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俺らは揃ってないと意味がない1

『本日十五時ごろ、東京都港区の宿泊施設『あさやホテル』の建物内で火災が発生しました。既に火は消し止められましたが、消防によりますと、地下のボイラー室で火災が発生し、作業員と見られる男性七名が病院に搬送され、内五名が軽傷、一名が意識不明の重体、一名が搬送後に死亡が確認されたとのことです。身元や詳しい火災の原因などは調査中で――』



 パタパタと看護師が横を通り、隣の待合室のテレビのチャンネルを変えた。夕方の子ども向けアニメに切り替わり、場違いな軽快な音楽が流れ出す。気を遣ってくれたらしい。

 周囲に人はおらず、急足で通り過ぎる人はいても、立ち止まる人はいない。


 ガラス一枚隔てた向こうでは、頑丈なベッドの上で酸素マスクをつけた佳樹が眠っている。


 遠くから、パタパタと二人の足音が聞こえてきた。


「マネさん!」


 ディランがガラスの前で項垂れるマネに駆け寄った。

 振り向いたマネは酷く憔悴した顔をしていて、顔は煤けたままだった。

 なんだか、久しぶりにその顔を見た気がする。


 哀はガラスに手を当て、向こうの空気を感じ取るように目を伏せる。願いを込めるように集中治療室にいる佳樹の姿を見て唇を噛む。


「佳樹は……」

「意識が戻らないんです……」


 マネの声は掠れていた。ディランは信じたくないとでも言うように、集中治療室に背を向けている。


「他の三人は?」

「……廊下の突き当たりです」


 マネは力なく言って腕を振る。

 二人は顔を見合わせてからお互い俯き、そのままマネがさし示した方向へと向かった。


 廊下の端には扉一枚隔てて廊下が続いている。扉を開けて進むと、空気が一変して静寂に包まれた。冷たい空気が凪のように広がっていて、ここが病院の中でも異質な場所だとわかる。


 扉が続く中に、開けっ放しになった扉があり、二人はそこで足を止める。

 足音で気付いたのか、中にいる琉愛がこちらを向いた。何かを言いかけてその口を閉ざす。

 その奥ではしゃがんでベッドの脇で大人しくしている叶楽がいる。その頭には包帯が巻かれていた。


 ディランが叶楽の隣に立って動かない曽良を見下ろす。


「曽良、マネさん庇って階段から落ちたんだって」


 曽良から目を離さない叶楽は、飼い主の帰りを待つ忠犬にも見える。


「……叶楽のその怪我は?」


 ディランは曽良をジッと見つめたまま視線を動かさない。


「車ぶつけて脳震盪起こしてさぁ。その後もバイクに突っ込まれてぇ、海に放り出されるしまじ危なかった」


 叶楽の口調はいつもよりぼんやりしている。

 後ろに立つ琉愛は微動だにせず、感情が読み取れない彫刻像のような佇まいで口元だけ動かした。


「バイクが突っ込む直前ギリギリで叶楽が起きてくれたからよかったけど、起きてなかったら俺がバイクに潰されてたよね」

「危なかったよなぁ」

「ディランと哀は?社長から逃れられた?」


 鷲見社長に捕まったディランを助けに入った哀は、ディランの『逃げろ!』という声をかろうじて聞き取り臨戦態勢に入ったが、二対一では分が悪くあっけなく捕らえられてディランと同じ部屋に放り込まれた。

 電子錠をかけられドアからの脱出はできず、通気口は狭くてディランの肩幅では通れない。


 地上三十七階の密室に閉じ込められた二人は、見張りがいない隙を狙って窓をこじ開け空中に飛び出た――ディランがビルの窓清掃のスケジュールを覚えていなかったら、哀が電気工事の偽装道具でワイヤーを持っていなかったら、今頃二人の体は原型を留めていなかっただろう。


「……それじゃあ、俺と叶楽も、ディランと哀も、少しでも何かが間違ってたら死んでたんだ。それだけ相手は本気だったってことだよね」


 そうなるね、と哀が相槌を打ったとき、マネが霊安室に入ってくる気配を感じた。

 音もなくスルリと入ってきたマネはまるで亡霊のようである。

 目の前で二人のドールがやられたのをみて、相当なダメージを喰らっているのだろう。


「相手は俺らを本気で潰しに来たんだ……生き残った俺らはタダの偶然でしかないわけだ」

「俺ずっと考えてるんだけどさぁ。俺ら、鷲見社長とか、青嶋学長に狙われるようなことしてないよね?」

「逆にこっちが聞きたいよね。ディランは、何か聞いた?」


 ずっと黙っていたディランはそこで初めて口を開いた。その声は至極冷静なものだったが、ドス黒い感情を孕んだものにも聞こえた。


「うん……帰って話そう」


***

 

 ドールハウスに戻るなり、ドールの四人はマネを玄関に座らせ十分ほど家の中を見回った。

マネはその間、玄関の靴箱にもたれかかっていた。


 地下のボイラー室にいた時からずっと、頭では佳樹と曽良の笑い声と誰かの罵声が同時に響いていた。

 その罵声はマネに向かって、お前は足手纏いだ、役立たずだ、と指を指してくる。

 マネはそれに背を向けて笑顔を浮かべひたすら聞こえない振りを続けていた。

 一年以上前の記憶だ。


 ドール達と仕事をするようになってからこの頃の嫌な記憶が蘇ってくることはなかった。それはひとえに、ドール達のあっけらかんとした雰囲気に助けられていたのだと今になって分かる。

 そのドールも減った。

『殺しの依頼は受けない』という約束で動いている彼らのことだ。曽良が殺された今、これまで通りのドール達とは空気も関係性も変わってくるだろう。


 二十分程待って、リビングのドアから叶楽が顔を覗かせた。


「マネさんお待たせ。入って大丈夫だよ」


 四人で家中を見回り、盗聴器や隠しカメラの検査をしていたらしい。リビングはいつも通り整理整頓されていて、以前の誘拐事件のように荒らされた経歴は一切ない。


 キッチンから出てきた哀は両手にグラスを抱えていた。一つは以前マネがドール達から貰ったグラス。他の六つは色違いの背の高いグラス。

 哀と叶楽は特に言葉を交わすこともなく、それらをダイニングテーブルに並べた。


 マネが自分のグラスが置かれた席についたタイミングで、ドール達の個室へ続く階段からディランと琉愛が降りてきた。

 二人とも片手に瓶を携えている。琉愛は白ワイン、ディランはウィスキーだ。

 それが普段飲まないような高級なものだということは、高級品に疎いマネでも分かった。彼らなりの弔いなのだろう。


 マネと六人分のグラスに酒を注いでから、ディランは酒の席で世間話をするように話し始めた。


「それでー……、病院の話の続きなんだけど。今回の件は梅川が関わってるんだよ。この前の琉愛とマネさんを誘拐したヤツね。青嶋サンって志岐大学の学長してる人……梅川が言うには、やばい裏組織のボスを殺そうとしてたでしょ」


「うん。俺らが断った依頼だよね。それで、たまたまディランが潜入してたGTCの鷲見社長は志岐大学の卒業生で、青嶋学長とはまだ繋がりがあるってところまではなんとなく」


 琉愛もナッツをつまみながら相槌を打っている。


「三日前に梅川がさ、一人で青嶋サンのところに行って捕まって、誰から情報貰ったのかを聞かれて俺達の、dollの名前を出したんだよ」


 叶楽がわかりやすく顔を歪めた。


「えっ、はぁ?何それとばっちりじゃん」

「それで青嶋サイドはドールに報復しようとして、俺らを調べるうちにディランの事に気付いて……ってこと?」

「そう。何してくれちゃってんの!って感じなんだよ」


「これは想像でしかないけど、当の本人がここにいないから分からないことなんだけど……きっと俺らへの逆恨みだろうね。あの時、琉愛とマネさんが誘拐された時ね?俺らは言わば返り討ちにしたようなものだからさ。俺らが協力しなかった事に腹立てて、道連れにしてやろうと思ったんだろうね」

「じゃあなに?あいつの嘘で曽良は死んで佳樹は寝たきりってこと?」


 貧乏ゆすりが止まらない叶楽は歪めた顔を手でゴシゴシと擦った。


「うわぁー、どうすればいいのかねぇ。俺今、梅川にも痛い目見せたいけど、それを指示したやつ……青嶋って人も許せねぇんだけど」


 賛同する三人は大きく頷いて賛同する。

 マネは口を挟まずにそれを見守っていた。酒が回り始めたらしい哀が、テーブルに身を乗り出してそれを切り出した。


「これは俺の個人的な気持ちだけどさ、二人がこうなって危険な人達に素性がバレている以上、この先ドールの仕事を何事もなく続けていくのは無理じゃない?ってなったらよ、このまま、負けたまま、散って消えるのはちょっと、収まりが悪いと思うんだよね」


「仲間やられて何もしないなんて、俺ららしくないしね。何かせずにはいられないよね」

「ディランはどう?」


 叶楽に話を振られたディランは、小首を傾げて当たり前のように断言した。


「殺しに来た奴には、殺す気でいくよ。当たり前じゃん」


 それからヤーッハッハ!と悪役のような高笑いが響いた。「相手がどんな怖いヤツでも関係ないね」


 ――ドール達の意見はまとまったらしい。四人がグラスを合わせ、軽やかな開戦の合図が鳴る。


「マネさん、止めないでね」


 酔いが回ってふわふわした空気が流れる中、琉愛が釘を刺す。

 マネは俯いていた顔を上げ、戸惑い混じりの表情で四人を見つめ返すことしかできなかった。


 殺されたくないから殺さない。でも殺しに来た奴には殺す気でいく――ドール達の間にあった約束とは、守るべき信念などではなく、この危なげない野郎共のストッパーの意味だったのだと、その時マネは痛感したのだった。



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