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俺ら、そんな安くねぇかんな 3


 男は週刊誌の記者だった。

 担当は芸能だが、望んでそうなったわけではない。

 野球をずっとやっていたから、スポーツ担当をしたかったのが本音である。しかし最近、適性はあるのでは、と思うようになってきた。


 夜中や明け方に、人々の視線を避けて顔を出す芸能人たち。彼らをカメラの前に誘い出すのが我ながら得意だった。


 そんな男が狙っているのが、女優・馬場悠美。

 学生時代から女性誌の専属モデルを務めており、ここ一、二年で女優として活躍の場を広げてきている、今注目株の芸能人だ。小さな事務所に所属しており、稼ぎ頭として猛プッシュされている。


 そして、お茶の間の注目度合いが上がれば上がるほど、週刊誌もその本性を明かそうと躍起になり始める。


 かれこれ半年前から男は彼女のプライベートを追い始めた。

 テレビで見て分かる通り、明るく人付き合いが好きなタイプのようだった。そうなると気になるのは異性関係である。何かある、と踏んでいた通り、同業者の中では若手起業家との関係が噂されていた。事実なら不倫騒動であり、双方に与えるダメージは大きい。それも自業自得である。


 しかし、馬場は中々プライベートを見せなかった。各社が躍起になって噂の事実を突き止めようとしているのに、何かに守られているかのように表に出てこない。


 そこで男は奥の手を使うことにした。先程も言った通り、男は芸能人を()()()()()()()()()()()()()()()だった。


 まずは同業者ではない『奴ら』に仕事を依頼した。

 『奴ら』は所謂、何でも屋である。そこそこの費用はかかるが、依頼されたことは怪しいことでも何でもこなす。

 「人形」と名乗っている通り、こちらの依頼に合わせて動かせる便利や奴らだった。


 そして万が一の予防策として、もう一つ作戦を立てた。それが――


「わあ!観覧車って思ったより高いんですね!すごーい!」


 明るい髪色の少女が、肩ほどの長さの髪を揺らしながら窓の向こうの景色を眺めている。


「タダで遊園地来れるなんて嬉しいなぁ!」


 ありがとうございますっ、とハートマークが付きそうな声でこちらを振り返る。少女は知り合いの現役高校生モデルだった。今までに何度か、芸能ネタを貰ったり探らせたりしている。いわゆる内通者だ。


 その隣では大学生くらいの男がぼんやりと外の景色を眺めていた。


「高いところ苦手だった?」


 声をかけると、心配とは裏腹に爽やかな笑みで振り返った。

「や、全然!」


「真堂センパイはこの辺よく来るんですかー?」

「いんや、そんなに。何回か友達と来たことはあるけど」


 少女に先輩、と呼ばれる彼とは、先ほど観覧車に並ぶ列で顔を合わせたばかりだった。今回、馬場悠美のスクープを取るにあたって少女と連絡を取ったところ、読者モデルをやっているという彼を紹介してきたのだ。


 芸能界に憧れと夢を抱いていて、まだ片足を突っ込んだ段階の若き新星。ちょうど求めていた人材だった。


 メールでのやり取りは何度かしていたが、実際会ってみたところ、これまた紹介された通りのフレッシュさと自信が見て取れる。何でも、大学のミスコンでファイナリスト経験もあるようだ。SNSは活発ではないが、ファッションコーデを中心に投稿するアカウントがじわじわ人気を呼んでいる。


「こんな観覧車乗って秘密の話するなんて、芸能人みたいっスね」


 彼――真堂哀の言う通り、これは密会である。今回、馬場悠美のスキャンダルを撮るのに協力してもらうにあたり、顔合わせをしておきたかったのだ。観覧車であれば会話の内容を聞かれる心配は無い。


 真堂は目をキラキラさせて永田の方を向いた。


「この前永田サンに教えてもらったオーディション受けて来ました。『好き彼』ってドラマ!そしたら生徒役として出してもらえることになって!思ったより馬場チャンに近づけそうです」

「へえそうなのか、おめでとう」


 へへっと得意げに笑う真堂は、おそらくこの取引の危うさを理解していない。むしろ理解していない方が都合が良かった。三回回ってワンと言えばご飯が貰える、くらいの理解度でそれが実行できる人を求めているのだ。


「撮影日は近いんだっけ?」

「ハイ。実は明日クランクインなんすよ。マネージャーに聞いたら馬場チャン来るらしいんで。話しかけられるかなあ~!」


 クールそうな顔立ちとは逆に子犬のような笑みを見せる真堂。見たところフットワークも軽そうだ。馬場と一言二言話す、くらいは楽勝だろう。


 予防策の方は長期戦だ。真堂が馬場に近付き、親密になり油断させる。あわよくば恋仲になってくれたっていい。その姿をカメラの前に晒してくれればそれで。話題になるなら、別に相手は本命の男でなくても構わないのだ。


「真堂クンなら、撮影期間中に連絡先交換するくらいまでできるでしょう。そうしたらいい雰囲気のお店とか教えてあげるから、二人でデートすればいい。日時さえ教えてくれれば、俺が写真撮りにいくから。それでミッション達成。数日後には大スクープもんよ。簡単だろ?」

「そっすね。まずは連絡先交換だなぁ。そんでミッション達成したら……?」

「約束通り、『メンズハルタ』の編集部に、真堂君を専属モデルに起用するよう、口聞いておくよ」

「ぃよっしゃ!」


 週刊誌側に情報を提供・協力する代わりに、いい仕事を紹介する。会社にバレたり公になれば問題になるが、法律的に咎められることではない。永田はこの手を使って今まで何度か記事を作り上げてきた。


 でも、と真堂が永田の機嫌を伺うような上目遣いになる。


「そんな熱愛報道でちゃったら、俺も一緒に叩かれるんじゃ……」

「大丈夫、真堂クンの顔は映らないようにするし、名前も出さないから。芸能界なんて誰かを蹴落としてナンボの世界だからね。勝ち気でいかんと」

「……うす」


 真堂の肩を鼓舞するように叩いたところで、少女が「写真撮りましょー!」と言い出して密談は終了となった。


 観覧車を降りたところで、永田のスマホに着信があった。

 電話番号は見覚えのある、確か仕事を依頼した『奴ら』のものだ。そう思って受けた瞬間。


『Hi,This's DOLL. Is Mr.Nagata there? Can I talk ……』


 この前話した男とは明らかに違う、流暢な英語が聞こえてきて永田は思わず耳から離した。


『アーッ!待って切らないで!嘘嘘、冗談です、ちゃんと日本語話せますから。この番号、知ってるでしょ?』


 同じ声の日本語と背後で誰かの笑い声が聞こえてきた。確かに知っている番号ではあるが、前回話したときとは別人だ。


「この前依頼した時とは違うな……?」

『マネさんはお留守番。それよりさ、この後時間あります?依頼された写真、持ってくんで』


 あまりにも簡単に言うものだから、依頼された写真が馬場悠美の件を指していることに一瞬気付くのが遅れた。


「も、もう撮れたのか?!」

『まあまあ焦らないで。じゃあ三十分後に。あ、場所送っとくんで。お金と引き換えですから』


 奴らに依頼したのは二週間ほど前だ。半年は掛かるだろうと思ってそれなりの金額を設定した。

 プロが半年もかけて取れなかったものが、ものの二週間で……?


 半信半疑の永田を置いていくように『一人で来てくださいね』と伝言を残して電話を切られた。


 永田は慌てて後ろを振り返る。美男美女のカップルのように、二人のモデルの卵はソフトクリームを食べている。

 彼らのことも、長期にわたると踏んでの計画だった。もしも、奴らの言うことが本当なら真堂哀との約束は無かったことになる。真堂が本当に馬場悠美と付き合おうが、フラれようが、熱愛記事と一緒に炎上しようが、彼をあの大手メンズファッション誌の編集長に紹介する手間は永久になくなるわけだ。

 あそこの編集長は自分のセンスに自信があるのかお高く止まった妙齢の女性で、言いくるめるのは骨が折れると予感していた。

 だから――手間が省けるならそれでいいか。


 永田は二人に不審がられないようにうまく誤魔化し、指定された場所へと向かった。


***


 ディランが指定したのはドール達がよく使う喫茶店だった。約束の時間の十五分前、集まった五人は一番大きいテーブルで額を寄せ合っていた。


「誰が司会やるか決めてよ」

「え?佳樹ヨシキじゃないの?」

「俺ちょっと、別件あっから。それにいつも俺じゃん」


 じゃあ俺やりたい、と手を挙げたのは叶楽カナタ


「いいけど……あなたこの件の全貌分かってるの?」

「え?ううん?今から教えてもらえるんじゃないの?」

「それ俺も聞きたい~」


「いや!曽良ソラも叶楽も、その姿勢は良くないね!何事も無償で与えられると思うのは良くないよ!」

「びっくりした、急に大声出すのやめれる?」

「てか何で金払わなきゃなんねーんだよ。俺言っとくけど朝からほぼ半日あのファミレスに居たんだよ、何も知らずにさあ~!」

「それは、本当にお疲れさまだな。でも!ただの受け身の姿勢は良くないね!」


 三人がワイワイ言い合う頭上で、残りの琉愛ルキアとディランによるジャンケン大会が開かれ、琉愛が戸惑いながらガッツポーズを掲げた。男気で彼が優勝したらしい。


「オレ隣に座っといてあげるよ」

「心強いわ。なんかあったら合図するから、助けて」


 琉愛とディランが入り口から見えやすいボックス席に座る。そこでディランのスマホに通知が入った。


「永田サン、そろそろ来るみたいだよ」



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