俺らって、一流には敵わない4
マコトの一件については、曽良とマネの二人だけの秘密ということになった。一先ずはドールに目先の依頼に集中してもらうためだ。
気付けば、ディランのインターンも残り二日となっていた。
とはいえディランに焦るつもりはなかった。
澤田の癖も毎日のルーティーンも社内での立ち回りも全て把握できた。社外の交友関係は琉愛と叶楽が当たってくれているし、佳樹に至っては別荘に潜り込んで間取りまで調査したらしい。
唯一、気がかりなことといえば――
「冴崎さんって女の子がいてさ」
いつもの昼休み、日課になったケバブの注文でディランはそのことを哀に聞いてみた。
「助けてあげた方がいいかな。ザワ君に分かりやすーく狙われてるんだよね」
「その呼び方浸透してたの?……まぁいいや。狙われてるって、その冴崎さんが言い寄られてるってこと?」
うん、と頷いてディランは新メニューだというクラフトコーラを飲んだ。
この一週間でケバブ屋の物珍しさはなくなったらしく、先週のような行列はなくなっていた。
「真っ当に考えたら止めた方がいいと思うけどね」
「それが真逆なの。もうノリノリで。休憩時間もずっと話し込んでるの……ほらあれ」
ちょうど交差点の信号待ちに澤田の姿が見えた。隣には小柄で可愛らしい顔立ちの女性が、澤田に笑顔を向けている。
「もしかしてだけど冴崎さんって同性の友達少ないタイプ?」
「そうかも。……ああ、俺もそろそろ行かないと」
コーラを飲み干したディランは空いたカップを哀に渡した。
「そういえばマネさんには会った?」
「いや?会ってないよ」
「あれそうなの。今日あたり、お仕事見学しにいくって佳樹から聞いたんだけど」
「ええ?俺のこと見にくるの?授業参観じゃないんだから」
眉を顰めたディランが思春期の少年に見えて、哀は思わず吹き出した。
「気合い入れて一張羅で来るかもよ。テッカテカのスーツ着ちゃったりして」
「それか着物かなー」
「うわぁ、周りのお母さん方ビビっちゃうよ」
二人してケタケタと笑ってから、ディランは哀に背を向けた。
***
休憩時間。ディランが給湯室に向かうと後ろから軽快に肩を叩かれた。
「佐々木さあ、さっきの課題の意味分かった?」
西村とはグループも同じになれたおかげで大分距離が縮まった。くだらないことで連絡を取りあって、三日に一回のペースで帰りに飲みに行っている。
他のインターン参加者と比べ、西村とディランだけは『頭脳』ではなく『愛嬌』で選考を通ったようなところがあるのも、話しやすい要因だった。
「伝票の合計金額のこと?全然分かんねーよ。計算も言葉も難しいよ」
「もう周りみんなスラスラ進んでてさ……お前は仲間だと思ってたよ~!」
「ゲンカショーカクも難しかった。あと計算が合わなくてさ~。ニッシーは最後の数字何になった?」
「俺、50,500円。佐々木は?」
愛嬌が強みとはいえ、西村は難関大学の一つと言われる大学に在学中である。当然ディランの方が頭は弱いわけで、こうして西村と対等に話すフリをしてこっそり教わっている。「うわよかったー!俺も同じ!」
そうして休憩室の自販機の前で喋っていると、清掃のおじさんがカートを押してやってきた。
こう毎日同じ場所にいると、清掃員の顔も覚えるものだ。
ディランは空いたペットボトルを「これもお願いします」と言って腰を曲げた清掃員に手渡す。
清掃員はこちらを見向きもせずに受け取り、カートの中に投げ入れた。
それからディランはスーツのジャケットからスマホを取り出した。
「……なんか電話来てる。ニッシー先戻ってて」
「お、オッケー」
自販機で麦茶を買った西村が休憩室から出ていくのを、ディランは電話をかけるフリをして見送った。
そして休憩室に人がいなくなったのを確認してから、清掃員に声をかけた。
「掃除のおじさんで来るとは思わなかったよ」
すると清掃員――の変装をしたマネがバッとこちらを振り向いた。目を丸くしてわざと腰を曲げた姿勢からディランを見上げ、小声で叫んだ。
「ディランさんだったんですか?!」
ディランは思わずいつもの調子で笑い声をあげそうになり思わず口を塞いだ。
「……ウソでしょ、俺って気付いてなかったの?」
「身長でそうかなとは思ったんですが、スーツだとやっぱり印象違って……前髪も下ろしてますし」
「分かってよ寂しいじゃん」
ディランが口を尖らせたのを他所に、ディランはカートの中に手を突っ込んだ。
「これを渡そうと思って今日は来たんです」
そう言ってマネは手のひらサイズの端末を手渡した。
これは、ディランは先日頼んだもの――充電器に見せかけた、ハッキング端末だ。澤田の情報収集にあたり、周辺の情報は集められたから、最後に一番センシティブな部分である、スマホの中身を覗こう、と言う目論見だ。
ディランは何気なくそれを受け取り、ジャケットの裏ポケットに忍ばせた。
「ディランさん、それの使い方は――」
マネが説明しようとした時、休憩室に近づく足音がして二人はそっぽを向いた。
ディランは自販機に向かい、マネはゴミ箱を集め始める。
休憩室に入ってきたのは、あろうことか社長の鷲見だった。ディランは直ぐに姿勢を正し、社長に向かって挨拶をする。
「お疲れ様です!」
あぁお疲れ様、と社長は軽く手を挙げた。そのまま通り過ぎるのかと思いきや、ディランの隣で立ち止まり、さらにディランに話しかけた。
「佐々木くん……だったかな。インターンシップはどうだい」
面接でゴルフの話をしたのが印象強すぎたのだろうか。名前と顔まで一致されているとは思わず、ディランは内心焦った――が、表には出さないよう、『愛嬌合格』した学生らしく、笑顔で朗らかに返事した。
「はい。普段知れないことが勉強できて楽しいです!」
「それは良い。うちの製品のターゲットは企業だから、君達学生が普段関わることは当然ないだろう。しかしこのインターンを通して、学生から新鮮な意見を貰えると言う面でも貴重な機会だ。澤田君から、君が積極的にグループワークに参加してくれているという話を聞いている」
気難しい顔をしているが、不機嫌なわけではなさそうだ――と少し安心した。身分詐称がバレたのかという考えもよぎっていたのだ。
「ところで社長室まで来てもらえるかね?話したいことがあるんだ。もちろん、澤田君には言ってある」
「はい!承知しました」
そう答えつつ、 ディランの頭に「?」が浮かんだ。社員でもないインターンの学生一人に対して、個人的に話したいことなどあるのだろうか。
その疑問に答えるかのように、鷲見はその気難しい顔に不釣り合いな笑顔を浮かべた。
「それはよかった。聞いてみたかったのだ……『人形』を名乗る、卦体な何でも屋について」
ガコンと衝撃音が響いた。
それがディランの持っていたペットボトルを落とした音だと気付いた時には、ディランの逃げ道はなくなっていた。