俺らが一番恐れていること2
ディランはてっきり社内のどこかの会議室か応接室に連れていかれるかと思っていたが、予想は外れた。
鷲見は階段に向かい一つ上のフロアへ昇って行った。
いつの間にか背後にはスーツを着た社員‘風’の男が二人着いてきていた。
スーツ越しから分かる筋肉のつき具合から只者ではなさそうな雰囲気を感じて、ディランは、ただついていくしかなかった。
秘書というよりは護衛と言ったほうが近い。
でもどうして、一般企業の社長に護衛が必要なのだろうか。ドールを知っていることと関係があるのだろうか。
一つ上の階は別のテナントが入っているはずだったが、鷲見は迷いなく受付らしきところを通過していく。
受付に掲げてある看板に目を凝らすと『鷲見財団』という文字が見えた。
財団のテナントならGTCの社員は入ってこない。人目を気にせず話すならもってこいなのか――と考えていたディランは、通された大会議室で息を呑んだ。
窓のブラインドは閉じられ、天井の無機質な光が長机に直接腰掛ける男を照らしていた。高級なスーツを着た白髪の壮年の男だ。
「青嶋学長。例の男です」
鷲見社長が呼んだ名前と、呼ばれて振り向いた顔には覚えがあった。
交友関係が広いディランは人を覚えるのが得意だ。直接会ったことはなくても、写真を見れば頭に入る。
だからその男が先日の誘拐事件の時に犯人が言っていた男だということもすぐにピンときた。
「私のことは知っているな」
一番後ろの長机の真ん中の席に座らせられ、青嶋が近付いてくる。ディランの背後に護衛の二人が張り付く気配もした。
「ハイ。青嶋サンですよね。志岐大学の学長されている」
「そうだ。そして君が例の『何でも屋』なら、私がここに居る理由も分かるな」
「いや、それは知りません」
ディランは嘘が苦手だ。相手に身分詐称していることも、ドールということもバレているなら、もう誤魔化すのは無理だと悟っていた。
しかし青嶋は嗄れた声で笑い飛ばした。
「君の協力者は吐いたぞ」
隣に立っていた鷲見社長がスマホで動画を見せてきた。
薄暗い部屋の監視映像のようだった。天井からであろう角度から、部屋の中央に椅子に座らされた男が映し出されている。
ディランは思わず顔を顰めた。男は先日、琉愛を誘拐した犯人――名前は確か梅川――だった。それが動画で、椅子の上で縛られ呻いている。
……ちょっと待って、今コイツのこと『俺の協力者』って言った?
「この男は三日前、青嶋学長の自宅で待ち伏せし、学長の殺害を企てた。護衛が取り押さえて尋問を行った」
ドール達への依頼を諦めた梅川は結局、自分で実行することに決めたのか。だが失敗し、こうして捕えられたというわけだ。
『お前の仲間はどこに居る?』と、画面外から男の声。
『仲間はいない……』
『単独犯ではないだろう、情報提供者は誰だ?』
『……ドールって名前の、何でも屋だ。そいつらから青嶋の情報を聞いた』
「ハァー?! 何言っちゃってんのこいつ!」
無意識に口から言葉が飛び出てきた。ディランは勿論、他のドール達も、あの誘拐事件の前にも後にも梅川と連絡は取っていない。そもそも依頼はきっぱり断っているのだ。
「俺ら情報渡したりなんかしてないですよ!そもそも俺、アナタ達が何者か知らないですし!」
「ならどうして、この会社に潜入している。私に取り入って、青嶋学長との接点を突き止める為ではないのか?」
「いや違……っ!」
否定してからディランはふとドール達の鉄則を思い出した。『クライアントの秘密は守る』――ここで澤田の事を話すのは良くない。
「違いますよ……ただ、別件の仕事がありまして」
嘘が苦手なディランはどうしても視線が泳いでしまう。
「なるほどな。つまり自分達が『何でも屋』だということは認める、と」
しまった、と思ったが仕方がない。これで身分詐称してインターンに潜り込んだことも言外に認めたことになった。
ここまできたら何を話しても状況は好転しなさそうなので、ディランは口を曲げて黙ることにした。
「タダでは話さないか。そうか……だが、辛抱強く話を待つほど我々は優しくはない」
そう言って鷲見が画面を切り替えると、複数の写真が映し出された。それを見たディランは血の気が引くのを感じた。
「未遂とはいえ我々に牙を向いたのだ。覚悟はできているのだろう」
信号待ちをする自動車。運転席には叶楽、助手席には琉愛が座っている。
その下には線路沿いを歩く曽良の後ろ姿。
それから見慣れたキッチンカーの裏側では、マネと佳樹が座り込んで辺りを見渡している。
マネの下半身の服装は先程の清掃員と同じものだ。つまり今現在のドール達の写真であり、連中はドール達を監視している。
「ここには映っていないが、もう一人いるだろう。それが――」
その時、来客を知らせるインターホンがなった。青嶋と鷲見が目配せをし、護衛の一人が動く。
護衛が扉を開けたと同時に、ディランは扉が吹っ飛ぶ程の声量で叫んだ。
「逃げろー!!」




