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俺らは揃ってないと意味がない5


 駐車場の入り口に近付くと、営業を終えたかのようにシャッターは閉じていて、辺りは嘘のように静まり返っていた。

 やけに響いて聞こえるのはマネ自身の心臓音だ。


 どこか出入り口は残っていないかと見渡すと、従業員通用口の小さいシャッターが目に入った。足元に三角コーンが挟まり、完全に閉まらないようになっている。


 哀の仕業だろう。自分達の逃げ道を確保したのだ。とはいえ体格のあるドールでは、この薄い隙間を通れるとは思えなかった。


 でも、小柄なマネなら通れる。音を立てないよう、匍匐前進で合間を潜っていく。


 駐車場に入ると、外には漏れていなかった喧騒がマネの耳にも届いた。


 明かりがついているのは店内出入り口だろうか。その前にタクシーが止まっていてディランと叶楽の後ろ姿が見えた。二人に埋もれて取っ組み合いをしているように見えるのが青嶋に違いない。


 その手前に誰かが倒れているのが見えた——琉愛さん?


 コンクリートに横たわり、口は半開き。腹部から腰にかけて服が赤く染まっている。


 琉愛に駆け寄ろうとして、違う誰かの足音が聞こえた。聞き慣れない足音が、駆けてきて立ち止まる。

 視線を向けるとスーツ姿の男が柱の影からこちらに何かを向けているのが見えた。

 青嶋の護衛か?


 暗闇の中で護衛が構えているものが黒光りした。あれは——


「危ねっ!」


 哀の声と同時にマネは体当たりされて転がった。

 受け身を取って立ち上がると哀が肩を抑えて後ろ向きに倒れるところだった。


「哀さんっ?!」

「……っ、マネさん、隠れて……!俺は、いいから……っ!」


 コンクリートの地面に、赤いシミが広がるのが見えた。

 ボイラー室での記憶がフラッシュバックする。湧き上がってくる衝動は、『怒り』なのだと、今なら分かる。


 頭の奥底で、自分なんかがそんな感情を抱いていいのか?と問いかけるのを無視して、マネは護衛が隠れている方向に突っ込んだ。

 男が拳銃を構え直す隙も与えずに、その懐に潜り込み腕から銃を叩き落とす。


 男が後退りしたのに合わせ、足を引っ掛けてバランスを崩させ馬乗りになる。下敷きにされた男は、何故か笑いを浮かべていた。


「何が楽しい!」

「その身のこなし、只者じゃねぇなと思っただけさ」


 その言葉で、一瞬だけ我に返った。

 その隙を突かれ、体の軽いマネは簡単にひっくり返された。


「ホテルのボイラー室の一件も、一番弱そうなあんただけ無事だったのが不思議だったが、その腕前があったなら納得だな?」


 チラッと哀の方を見ると、意識を失っているのか力無く倒れていた。ディランと叶楽は遠くにいるし、琉愛にも動きはない。


 それを確認してから、マネは目の前の男を睨んだ。


「僕にだって、ドールの皆さんに知られたくない隠し事の一つや二つはあるんですよ!」


 叫ぶと同時に、マネは両足を縮こませ垂直に蹴り上げた。油断した男が体勢を崩し、マネはその側頭部に回し蹴りを入れる。コンクリートの柱に勢いよく頭をぶつけた男は目を回して倒れた。


 その感覚で、ボイラー室での靄がかっていた間の記憶が薄っすらと蘇った。多勢相手に、火事を起こしてあの場を乗り切ったのはマネだ。


 そんな機転が効くこと、ドールには知られたくなかった。知られてはいけなかった。


 ドールの前では、ただの普通の人間でいたかった。そうしなければいけなかった。


 でもそんな虚しい嘘も、青嶋を殺せば全てが終わる。今のマネの頭にはそれしか浮かばなかった。


 男が持っていた拳銃を拾うも、残弾数がないことを確認してその場に捨てる。

 武器はないかと、マネは音を立てないように近くで気を失っている琉愛の元へ移動した。

 琉愛は腹部から出血していた。青嶋の弾が当たったのだろう。まだ意識はあるようだが、出血量からして助からないだろう。


 マネは側に転がる拳銃を手に取り、残弾数を確認した――一発。マネは息を潜めて構えた。


 青嶋はディランと叶楽の相手をしていて、背後のマネに気づいていないようだった。


 青嶋がこちらに気づく気配はない。狙いを定める。

 息を吐き、引き金を引く――「マネさん!」


 発砲音が響く直前、足元の琉愛の声が狙いを邪魔した。

 青嶋の頭部を狙った弾は軌道を逸らし、その頬を掠めた。

 一度しかないチャンスだった。マネの持つ銃に弾はない。


 突然の発砲音にその場にいた全員が一瞬、時を止めた。


 青嶋がゆっくりとこちらを振り向いた。

 その頬の擦り傷からは、血が流れていなかった。


 青嶋はこちらを睨みながら頬に手を当てた。傷というより、何かが破れたような痕だった――つまり?


「青嶋じゃ……ない?」


 ククク、とその男は聞き覚えのある笑い方をした。


「あー…あ。せっかく用意してもらったマスクなのにさぁ~。でも君が来てくれてよかったよ」


 そう言って男は首元に手を伸ばし、その顔を剥がした。青嶋の仮面の下から出てきたのは、青みがかった黒髪の男――チカゲ。


 チカゲといえば、マコトと曽良の密会を目撃した時に側にいた男だ。マコトと親しく、掴みどころのない男だったのを覚えている。


「どうして貴方が青嶋の身代わりを……?僕達を嵌めたんですか!」


 カタカタと、小刻みに手が震えるのが分かった。今自分は窮地に立たされたのだと、マネの直感が告げている。

 一方のチカゲは、その場で踊るようにクルリとターンした。


「僕達?違うよ。嵌めたのは君だけ」


 そしてパチンと指を鳴らした。するとあろうことか――叶楽とディランがこちらに銃を構えた。

 足元で物音がしたと思えば、近くで倒れていた琉愛と哀の姿がなくなっていた。


 距離をとって身を潜め、どこか物陰からマネを伺っている、気配がした。


「みなさん。これは……どういうことですか?」


 チカゲはただの情報屋だと名乗っていたはずだ。マコトと近しいのであればドールやマネと敵対しても不思議ではない。


 それよりも――なぜドール達が向こう側に付いている?


「寝返ったんですか?大金でも積まれて……裏切れば命だけでも助けてやる、とでも言われたんじゃないですか?!そんなの……常套句に決まってるじゃないですか!」


「裏切り者はどっちって話だよ。マネさん」


 ふらっとタクシーの影から長身が現れた。そこには、肩を押さえて倒れていたはずの哀が腕を組んで立っていた。


 さっきの撃たれた様子は演技……?


「それじゃあ、『俺たちに知られたくない隠し事』の話でもしようか」


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