それは、あるかもしれない。そうね、入ってみないとわからないものね。それに、言葉も通じるかもしれない」
フランシスカは言い切った。その言葉に、ホウオウは、フッと笑った。
「本気で、言葉が通じると思っていそうだな。それでこそ、私の主だ」
ホウオウは、昔、フランシスカが聖女を務める国の街で、虐げられていた。いわゆる、奴隷身分のようなものだ。国の内政が奴隷市場の制圧をすることが出来ず、ホウオウは、飼い殺しになっていた。
まともな人間として生活を送ることを諦めていたホウオウは、ある日、世情視察のために奴隷市場に現れた、フランシスカと出会った。
ホウオウを見たフランシスカは、戸惑った。
助けてやりたい。あまりにも哀れな恰好をした奴隷。
しかし、全ての奴隷を救うことは出来ない。それが、彼女を困らせた。
不平等。それが、鎖。
だが、ホウオウが喋っていた。
「聖女様、私を助けることはありません。あなたの名に傷がつきます」
そのホウオウの言葉。それを聞いて、フランシスカは、涙を流した。
涙の理由は、見捨ててしまう、多くの奴隷たちのこと。ホウオウを救う覚悟を、決めたからだった。
「名前を」
フランシスカは尋ねた。
「ホウオウです。あなたの記憶から消える、拙い名です」
「あなたを買います」
「どうして?」
「『そうしなければならない』と思ったから」
そうして、ホウオウは解放された。それ以降、ホウオウがフランシスカに感謝しない日は、なかった。ありがとう、ありがとう、と。