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俺らが一番恐れていること3

 ディランが雄叫びをあげた同じ頃、曽良もその気配を察していた。


 スマホのカメラで背後を確認しようとして、佳樹からの着信にも気付いた。通話に参加するなり佳樹の声が飛び込んできた。


『おォ曽良!お前今どこだ!』

「バイト上がったとこだよ~。線路沿い歩いてる。なんかさ、後ろから誰かついてきてるっぽいんだけど」

『曽良さん、気を付けてください!その人はきっと……」


 マネと佳樹から、ディランが捕らわれて哀が救助に向かったこと、叶楽と琉愛が追われていることを聞いた。他のドール達の動向を聞き、曽良の頭ではすぐに点と点が繋がっていた。


「マネさん。このタイミングでコレって多分さ……」

『はい……マコトさんから切られたことが関係してると思っています』

「やっぱりそう思うよね~」


 曽良はあえて間延びした返事をする。背後の気配はそこまで近くはない。


『えっえっ、ちょっと待って。マコトさん関わってんの?切られたってどういう?』

「まあ詳しい話はマネさんから聞いてよ」


 線路沿いのT字路に差し掛かったところで向かいから若いチンピラ風情の三人組が歩いてきた。九十度方向転換しようと左手を向くと、道の両脇をサラリーマンが一人ずつ歩いてきていた。佳樹の話を聞いた後だと誰もが怪しい。


「やっべ、囲まれちゃったよ~。どうしよっかな」

『お前ぜんッぜんビビらねぇじゃん。てか今それ、線路沿いなんだよな?どこだ?』

「あ~それで言うとディランの会社の近くだよ」


 ガタンガタン、と頭上の線路から音が伝わってきた。


「あ、ちょっと電車通過するから煩くなるかも。俺、下行くわ!」


 はァ下?と佳樹が尋ねるのをよそに、じゃあね、と曽良は断って通過を切った。


 曽良はそのまま左手側に進みかけ、五メートルほど進んだところで後ろに方向転換し、線路沿いのフェンスに向かって駆け出した。思い切り助走をつけてフェンスに飛びつき、勢いで飛び越える。


 後ろを振り返ると、予想通り三方向から歩いてきていた人たちが一斉にこちらに向かって走り出していた。


「うわ~やっば」


 あまりに危機的状況になると、他人事に思えて笑ってしまう。曽良はアヒャヒャと笑い声を響かせながら、高架下の柱にあった作業員用通路への扉に飛び込んだ。


***


「ねぇ叶楽」


 市街地を抜けて海沿いの工場地帯を走りながら、琉愛はサイドミラーで後ろを確認しつつ尋ねた。

 叶楽はそわそわしながらバックミラーと前方とサイドミラーとを忙しなく交互に見ている。


「俺らさ、さっきまで街中でカーチェイスしてたわけじゃない」


 路上駐車中に男子大学生に話しかけられ咄嗟に車を走らせた二人は、琉愛の悪寒が的中して一台の軽自動車に付き纏われた。


 カーチェイスほど激しい運転はしていないが、この辺りはドール達の庭であり、土地勘が大いに相手を優った。


「うん。そだね。まぁ俺のドライブテクで?巻いちゃいましたけど?」


 大口を叩く割に、叶楽の様子は不安げである。


「追っ手はいなくなったわけだけどさ……なんかさっきから、誘導されてる気がしない?」


 それを言うと、叶楽はガバッとこちらを振り向いた。

「ねぇやっぱりそう思う?!」

「前見ろって」

「なんかさぁ?!左折しようとしたら脇からバイク飛び出してきて曲がれなくてさぁ、右折したいところで右車線の車が退かなくて車線移れなくてさぁ、裏道行こうとしたら工事中でさぁ!こんなとこまで来ちゃったよ!」


 二人が走っているのは海沿いの一本道だ。左右には工場施設が立ち並び、その奥は海が広がっている。トラックが偶に通る以外、人通りも車通りも少なかった。前後に車の影はないが、叶楽は焦りからか余裕で法定速度を超えたスピードを出している。


「この状況って、俺らが気付いてないだけで、もしかしてもう詰んでたりするかな」


こちらを向いた叶楽は眉をハの字にしていた。


「そんなこと言わないでよぉ!」

 ――と同時に、目の前の車道を横切る女性が見えた。

「うわ叶楽前!」


 琉愛が叫んで、叶楽が咄嗟にハンドルを切る。キキーッとタイヤがコンクリートを滑る音がして、車は横の敷地に飛び込んだ。


「あっっぶねぇ!」

「うわうわなんか知らない敷地入っちゃったよ!ここ絶対私有地だって!」


 後ろを振り返るが、女性は何事もなく歩き去っている。そのことに安心したのも束の間、今度は後ろの倉庫から一台のトラックが出てきて猛スピードでこちらに向かってきた。


「うわ待って、なんか来てんだけど?!」

「えぇ何?!Uターンさせてくれないわけぇ?!」

「わああ逃げろー!」


 追っ手だということは分かった。

 となるとこの敷地に入れるためにあの女性はわざと飛び込んできたのだ――追ってくる相手の得体が知れなさすぎる。


 続いて車体のどこからか破裂音がして、叶楽の握るハンドルが大きくブレた。


「やべぇ、タイヤパンクしたかも!」

「なんで今?!」


 琉愛が後ろを振り向くと、トラックの助手席の窓から黒い何かを構えているのがみえた。


「違う……拳銃構えてるよ後ろ!」

「えぇ撃たれたの?まじで?」

「私有地だからってなんでもアリなのか!」

「そういうこと?!アイツらの私有地なの?!」


 またしても鈍い音が響き、車体が大きく揺れた。


「うわあああ!」


 叶楽が必死に掴み戻そうとするも叶わず、大きく左方向に曲がってドラム缶に頭を突っ込んだ。

 ドラム缶がひっくり返る衝撃音が耳をつんざき、琉愛は顔を腕で覆う。ぶつかったのは運転席側の前方で、車体はそこまで大きく凹んでいないようだった。


 後ろを振り向く。まだトラックがこちらに狙いを定めて走ってきていた。


「まじでしつこいんだけど!叶楽!車出せる?!」


 後ろを見ながら叶楽の肩を叩くが反応がない。

 まさかと思って叶楽を見ると、口を半開きにして意識を失っていた。

 運転席側の衝撃が強かったのか脳震盪を起こしたのだろう。


「うわマジか、叶楽大丈夫か!起きろ!」


 そう頬を叩く間にも後ろは迫ってくる。

 仕方なく、琉愛は自分のシートベルトを外して運転席側に身を乗り出した。

 叶楽の足先がアクセルに当たるようにして膝を押し、左手でハンドルを操作する。


 なんとか車は前進し、倉庫と倉庫の間をドラム缶を押し分けながら進んでいく。

 この狭い隙間では追ってくるトラックは入ってこれまい。このまま振り切って、この敷地から出るのが最優先。その後は――走ってりゃなんとかなる!


 そう言い聞かせて、狭い通路の突き当たり、海沿いのフェンスがある通路を左手に曲がろうとしたその時。


 トラックと違うエンジン音が聞こえて琉愛は目を見張った。


 通路のど真ん中。

 無人のバイクが猛スピードでこちらに突っ込んでくる。


 ヤバい。流石に避けきれない。


「そこまでやるかよ……ッ!」


 激しい衝撃音が響き、黒煙が立ち上った。

 二人が乗っていた車はフェンスを打ち破り、濁った海に呑まれていった。


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