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俺らって、一流には敵わない3


「ちょ、ちょっと待ってください……長野県に行く?!今から?!」


 マネは突然かかってきた哀からの電話に耳を疑った。


 哀の声の背後から佳樹の声が聞こえる。車内で陽気に歌っているらしい。

 哀のテンションは、母親に帰る時間を連絡するような気恥ずかしげなものである。


 いや、実家住みの大学生かよ。


 身勝手に切れた通話画面をテーブルに伏せる。

 こっちも保護者じゃないんだから……と肩を落とす。


 マネは駅前のファミレスにいた。ちょっとした打ち合わせのためだ。


 テーブルの向かいには冷たいままのアイスコーヒーが残っている。半分以上残っているが、打ち合わせ相手はもう帰ったので減ることはない。


 憂鬱な気分のマネは外の様子をぼんやりと眺めた。



 信号が青になり、駅前の交差点は多くの人が一斉に動き出す。

 マネはその群像を何気なく眺めていた。


 そして視線を戻そうとした時何かに気付いた。

 慌てて人混みに視線を戻し、一瞬だけ感じた違和感の正体を探し出す。


 すると交差点を渡った先、駅に向かって歩く波の中にその人を見つけた。


 平均的な身長、個性が強いドールの中で消え入りそうなほど普通という言葉が似合う男――「曽良さん……」


 曽良といえばマネや他のドール達に隠れてマコトと連絡を取り合っていたのが記憶に新しい。

 マコトは先日の琉愛とマネの誘拐事件でもう一人の犯人ではないかと話に上がっていた要注意人物だ。


「っていうか……!」


 マネは慌ててタブレットを開き、ドール達の予定表を開いた。

 マメな性格をしているもので、ドール達の予定はそれぞれこうしてまとめている。


「曽良さん……今仕事中のはずじゃ……?」


 とはいえ柴犬カフェはシフト制のアルバイトだ。

 急遽シフト変更があったとしてもおかしくない――でも、マコトのことが頭に引っかかる。


 マネは飛び出し、曽良の後を追いかけて駅へ向かった。



 曽良は真っ直ぐに改札を通って上り方面の電車に乗った。乗換を一回挟み、揺られること一時間。

 曽良は電車を降り、迷うことなく改札へ向かっていった。その足取りは初めて来たものではなかった。


 マネもその後ろ姿を見失わないようについていく。


 その駅は治安が良くないことで有名な地域だった。駅前広場の隅には段ボールの上で蹲る男が数名いて、どこからか下水なのか生ゴミなのか不快な臭いが漂ってくる。


 マネは臭いに顔を顰めながら、曽良が通ったアーケードのゲートをくぐる。


 曽良はアーケード沿いに歩き、老舗のカフェの看板があるところで立ち止まりその中に入っていった。


 カランカランと懐かしい鐘の音が鳴り終わるのを聴いてから、マネは店の前まで歩み寄った。


 店前の看板には『cafe&bar Nokishita』と書いてあり、隣の立て黒板にはサンドイッチやコーヒーなどのメニューが並んでいる。

 古いが情緒を感じさせる建物の前に立ち、窓に映らないよう身を屈めて中の様子を伺った。


 曽良はカウンター席に座っていた。

 店主の姿は見えず、曽良がカウンターの奥を覗き込んでいる。

 そして黒いシャツを着た男が奥から出てきて曽良の隣に腰掛けた。無造作な髪型に広い背中。

 曽良に重なって見えずらいが、その表情が子供じみた笑顔になったことから相手は簡単に分かった。

 対してマネは思わず顔を顰めてしまう。


「曽良さんはやっぱりマコトさんと……?」


 会話が聞きたいが、さすがに外からでは聞こえない。二、三言話すと曽良は肘をついてテーブルの上で項垂れた。口元すら角度的に見えないが、曽良がため息をついたことだけは伝わる。


 何か重要な話をしていることは確かだ。

 それも、ドールハウスではなく、曽良一人だけを呼び出し、マネや他のドールにまで嘘をついてまでしての密会。


 そこまでして聞かれたくない会話となるとやはり、先日の誘拐事件はマコトが関わっているのだろうか――


「お店入らないの?」


 突然、横からにゅっと人の頭が視界に現れ、マネは飛び退こうとして反対側に転がった。

 人の気配が無かった。足音も。

 驚きすぎて声も出せず、ただ呼吸を荒くしながら、急に姿を現した男性を凝視した。

 飛び退いた拍子に、今まで考え巡らせていたこともすっぽりと飛んでいってしまった。


「入らなくていいの?」


 白い歯を覗かせ男は店の窓を指す。白いトレンチコートをゆらめかせ、ウェーブがかった黒髪がふわふわと揺れている。


 年齢は……読めないが、おそらく年上。マコトと同じくらいだろうか。


「お客さんってわけじゃなさそうだね。さては、マコっちゃんに用事?」


 男はしゃがんでスッとマネに顔を近付ける。

 人の良さそうな柔らかい表情を浮かべているが、そこから何を考えているのか掴めなかった。

 善意があるのか悪意を孕んでいるのか、一目では判断つけられない。


「い、いえ。あなたはマコトさんのお知り合いですか?」


 マネは慎重に言葉を選んで返事した。だが男は答えなかった。


「ふうん。ちゃんと名前知ってるってことはそちらこそマコっちゃんの知り合いなんだね。マコっちゃんと顔合わせたくないの?ってことは……」


 うーん、と男は腕を組んで斜め上に視線をやって店内の様子を見てからその窓を覗き込んだ。


「あれぇ、ドールのガキんちょが来てる。ふーん。あぁ、そういうことね!」

 そして指を鳴らしてマネを指差した。

「君がドールのマネージャーって人ね!」


 そして一人で納得したように頷き、マネがしていたように腰を屈めて窓を覗き込んだ。


「マコっちゃん、マネージャーさんのこと分かりやすく避けてるらしいね。煮え切らなくてガキに着いてきちゃったんだ?」


 よく喋る人だ。

 マネはマコトと曽良の会話は一旦忘れて目の前の男に集中した。口数の割に、自分のことは話さずマネのことを次々と言い当てる。このタイプの人間とは関わらない方がいいと、マネは人生経験から学んでいる。それなら――


「帰っちゃうの?」


 なるべく気配を悟られないように後ずさったが、当然のように男はこちらを振り向いた。

 マネはその場に磔られたように動けなくなった。

 それを知ってか知らずか、男は悠々とマネの前にしゃがみ込む。


「いいの?マコっちゃんのこと知りたくて来たんでしょ?俺なら何でも教えてあげられるんだけど。仕事、経歴、それから特技も、女の好みも、弱点も、目的も、ドールのガキ使って何をさせているのかも」


 片眉を吊り上げ、挑発するようにマネを見つめる。


「俺は情報屋だからね。金さえ積まれれば何でも話しちゃうよ?」


 マネは顔を顰めた。まるでドールのようなことを言う。ただドールと違ってその本心が見えなかった。


 その時、カランカランと音が響いてマネは我に返った。身を隠さねば、と思うと同時に曽良の声が降ってきた。


「あ、チカゲさんだ~!ってええ?!マネさん?!なんで!」


 お手本のように驚く曽良の後ろから、のっそりと人影が現れ鋭い視線がマネに向いた。

 チカゲ、と呼ばれた男は胡散臭い笑顔で二人に向かって手をヒラヒラ振った。

 それに応えるようにマコトはこちら――主にチカゲに向かって――舌打ちした。


「嫌な顔するなぁー。お話は終わったの?」


 マコトはチカゲの問いかけが聞こえていないように、曽良の肩を小突いた。


「おい曽良……ちゃんと片付けしておけよ」

「え、あ……ハイ」


 曽良の表情がその瞬間だけ曇ったのを、マネは見逃さなかった。


「何を片付けさせるんですか」


 マコトの依頼には干渉しない。その決まりは分かっているが、曽良の表情を曇らせる理由が、どうしても知りたかった。


「何っていつもの依頼だ。お前さんには話せない」

「なら、質問を変えます。曽良さんを使って、何を企んでいるんですか?」


 はぁ?とあからさまに不機嫌な顔でマコトは振り向いた。間にいるチカゲがヒュウ、と口笛を吹いた。マコトは刺すような視線でこちらを見つめ、怒気を含んだ声を出した。


「俺は俺の仕事をしている。必要があるからこいつらに手を借りている。それが今さらなんだ?」


 ピリピリと空気が張り詰めるのを感じた。

 間にいる曽良が緊張して拳を握りしめているが、その手が微かに震えていた。その気持ちはとても分かる。

 怒らせたら怖い、と昔佳樹が言っていたのは本当だった。だがマネは怯まない。


「そろそろ僕にも、仕事内容を教えてくれませんか。ドールに割り振る仕事はマネージャーである僕が決めます。彼らを下手に危険な目に合わせないため……彼ら同士の約束を守らせるためにも」

「約束?」

「ドールは殺しの依頼だけは受けない。彼ら同士の約束です。あなたが無碍にしてしていいものではない!」


 威厳を込めるように力を込めて言うが、マコトは瞬時に嘲笑う。

 馬鹿にしたような態度に腹が立つが、言い返す前にマコトに背を向けられた。


「お前さんを通さねぇと仕事頼めねぇってんなら、俺はもうこいつらに依頼しねぇよ」

「ちょっと!逃げるつも……」

「マネさん!……もういいよ」


 チカゲが「あちゃー」とわざとらしい間抜け声を上げ、店に戻るマコトを追った。

 曽良に止められたマネは肩で息をしながらその背中を睨んだ。



 ***


「ずいぶんとドールのガキんちょに入れ込んでるみたいだね。役者だ」


 店内に戻ると、のらりくらりと読めない男がマコトの顔を覗き込んできた。それを無視する。


 カフェの小窓から、去っていくマネージャーと曽良を眺めていたマコトは呟いた。


「お前さんにそれを言う資格があんのか」


 ***


 ドールハウスの最寄駅に着いてから、マネと曽良は近くの公園に立ち寄った。

 十九時を過ぎた公園に子どもの姿はなく、マネはブランコを椅子代わりに腰掛けた。


 曽良が近くの自動販売機で水を買ってきてマネに手渡した。


「あぁー言っちゃいました……」


 マネは受け取った水を祈るように握りしめた。


「マコトさんから仕事もらえなくなったなんて……佳樹さんに半殺しにされそう……」

「佳樹だけじゃないかもね~みんなマコトさんのこと好きだったから」


 そうですよね、とマネは更に項垂れた。それを横目に、曽良は「でも」と前置きした。


「マネさんが言ってくれたこと、嬉しかったよ。俺らを危険な目に合わせないためって」


 いつもドールに振り回されるマネの、堂々と芯の通った姿がすごく印象的だった。

 それも相手はあのマコトだ。曽良なんて、マコトの気迫に負けてその場にいるのがやっとだった。


 励ますように言うと、マネは複雑な表情を見せて曽良から目を逸らした。


「えぇ~マネさん照れてるの~?」

「いや……ちょっと。ただ凄い啖呵を切ってしまったなと思って……」


 恥ずかしいのか気まずいのか、こちらを向こうとしないマネに、曽良は思わずアヒャヒャ!と笑い声を上げた。それからフウ、と息を吐く。


「あんなにあっさり俺らを手放したってことは、前に哀が言ってた仮説は本当なのかもね」

「……仮説?」

「ほら、マネさんと琉愛が誘拐された時にさ、もう一人の犯人がマコトさんだったらその動機はなんだろうって、話になったでしょ。やっぱり他に協力者ができたから、俺らはもういらなくなったのかも」


 俺らは所詮人形。

 これは酒に酔いすぎて泣き上戸になった佳樹がよく言う言葉だ。

 要らなくなった人形は、押入れの奥で忘れられるか、捨てられるかの二択なのだ。


 されど人形ドール、と佳樹の弱音に言い返すディランの言葉も聞こえた。

 俺たちは只の人形じゃない、もっと誇り高い存在なのだと。

 ドール達はそうやっていつも自分達を鼓舞しているのだ。


 ……だとしても、付き合いの長いマコトから捨てられるとは、誰も覚悟していないだろう。


「そろそろ帰りますか?」

「うん。そうだね。マネさんもウチでご飯食べてく?今日は多分、みんな揃うんじゃないかな」

「いえ、今日は遠慮しておきます……あれ、佳樹さんと哀さんのこと、聞いてます?」

「え、二人がどうかしたの?」

「あのお二人、今頃長野県に居ますよ。ディランさんの仕事で、ターゲットが所有してる別荘を見にいくって」

「はぁ~?!ずりぃ~!」


 立ち上がった時、曽良が「あ!」と何かに気付いた声を上げた。


「どうしましたか?」

「待ってよマネさん……マコトさんから依頼来ないってことは……どうしよう。来月から家賃も払えないかもしれない」


 マコトの依頼は通常の依頼より相場が一桁多い。その分の収入がなくなると言うことはつまり――


「僕、仕事たくさん貰えるように頑張りますね……」

「俺も節約頑張ろう……」


 二人は頭を抱えながら、各々の帰路へと着いた。

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