協定殺しのスケッチ
フランシスカ達は、ガラハの森へと入った。空は明るく、ガラハの森も、ある程度見通しが良い。迷子になる心配は無さそうだった。地面には、茶色い葉が大量に落ちている。そして、燦燦と広がる林。
先頭を歩いているのは、ホウオウだった。否定殺しと遭遇したこともあり、フランシスカ一行に、緊張感が生まれていたからである。この中では、ホウオウが一番強いのだ。
彼女たちは、順調にガラハの森を進んでいた。そう、途中までは。
歩いている最中、周りを警戒しながら歩いていたシュクレが、何かに気づいた。
葉っぱが転がっている。それはいい。しかし、問題なのは、その葉っぱに足跡がついていたことだった。即座に知らせる。
「フランシスカ殿、地面に足跡がついています。誰かが通ったのでは?」
その言葉を受け、地面を見るフランシスカ。確かに、足跡がついている。しかし、その足跡は、先からこちらまで伸びていて、途切れている。
どういうことかと、フランシスカは考えた。何故、途中で途切れるのか?
その答えは単純だった。待ち伏せされていたのである。
最初の敵の攻撃は、見えない位置からの石弓だった。
速度の速い石弓。それが、フランシスカ達の隣を通過した。命中率は高くない。
周りを素早く見渡すホウオウ。敵の姿は無い。
「知ること全能の如く」
ホウオウが呟いた。彼女から見える景色に敵はいないが、敵の気配が十人。
逃げ切るのは難しい。そう判断した。待ち伏せされているし、後ろにも敵の気配が突然現れた。
無力化などと言っている場合ではない。襲い掛かってくる者は殺すしかない。
戦力はホウオウと、マリアンヌの護衛部隊。シュクレは強くはない。護衛部隊に対する指揮権は、フランシスカが持っていた。彼女は、頭の回転が速い。
フランシスカは高速で思考を回していた。圧倒的挟み撃ち。ガラハの森を通ることが、何故か知られている。確実に読み切られている。
戦法を考える。まず、敵の姿が見えない。ホウオウなら察せるだろうが、他の者たちが、敵の姿を知る方法はない。とにかく、敵の遠距離攻撃が厄介。しかし、護衛部隊もいる……。
彼女は、防衛策を取った。護衛部隊全員で壁を構築し、守備に徹する。攻撃はホウオウ一人に任せるという策。すぐに、その旨を部隊に告げた。
「殺してもいいのか?」
「構いません。これは明らかな宣戦布告」
「わかった。死なないでくれよ」
そう言うと、ホウオウは、敵の気配目掛けて、飛び込んでいった。ホウオウなら死なない。後は、自分たちが身を守り切れるか。そこが重要なポイントだった。
警戒。何せ、敵の姿が見えない。護衛の者たちは立ったまま臨戦態勢でいたが、護衛の者の一人が、フランシスカに、身を低くするように進言した。敵の武器が遠距離なのだから、当たる確率を下げなければならない。
フランシスカを囲う護衛部隊。ホウオウは感性を研ぎ澄ませた。この攻撃してくる人物たちが、聖女達の手によるものだとしたら、聖女同士の和解案は、ご破綻になるだろう。殺し合いが始まってしまったのだから。
考えなければならないことは山ほどある。何故、フランシスカの動きを先読み出来たのか。しかし、ホウオウは、それらの感情を捨てて、機械になった。敵を滅するだけの機械。
「一人ずつ」
ホウオウが呟いた。文字通り、一人ずつ殺す。
囲まれてはいる。だがしかし、強いオーラを感じない。十人に囲まれていようとも、勝てる自信がホウオウにはあった。
問題は……。
「フランシスカ様、私どもが盾になります。任せてください」
頼もしく言う、マリアンヌの部下達。彼らは盾を持っている。丁度、フランシスカを四方から囲んでいる形である。
だが、シュクレがフリーなのだった。彼はさほど強くはない。
フランシスカは、当初の思惑通り、不殺を貫くことも、当然考えていた。しかし、シュクレの傷などを見ているうちに、不殺だけでは勝ち得ないものもあると、痛感した。例え聖女と争うことになろうとも、戦わなければならないことが、ある。それを、シュクレのアジトで感じたのだ。
ヒュン。石弓が飛んでくる。
直撃せず。フランシスカ隊の真横を通過。
ホウオウは敵に向かっている。もう二人は切り殺している。
後に引けない。もう、戻れない。この敵の手先が、聖女の部下だった場合、その聖女とは戦いになるだろう。
紫水晶のテレパスは動かない。何も鳴らない。当然だ。マリアンヌから、こちらの情報は見えていないのだから。
唇を噛むシュクレ。何故かと言えば、彼が戦力になれないからである。歯がゆい思いをすることになっている。
運で石弓を避けることは出来てはいるが、直撃も時間の問題だった。フランシスカの持つ聖魔の石の力は、とても強い。負傷を治せる。だが、死んでしまった人間は治せない。万が一にも死者が出てはいけない。
ホウオウに全てがかかっている。彼女は、冷静に敵を切り殺していた。あるいは、衝撃波で。
人殺し。言ってしまえばそうである。敵を殺しているのだから。
それでも、ホウオウはフランシスカに報いるために、出来る限りのことをしてやりたかったのだ。自分を奴隷の身分から救ってくれた、フランシスカのために。
「風立ちぬこと流氷の如き」
ホウオウが呟いた。冷たい風が吹く。
敵の集中砲火は、今はフランシスカ達に対してではなく、ホウオウに向いている。その敵軍の攻撃を、ホウオウは全て薙ぎ払っていた。
一人生け捕りにする。彼女はそう考えていた。意味はある。敵の意図、そして、どこの勢力に所属しているのか。当然、聞き出さなければならない。だがしかし、攻撃が熾烈なのも事実。誰を生け捕りにするか?
ガラハの森の中である。林の大地を利用して、ホウオウは飛び回っていた。木々に剣を刺し、その反動で、高速で飛び回っていた。
殺傷。殺傷。十人いた敵勢力も、いまや残り二人となっている。ホウオウは八人殺したことになる。
殺すことに抵抗感が無いわけではない。しかし、ホウオウは研ぎ澄まされた感性で、それらの感情を打ち消していた。
修羅にならなければならない。フランシスカを守るためなら。
残り二人。どちらを仕留めるか。
見る。目視。二人のうち、片方が強者。もう一人は、大したことがない。射撃の正確性も欠いている。
どちらを狙うか。ホウオウは、強者を残すことにした。リーダー格の可能性があったからである。
決めた瞬間、投石が来た。
「緑降ること雨の如く」
林の葉の乱舞で投石を無効にし、ホウオウはまた一人、切り殺した。
残りは一人の強者。一対一である。
ここで、ホウオウが下がる。まずフランシスカ達を確認。被害者は出ていない。
強者が、やけっぱちでフランシスカ達に狙いを変える可能性もある。だが、それでもホウオウは攻めず。待機の構え。
何故か。ここで特攻してくるか、何者かに報告しに行くか、知りたかったからである。
そしてもう一つ、迂闊に攻めてはいけないという直感が、ホウオウを潜在意識で止めていたのだ。
強者。ただの強者ではない。『ホウオウから見て』強者なのである。となると、普通の次元で強い人物ではない。ただの雑魚ではないのだ。
待つホウオウ。
対して、強者は、仕掛けてこない。
ここでホウオウがピンと来た。速攻でフランシスカの元に戻ったのである。
時間稼ぎ。その可能性が浮かび上がったからである。
何か。何かを狙っているのだ。
フランシスカの元へ戻ったホウオウが、辺りを感知。
すると、いる。十一人目の敵が。敵が、『スケッチ』をしている。
いけない!
ホウオウはそう判断し、速攻で、スケッチをしている敵兵を殺そうと飛び上がろうとする。
だが、ここで強者が動く。細長い刃を取り出し、ホウオウに向かってきた。
ホウオウと同じく、木に刀を突き刺し、飛んでいる。ホウオウが止むを得ず、それに応じた。向かってくるなら倒すしかない。
何故、スケッチがいけないのか?それは、マリアンヌの部下と、フランシスカが一緒に居る所を、直接描かれてしまうから。二人の協定が、バレてしまうことになる。どの勢力なのかはわからないが。
どの勢力か。聖女か赤い牙の二択である。聖女であれば、情報を欲しがるだろうし、赤い牙であれば、聖女にスケッチを売りつけるという選択肢が考えられた。
だが、それどころではない。ホウオウと強者の死闘は始まっている。
お互いの実力など、ホウオウクラスになれば、わかる。自分の方が、やや勝っていると評価したホウオウだが、それはつまり、少し油断すれば、その差はひっくり返ることも意味していた。
「無惨なこと廃墟の如し」
ホウオウが構えを取った。いかなる苦痛を与えても、勝つ構え。




