俺らって、一流には敵わない1
それから半月の間、マネとドール達はどこか警戒しながら過ごしていたが、マコトから連絡がくることも、ドール達に何か危害が加えられることもなかった。
一ヶ月も経てば、今回の誘拐事件は『偶に起こるアクシデント』になり、ドール達の間にあった緊張感も薄れていた。
その一方で、マネは曽良の行動をこまめに確認するようになった。
誘拐犯の一人かもしれないマコトと、唯一繋がりを持っているのだ。
しかし中々マコトや曽良がアクションを起こすことはなかった。
それが慎重さゆえのことなのか、今回の件と無関係だから当然のことなのかは、まだ判断がついていない。
だからあの晩に曽良がマコトに連絡を取っていたことは、他のドール達には伝えていなかった。
不確定な話題で、ドール達の仲を不安定にさせるようなことはしたくなかった。
けたたましい音で目が覚めた。アラームかと思ってスマホを取ると、曽良からの着信だった。
ここ最近注視していた曽良の名前に、マネは思わずベッドから転がり落ちた。
床に頭をぶつけた拍子に、カーテンの裾から高い日差しが漏れてきていて、昼に近い時間帯であることを知る。
起き上がりながら通話に出ると、アヒャヒャとひょうきんな笑い声が聞こえた。
『マネさん寝てたの~?寝坊だよ!早く起きて!』
「すみません……」
『声もガッサガサじゃん。酒灼け~?』
あなたのせいで、とはいえなかった。
『もう早く来て!ディランがインターンの選考通ったよ!』
「えッ?!」
二ヶ月前にせっせと書いていたレポートだ。大企業で選考倍率も高く、内心諦めていた潜入方法だったのだ。
マネがドールハウスに駆け込むと、佳樹が呑気に欠伸をしながら出迎えた。
「ディランさん、あの会社受かったって?!」
「あァ。らしいね。え、そこまで驚いてすっ飛んでくることなの?」
「いやだって……レポート通っただけでもスゴいですよ。去年の倍率なんか五十倍だって聞きましたし」
「そんなにスゴい会社なの?」
佳樹が口を挟み、マネのタブレットを自分の方に引き寄せた。
そして会社のホームページに辿り着き「ヘェー、ほォー」と感嘆した。
「株式会社GTコミュニケーションズ……IT企業なんだ。めちゃくちゃ大企業じゃん。
あ、俺この社長名前聞いたことある!世界長者番付載ってなかったっけ?この鷲見玄一郎って人」
「あー面接で会えたらしいよ。ずっと怒った顔してるおじさんで、前の順番の人泣いて出てきてたって」
「ヘェ怖いんだ」
「うん。でもゴルフの話したら盛り上がったってさ。素振りして見せたら笑って教えてくれたって」
「面接の数分間で?アイツのコミュ力さすがだなァ!」
「あんまり親しくなりすぎて、身分詐称してることバレないといいんですけど……」
「アヒャヒャ!大丈夫だよ。ターゲットじゃないからそんなに会うこともないでしょ?」
「今回のターゲットって社長じゃねェの?」
佳樹が顔を上げてマネを見た。佳樹は今回潜入するドールのサポート側に付いてもらう予定だった。
「世界長者番付に載るくらいの社長さんだろ?どっかの詐欺師が狙いそうじゃん」
「ええまぁ、クライアントが詐欺師なのは合っているんですが、ターゲットは違うんです」
マネは佳樹からタブレットを受け取り、仕事の資料を取り出した。
「今回の標的は人事部の『澤田栗樹』という男です。年齢は三十一で独身。社内では若いながら主任の役職に就いていて、主に採用を担当しているそうです」
「ふーん、大企業の若手エリートならお金余ってそうってトコか。詐欺師にしては堅実なクライアントだね。俺なら鷲見社長の一本釣りで一攫千金狙っちゃうけど。うわうわ!社長ってば財団の会長も兼任してんじゃん!」
「すごいよね~出身大学の学生向けに奨学金制度やってるって」
「ってかなんで俺より曽良の方が詳しいんだよ?!俺情報知らなさすぎじゃねェ?マネさん俺に対して報道規制かなんかしてんの?!」
佳樹の大声に曽良がアヒャアヒャと笑い転げる。
「ディランさんと佳樹さんに手を組まれると予定が狂うので……」
「組まねェよ!……んで?!そのインターンってのはいつからなんだよ!」
「来週だよねマネさん?今日は参加者と飲んでくるって」
「だから何でお前が知ってるんだよ?!んでもって始まる前から友達できてるディランもすげェな?!」
佳樹は火でも吹きそうな勢いで、マネと曽良に悪態をつくのであった。
***
「かんぱーい!」
奥のテーブルから元気な若い声が響いてきた。
火曜日の夜ということもあり店内の客はまばらだ。
ディランは声が響いてきた方向の席へ向かった。
「お疲れっすー」
テーブル席にスーツ姿の男女が三人座っている。左手にいる男女はリクルートスーツを着ていてどこか初々しさを感じる。
対して右手の男性はワックスで整えられた髪に少しよれたスーツ。社会人四年目といったところだろうか。
三人はディランを見上げて口をポカンと開けた。誰?とでも言いたげな三人の表情に、ディランはサングラスをかけたままだったことに気付いた。
サングラスを外すと、左手側の二人――今回のインターン参加者だ――がパッと笑みを浮かべた。
「佐々木くんか!」
「全然分からなかったー!」
「アッハッハ!ごめんごめん!私服で会うの初めてだもんね」
そして右手に座る男性に会釈する。男性はまだ畏れが残った表情でディランを見上げていた。
「ハジメマシテ。佐々木です。今度のインターンで西村クンと同じグループになります」
西村は奥の席からディランを親指で指した。
「丸田先輩、コイツがさっき話してた佐々木くんです。ビビんなくて大丈夫っすよ。俺も最初怖かったけど、意外といい奴なんで!」
「意外とってなんだよ!」
アーハハッ!と笑い声を上げながら、ディランは丸田と呼ばれた男性の隣に腰掛ける。丸田はぎこちない笑いを浮かべながら壁側に寄った。
「面接会場で会ったんすけど、待合室で喋ってたら意気投合しちゃって。先輩と飲むって話したら会社のこと聞いてみたいって言うんで」
西村を面接会場で見た時の、明るくて社交的という読みは当たっていた。まさかOBと繋がりがあったのはラッキーだった。社員同士の噂を聞くにはもってこいだ。
西村の隣の女性――彼女もインターン参加者で、西村と同じ大学に通っているらしい。名前は確か冴崎さん。幼くみえるが、モデルのように可愛らしい顔立ちをしている。OBの丸田とは元々繋がりはなかったようだが、この場を通して仲良くなったようだった。
そして本日の主役、OBの丸田――まだディランに警戒心があるようで、隣にいて視線が合わない。
「丸田先輩、佐々木くんてどうやったらサラリーマンっぽくなるとおもいます?アメリカ育ちらしくて、日本の堅いマナーが全然似合わないんです~」
ディランの頼んだビールがやってきて再度ジョッキを交わす。
ディランのコミュニケーション能力をもってすれば、三十分もあれば丸田の警戒心を解くのは十分だった。
「冴崎さんさ、澤田に連絡先聞かれたりしてない?」
ディランは澤田という名前に反応した。
丸田は顔が赤くなり始めている。もう少しかな、とディランはハイボールを追加した。
「澤田さんて、あのインターンの担当してる男の人ですよね?」
「そう。あーいつは気をつけた方がいいね!」
「どういうことですか?」
ディランは丸田の空グラスを通路側に寄せる。
「アイツね、自分好みの可愛い子見つけると言い寄っちゃうんだよ」
「えーそんな人本当にいるんですかー?」
ほんとほんと、と丸田はわざとらしく声を潜めた。
「二年前なんか、あいつのお気に入りの新入社員が一ヶ月で辞めちゃってさ。噂じゃ関係持って妊娠させたんじゃないかって」
うわー、と相槌を打ちながらディランは頭の中で納得していた。
今回の仕事。なぜ大企業の社長で資産家ではなく、ただの社員を狙うのか疑問だったが――なるほど。後ろめたさなく金をぶん取れるわけだ。
「そんな噂あるのに、人事続けられてるってすごいですね」
「ほんとだよなぁ。今まで何回か問題になってるんだけど、仕事は出来る奴だからなのか、なかなか異動ってならないんだよね」
噂程度では被害はないということか、もしくは上層部に何かツテでもあるのか……探り甲斐がありそうなターゲットだ、と舌を巻いたところで丸田が何気なく呟いた。
「まあ、二年前の件は他の新入社員に問題があったから問題にならなかった、っていうのもあるらしいんだけどね」
「えええなんですか?」
これは秘密だぞ?と丸田はニヤッと笑った。
「その辞めてった女子社員の同期に、めちゃくちゃ優秀な男がいて、いろんな部署のお偉いさんが舌巻いて引き抜こうと狙ってたんだけど、ある日急に会社に来なくなって……その二週間くらい後に、未発表のIR情報がネットで公開されて警察沙汰になったんだ」
「私それニュースで見たかも。ネットじゃ産業スパイじゃないかって噂もありましたよね」
「そんな怪しい人が新入社員にいたんですか?」
「俺もそいつと会ったことあるんだけど、全然怪しくないんだよ。物腰柔らかくて、頭の回転早くて、でも堂々としててさ……」
「わあ、絵に描いたようなエリート。しかもイケメン?」
「顔もまあ整ってる方だったかな。身長は低めだったけど……そんな事件があったからさ、君たち社内うろつくときは気をつけてね?セキュリティ強化とか言って、社員証がないと部屋の出入りできないから!」
ディランは心の中であっちゃーとつぶやいた。事前にマネから聞いていた情報から変わっているようだ。隙を見て澤田のデスク周りを探ろうと思っていたのだが、難易度が高いかもしれない。
作戦練り直しかなー、と楽しそうに団欒を続ける丸田達をよそに、ディランはそっと水を頼んだ。