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俺ら、そんな安くねぇかんな 4


 年季の入った木製の扉を押し開くと、カランカランと音が転がる。永田は電話の声の主、ドールの正体を知らなかった。この店の中からそれらしき人物が探し出せるのか?


 扉のすぐ横でイヤホンをして動画視聴に夢中になる男――ガタイのいい体つきからはあの軽やかな英語は想像できない。違う。


 右手のカウンターの奥でアイスコーヒーを啜る、耳にピアスを付けた男――怪しいが、ゴツい指輪とバングルから気軽に話しかけていい雰囲気を感じられなかったので保留。


 奥のお手洗いからハンカチ片手に出てきた男性――便利屋、何でも屋と言うにはあまりにも普通すぎるので、可能性は低い。


 永田は店の奥に踏み入れ、中央の柱の向こう側を除く。


 こちらを向いて男が二人、丸テーブルの片側に寄るように座っている。

 片方は白い肌に高貴な雰囲気を漂わせる鼻筋の通った男。

 もう一人は店内でもカラーサングラスをつけているが、座っていても分かる高身長と持て余すほど長い足をしていて――あれだ、と思った瞬間、サングラスをかけた男がこちらに気付いて手を振った。


「永田サン。こっちこっち!」


 声の通り具合からしてまだ二十代と伺える。というか、俺の顔をどこで知った? 


「アンタらが何でも屋……ドールか」


 若くして定職もつかず不安定な生業をしている青年二人、これがドールの正体か――取っ組み合いにならない限り警戒する必要はないだろう。向き合うよう浅く腰掛ける。長居するつもりはなかった。


「それで、依頼した写真は?」

「お先に料金の方をいただけませんか?」

「いいや、写真が先だね」


 先程も言った通り、便利屋を相手に長居する必要はないのだ。所詮相手は便利な何でも屋。永田は圧をかけるように語気を強めた。


「写真が、先だ」


***


 うわー、すっごい偉そう。クライアントだからって態度デカくしちゃうんだ?


 正面を向かず体を斜めに顔だけこちらを向ける永田に、琉愛ルキアは少しイラッとした。態度に出ないように気をつけて、琉愛は写真を表にひっくり返す。


 期待していた写真と違うものに、永田は顔を顰めた。


 つい先ほど、叶楽カナタ曽良ソラが撮ったものだ。観覧車の狭い空間で、永田と若い男女が三人で肩を寄せ合い、外も見ずに何かを話し込んでいる。どの瞬間を切り取ったのか分からないが、悪い事を企んでいそうな雰囲気は十分だ。


「こういう可能性を考えたことあります?」


 琉愛は挑戦的な表情で、その写真を顔の高さまでつまみ上げた。


「この写真を会社に送る。ライバル誌でもいい。アナタが記事を捏造しようとしたって言ったら、どうなるんでしょうね」


 しかし永田は動じなかった。そして同時にこちら側の意図にも気付いたようで、馬鹿にしたように鼻で笑った。


「記事はいくらでも書けるだろうが、その写真じゃ何も伝わらんさ。どれだけの人が信じるかな」

「まあ、確かに、そうか」


 えー、じゃあどうしよっかなーと琉愛は助けを求めるように隣のディランを見やった。勢いだけで話しだしてみたはいいが、何のプランを考えていなかった。しかしディランは目を合わせてくれない。


 さっき助けてくれるって言ったのに!


「『日時さえ教えてくれれば、俺が写真撮りにいくから。数日後には大スクープモンよ』」


 背後からの突然の音声に永田は飛び上がった。

 音声の方を振り向くと、キャップを目深く被った青年が、レコーダーを掲げ逆光を背に扉の前に立っていた。傍にいた叶楽が待ってましたとばかりに声を張り上げた。


「真堂哀さん入りまぁーす!」


 カウンター席の佳樹ヨシキ、通路に立つ曽良ソラは漏れなく吹き出したが、永田は一人キョロキョロしながらその顔を青ざめさせた。

 一方のアイはキャップを取りうやうやしく会釈をしながら芸能人気取りで永田の隣を通り過ぎ、琉愛の隣に腰掛けた。

「待った?」


「ギリ、遅刻」

「あ、そう?いいタイミングかなって思ったんだけど」

「ギリアウトだね。あと五秒遅かったら机ひっくり返してたから」

「何があったんだよ」

「き、君……そっち側だったのか」


 真堂哀は存在しない。哀の名字は真堂ではないし、彼が読者モデルというのも、大学でミスコン出場者というのも、ドール達が仕込んだ設定だ。


「先ほどはどうも。一芝居打たせてもらいました」


 哀はレコーダーをディランに手渡す。ディランは手元のパソコンにレコーダーを繋ぎ何やら操作を始めた。


「さあ、どうします?証拠はバッチリでしょ?」


 琉愛が鼻を鳴らすと同時に、ディランはその画面を永田に向けた。ディランがツテで手に入れた各週刊誌の記者達、そして永田の勤め先のメールアドレスが宛先に並んでおり、音声ファイルが添付されている。ディランの指はenterキーに添えられていて、何かしようものなら直ぐにデータは外へ行く状態だ。


 そうなって初めて永田は動揺を見せた。声が微かに震え、必死に逃げ道を探しているようだった。


「せ、せいぜい未遂だ。今まで記事を捏造して書いたなんて証拠はどこにも……」


 哀が待ってましたとばかりにレコーダーで別の音声ファイルを流す。涙を堪えるような若い女の子の声が聞こえてくる。


「そういうと思って、色んな話聞いてきたんですよ。これとかさっき一緒にいたルナちゃん。これは波紋を呼びますよ、枕営業しろって言われたって」

「そんなこと言っていない!」

「でも永田さんの言葉を借りれば、『話題になればそれでいい』んでしょう?」


 ――彼女は、お金を払うと言ったら直ぐに了承してくれた。永田のことは、嘘ついてまで有名人を蹴落としたいなんてサイテー、と吐き捨てるように言っていた。


「これ、取引じゃないんですよ。脅しです。この事を公にしたくなかったら、お金だけ置いて消えてくれませんかね?」

「話が、違うじゃないか。俺は依頼人だぞ」


 騙したな?とでも言いたそうに、永田が目をギラリと鋭くして琉愛と哀を睨みつける。ただし相手が悪い。そんな脅しに怯むドールではないのだ。


「先に信用を裏切ったのはそちらですよね。真堂哀のこと、馬場悠美と一緒に炎上して売れなくなっても構わないって、思っていたんでしょう?使い捨てのイケメンだって」

「それなのに雑誌の専属モデルの話チラつかせるなんて、酷い嘘吐き」

「早く決断してくださいヨ。仕事の関係者に今までの悪事がバラされるか、お金払ってResetするか」


 まだ迷っているようだった。今手元の大金を捨てる損失と、今後の仕事・自分への風当たりが強くなることの損失を天秤にかけているのだ。永田は職場内ではエース記者と言われているらしいから、事の次第によっては部署異動なんてこともあり得るだろう。こちらには交渉上手の佳樹とコミュ力お化けのディランがいるし、社内の有力者にそうなるよう働きかけることも出来るはずだ。


 永田はクラッチバッグを握り締めまだ悩んでいる。


 そうしているうちにも、enterキーはもう半分押されて――「クソッ!」


 唇を血が出そうなくらい噛み締め、永田はクラッチバッグから分厚い茶封筒を取り出し、テーブルに叩きつけた。


「……大人を舐めるのも大概にしろよ……!」


 苦し紛れの挑発は気にも止めず、琉愛は心の中でガッツポーズをした。それから荒々しく席を立つ永田向かって精一杯の営業スマイルを浮かべた。「お取引、ありがとうございました!」


 扉が壊れそうな勢いで締められてから十秒後、琉愛は堪え切れずに吹き出した。


「やばくない?ブチ切れてるけどめちゃくちゃブーメラン投げてなかった?」

「大人を舐めるなってことだけど、先に俺らのこと便利な小間使いって舐めてかかったのはそちらでしょう?って話だからね。ドール舐めんなよマジで」

「舐めたって甘くないよね」


 ディランのぼやきにお菓子の飴じゃねェよ!とカウンター席から佳樹のツッコミが割り込む。


「あ、舐めたらパチパチする飴ってあるよね。それと似てない?アハハ!」


 ちげェだろ!と噛みついた佳樹のスマホが静かに鳴った。佳樹は相手を確認し、ニヤリと笑ってから通話に応える。


「もしもし?……ご無沙汰です。お、決心してくれました?はい、はい。承知です。じゃこの後伺いますね。はい、同じ場所で。ご連絡ありがとうございまァす!」


 電話を切った佳樹はケタケタ笑い転げるドール達に向かって声を張り上げた。


「おいお前ら……祭りの準備だあぁァ!」

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