俺らは揃ってないと意味がない2
「昨日はスミマセン。突然帰っちゃって」
翌日の十時頃、ディランは外出中の澤田に会っていた。
視界の隅では待ち合わせを装った叶楽と哀がそれぞれ離れた所で周囲を警戒している。
「いえいえ。佐々木君こそ大変だったね。ご愁傷様です」
昨日の一件で、ディランはインターン中に突然前触れもなく帰宅したことになってしまった。カモフラージュのためにも、「身内に不幸があって、インターンの参加を辞退させて欲しい」と澤田に連絡を入れておいたのだ。
身内ではないが、澤田に気遣った声をかけられて曽良のことが頭をよぎった。
「会社にあった荷物、これだけだったけど大丈夫かな?」
澤田が差し出したのは昨日ディランが会社に置いていった鞄。
当人は知らないが、この中には澤田の調査資料も入っている。
澤田はただ親切心でこうして仕事中にわざわざ時間を作ってくれているわけだが、ディランがこの資料をクライアントに渡して金を受け取り、数ヶ月後には詐欺に遭うことになるのだ。
……ご愁傷様って声をかけるべきなのは俺の方かも。
そんなことを思いながら笑顔で鞄を受け取った。
「来月には大手の就活イベントにも参加するから、ぜひ来てくれると嬉しいな」
「ぜひ参加させていただきます。ちなみに何日のですか?」
「ええとね……」
澤田がスマホを取り出し予定を確認する。ディランはそのスマホをチラッと覗き込み、あることを思いついた。
「わ!充電少ないですね。大丈夫ですか?」
「あぁそうなんだよ。でもお昼には会社に戻るから……」
「よかったらあの、これ使ってください」
澤田の言葉を遮ってディランは充電器を差し出し、半ば無理矢理ケーブルを差し込んだ。
「これ充電めちゃくちゃ速いんですよ。あっこの後何時の電車乗ります?タクシーですか?」
「ん、あぁ電車、なんだけど……」
「電車ですね。何線ですか?あっ、ここ一個しか通ってないのか。アハハ!」
澤田は明らかに戸惑っている。
もう今後会うことはないのだし、多少強引にいっても問題はないだろう。
ディランは怪訝な顔をし始めた澤田を他所に捲し立てる。
「時間調べてあります?ここの駅、各駅しか停まらないから逃すと面倒ですよね」
「あ、うん。そうなんだよ。もう直ぐだと思うから……」
澤田はわざとらしく腕時計で時間を確認した。
「うん、もう行かないと」
そして充電ケーブルを抜いてディランに差し出し、礼儀正しくお辞儀をした。
「それじゃあ。佐々木君の就職活動が上手くいくことを願ってるよ」
相手が学生であっても敬意をきちんと払う姿勢は、学生が憧れる一流企業のサラリーマンらしい。人事は企業の顔、とマネに聞いたことがあったがまさにそれを体現している。
……まあこの人、実は若い女の子好きの変態なんだけどね。
「ありがとうございます!インターン、お世話になりました!」
ディランも学生らしく愛嬌ある笑顔を浮かべ、ぎこちないお辞儀をしながらその場を去った――その一時間後。
「どう?間に合ってる?」
急いでドールハウスに戻ったディランは、マネが操作するパソコンを覗き込んだ。
「凄いですよディランさん……澤田のスマホ、ハッキングできてます」
マネはディランが持ち帰った充電器型ハッキング端末のホストアプリを起動して目を丸くした。
「NICEだね俺。すごくない?」
「マジで!すげぇディラン!よく思いついたね?」
バナナを食べながら同じく目を丸くする叶楽を見て、ディランはアハハハハ!といつもの豪快な笑いを響かせた。
「何かいい情報があるといいよね!」
ディランの大声に対してマネを含めた他の四人は少しだけ顔を顰めた。昨日のアルコールが残っているのか、頭がどうもふわふわしていた。
マネは画面一杯に澤田のスマホのホーム画面を映し、スケジュールアプリを開く。後ろから哀がそれを覗き込んだ。
「マネさん、確認なんだけど、これって別に澤田の画面上には痕跡って残らないんだよね?」
「はい。持ち主の画面上には表示されず、裏で起動しているような状態になるんです」
「これ使う度に思うけど恐ろしい技術だよね。元々はディランの友達から貰った道具なんだっけ?」
呑気に話す琉愛もまた、バナナを片手に優雅に足を組んでいる。二人とも、昨日の二日酔いで朝ごはんが食べられずこの時間になって小腹が空いたらしい。
「うん。警備会社の社長やってる友達が、情報系の大学の教授と共同で開発したものをくれたんだよ。あ!そうだ、その友達に連絡入れなきゃね」
ディランは言うなり自分のスマホを取り出してメールを打ち始める。澤田のスケジュールを確認していたマネは、十日後の予定を見て手を挙げた。
「来週の土曜日の予定に、『大学訪問[志岐大学]』と『社長、理事長と会食』と書いてあります……」
「場所は?!」
ガタガタッと慌ただしい音が立て続けに鳴り、四人が一斉に立ち上がった。琉愛はチラシを裏返してどこから取り出したのかペンを握りしめている。
「場所は『杉乃井』、時間は夜の十九時となっています」
次の瞬間には叶楽がスマホで検索し、ディランが喉を鳴らしながらどこかへ電話をかけていた。
「えぇと、『料亭・杉乃井』。麻布十番にある日本食の料亭ですね!はい、住所はコレ。駐車場ありで……」
「アーもしもし。予約の確認をしたいのですがよろしいでしょうか?澤田、と申します……ハイ。四人ですね。それなら大丈夫です……ハイ。ご確認ありがとうございます。失礼します」
ディランによる澤田の声真似を聞いていた哀が頷いた。「裏どりは取れたね」
四人が頭を突き合わせると、先程までの空気が一転して張り詰めたのを感じた。
「大学の位置と店の位置から考えると、移動は車だろうね。それもきっと、鷲見社長と澤田は一緒に行動して、青嶋は別の車で来るんじゃないかな」
「会食の席なら酒も出るだろうからタクシーかなぁ?」
「お抱えの運転手がいる可能性もあるね?」
「み、みなさん。もしかしてこれを狙うつもりじゃ……」
マネが口を挟むと、八つの視線が一斉にこちらを刺した。
マネは思わず背筋が伸びる。
有無を言わせず睨みを効かせる中で、ディランがニヤリと顔を歪めた。
「俺昨日言ったじゃん。殺す気で行くって」
「マネさんは関わらなくていいよ。これは俺達ドールのけじめだから」
哀が視線を戻しながらそう冷たく言った。
「……で、どうしようか。行動するにしても、相手の事を知らないといけないよね」
「それに道具も必要じゃん。車も海に沈んだから新しいの用意しなくちゃ」
「俺、友達に当たってみるよ」
ドール達は一見冷静に段取りを進めているように見える。しかし、復讐に燃える炎が見え隠れしていた。
マネは会話に入り込めなかった。彼らと同様に佳樹と曽良にあんな事をした青嶋達を許せないのは同じだが、まだ気後れがあったのだ。
順調に会議を進めるドール達の様子を尻目に廊下に出る。
マネに出来ることといえば――隅っこでリビングにいるドール達に聞こえないよう、息を潜めて一本の電話を入れる。
「ご無沙汰してます……」
***
十日後――
マネはダイニングテーブルに広げられた模造紙を見下ろし唸った。
「あまりにも不確定要素が多すぎでは……」
雑な字で書き込まれた紙は琉愛がこの十日間頭を捻って立てた作戦である。琉愛が考えた筋書きはこうだ。
料亭に来る青嶋を待ち伏せし、地下の駐車場で車から降りたところをディランと叶楽が捕える。
そこへ琉愛が運転する車が到着し、青嶋を眠らせて移動。その後、叶楽が見つけた空き家に連れて行き殺害。
襲撃だけなら移動する必要はないのでは?と琉愛に問うと「それは俺ららしくないんだよね」と反論された。
模造紙の脇には、大小様々なナイフが並べられている。ドール達が一週間で集められる武器といえばこれが限度なのだろう。
哀がマネの隣に来て腕を組んだ。
「琉愛も別に頭脳派ってわけじゃないからね。閃きが凄いだけで。どっちかっていうと馬鹿の部類」
背後では三人がお互いの服に通信用マイクを取り付けている。ディランが警備会社の社長に頼み込んで借りてきたものらしい。
哀の言葉が聞こえたのか、琉愛がこちらに向かって吠えた。
「馬鹿ってわざわざいうほどでもなくない?」
「……それでもやるんですか?」
佳樹と曽良を間近で見ていたマネからすると、この計画と準備量では到底目的を達成できるとは思えなかった。
哀はマネの言いたいことが伝わったのか、軽く鼻で笑い飛ばした。
「変な言い方だけど、上手くいくなんて誰も思ってないだろうね。下手すりゃみんな死ぬと思ってるよ。けどこれからやることには命賭けるくらいの意味があるって、俺らは自分自身に嘘ついて騙し騙しやってるわけよ」
「上手くいかなくても別にイイよ。六人が揃ってないドールなんて意味ないんだし」
ディランの呟きはやけに響いて聞こえた。
珍しいこと言うね、と哀が振り返って笑った。
四人とも、ブレーキが壊れて暴走する車という表現がピッタリなくらい危なげで、仲間がやられた事に対するどうしようもない怒りで冷静な頭脳を燃やし尽くしたようだった。
四人の様子に、マネは意を決して椅子の下からアタッシュケースを取り出した。
「これは皆さんに」
「これって……」
叶楽が近寄ってケースを開け、「ええっ!」と大きく驚いた。
「拳銃……四丁も?!えっ、しかもこれさぁ、サイレンサーってやつ?」
どうしたのこれ?と四人がわらわらと集まってくる。
それもそうだ。ドール達にとって、マネは普通すぎるくらい平凡な人生を歩んできたと思われている。突然拳銃を持ち出してきたら驚くだろう。
「僕の交友関係の中で、唯一危険なことをしている知人に頼みました」
「そんな友達いたんだ、マネさん……タダじゃないよね?」
「えぇまあ……その代わり、僕も同行させてください」
決意を込めて言うと、四人は意外とあっさり頷いた。
「ぶっちゃけめちゃくちゃ助かるよなぁ?」
「俺らでも話したんだよ。やっぱりマネさんは必要だねって」
「面倒見てくれる人がいないとね」
「佳樹と曽良ならそう言うよ」
優しい言葉達に、マネは四人を直視できなくなる。否定されると思っていた。ドールの輪には決して入れないと思っていたのだ。
「……僕だって、みなさんがいないと仕事になりませんから」
咄嗟に口にした言葉は照れ隠しのようになって、四人は顔を見合わせてくすりと笑った。




