俺ら、いつでもマジだぜ?3
その日、マネがドールハウスを訪れたのは真夜中もいい時間だった。
訪れたというより駆け込んできたその姿を、夜更かししていた曽良が迎えた。
「どしたのマネさん?珍しいね」
他のドール達は既に就寝中のようだった。
カーディガンを羽織った曽良も就寝前という様子だった。
マネは乱れる呼吸を落ち着かせるよう、二つ大きく息を吐いてから言った。
「哀さんが……」
「哀?哀なら帰ってきてないけど。泊まりじゃない?」
違う違う、とマネは首を振る。
「手首切って、出血多量で病院運ばれたって……!」
「はぁっ?!」
二人はすぐに病院に向かった。
待合室のベンチで待つよう促され、一番処置室に近い席に腰掛ける。
曽良は落ち着かない様子で腕を組んで思い詰めているようだった。
待合室には他に女性が隅で寝ているだけで静かだったが、曽良の雰囲気が伝わってきて騒々しく感じた。
何か思い当たる節があるのだろうか。
マネの印象では哀は感情の起伏が穏やかな、クールな印象がある。
情緒不安定なタイプではないはずだ。ではなぜ――
「哀さん……最近何か思い詰めている様子ありました?どうも、僕の前ではあまり感情を表に出していないようで……」
曽良は少し迷ってから、言葉を選んでゆっくりと口にした。
「哀って、すごく負けず嫌いなんだよね」
マネさんには言うなって言われてるんだけど、と前置きして曽良は話す。
「実は役者目指しててさ。ほら、哀って誰かになりきるの上手いじゃん?時間見つけてはオーディション受けにいってるんだよね」
「じゃあ今回はもしかして」
「うん。またオーディションが上手くいかなかったのかな~。俺らに言えばいいのにね」
いつも通りを装っているが、仕草の端々から哀への心配が伝わってくる。
「今までもこういうことって」
マネが聞こうとした時、処置室の扉が開いて哀がトボトボと歩いてきた。
左手首に痛々しい包帯を巻いていて、心なしか顔色も悪そうだ。
二人は思わず立ち上がり、不安定に見える哀の体を支えるように両脇に駆け寄った。
哀は力無く、眉を八の字にして笑って見せた。
「ごめんマネさん。曽良も。こんな夜遅くに呼び出しちゃって。なんか、救急隊の人がさ、電話履歴の一番上にかけてくれたみたいで。たまたまマネさんだったみたい」
「いえいえ気にしないでください。それより、もう出歩いて大丈夫なんですか?出血量多いって電話で聞きましたけど」
「あぁそれね。なんて言うか……勘違い?その、切っちゃったのが水場でさ。シャワーと混ざって多くみえたみたい」
切っちゃった、という言い方が気になった。
事故のような物言いだが、本当の理由を言わないための言い回しかもしれない。
そう考えて深く聞くのをやめたマネだったが、隣の曽良は違ったらしい。
「一応聞いておくんだけどさ、別に言いたくないならもちろん、それでいいんだけど。自分でやったの?」
あくまでも直球に、でも気遣った物言いに、哀は表情を崩して笑い軽やかに否定した。
「まさか。別に病んでないよ。本当に事故。心配かけてごめん」
それを聞いた二人は揃って胸を撫で下ろした。
曽良はすぐさまスマホを取り出し、他のドール達に連絡を入れ始めた。
病院へ向かう際、他のドール達に状況は伝えてあったのだ。
きっと今頃、リビングで落ち着かない夜を過ごしているのだろう。
「事故なら……よかった。安心しました。僕はてっきり――」
オーディションのことを口に出そうとした時、哀の肩越しに、電話をかける曽良が人差し指を口に当てた。
さっきの話は秘密、ということらしい。
「とりあえず、無事でよかったで――」
「哀?!」
甲高い声が静かな待合室に響いた。
振り向くより先にマネと曽良は押し除けられ、曽良は壁に打ち付けられてマネは尻餅をついた。
目を白黒させながら見上げると、哀のもとに女性が駆け寄りその腕に縋りついていた。
「ごめんね。ごめんなさい!傷付けるつもりはなくって、本当に、ごめんなさい……」
隅で寝ていた女性だ。乱れた髪を一層振り乱す姿で分かりにくかったが、その横顔には見覚えがあった。
「あッ」
その事に気付いてしまったマネは思わず口元に手を当てた。
哀が気まずそうに目を逸らす――繁華街でみた、あの女性に間違いない。
哀に怯えつつも愛おしそうに見つめていたあの女性だ。
しかしあの晩の清楚で上品な佇まいは跡形もなく、同一人物とは思えなかった。
より一層取り乱して泣き崩れる女性と、哀の気まずそうな苛ついた様子。
先日見たことを踏まえると、大体の経緯が邪推できてしまった。
一方の曽良は女性を指差し、マネと哀に向かって無言で「誰?!」と訴えた。
曽良はあの晩の繁華街での出来事を見ていないから、女性が哀の恋人だと結びつかないらしい。
哀は深くため息をついてから言った。
「あのー……あとでちゃんと説明する。怪我も大した事ないから、先に帰ってもらえると、物凄く助かる」
物凄く、の部分をやけに強調して哀はこちらを見つめた。
曽良が不服そうに言い返そうとしたが、マネは咄嗟にその口を塞いで引き摺るように哀に背を向けた。
二人がその場を離れるまで、女性の泣き声が静かな病院に響き渡っていたし、曽良のスマホからはこちらを心配するディランや叶楽の声がヤイヤイと聞こえてきて、真夜中というのに全く落ち着かない、カオスな状況に陥った。
結局、女性を宥めるのにそれから一時間かかったようで、ドールハウスに哀が戻ったのは日が登り始める時刻だった。




