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人形との出会い



 それは一年近くまで遡る。

 まだ六月だというのに猛暑日を迎えていて、男はスーツ姿で汗だくになっていた。


 ジャケットを脱いでも首元を緩めてもシャツの袖をめくっても暑さはなくならなくて、炎天下でコンクリートの上に倒れ込んだ。不幸にも人通りのない路地だったせいで誰も男を気に留めなかった。


 手にしたペットボトルは空で、財布に現金も入っていない。


 前職をやっとの思いで辞められたはいいものの、転職先が見つからず貯金はどんどん減っていくばかり。アパートの家賃だって、来月分すら残っていない。最後の食事は昨日のキャベツの千切りパック。

 こんな暑さでなければ、あと一週間は生き延びられたと言うのに。


 コンクリートの熱が直に伝わってきて腕が火傷寸前、背中は日光に焼かれて火でも起こせそうだ。空気も湿気を含んで呼吸するのが気持ち悪い。陽炎で視界が揺らめいている。


 そんな中で遠くから誰かの足が近付いてくるのが見えた。


「Are you OK?」

 流暢な英語と共に背中の熱さが弱まった。誰かが日陰を作ってくれたらしい。

「オニーサーン?大丈夫ですかぁ?」

 違う声で今度は間延びした日本語が聞こえた。


 男は力を振り絞って体を転がした。太陽を遮るように誰か二人が立っている。逆光で顔は見えないが、二人とも若そうだった。二人してポケットに手を突っ込んで覗き込んでいる。片方の男はキャップを後向きに被っていて、もう片方の男の目元でサングラスがキラリと光るのが見えた。


 現実なら親父狩り、夢だとしても……地獄行きだろうか。とても天国への誘いとは思えなかった。


「ねえこの人俺らのこと親父狩りだと思ってるよ」


 アーハッハッ!と高笑いが響いた。頭が痛い。


「親父狩り?するわけないじゃん、オニーサンお金持ってなさそうだしさぁ」


 いよいよ頭がフワフワし始めた。世界がぐにゃりと歪んで周り出す中で、ケタケタと笑う二人組の姿だけはくっきりとして見える。


 その時日が少し翳って、見えなかった二人組の表情が顕になった。不敵そうな笑みを浮かべ、余裕そうに男を見下ろしている。


 なんだか意地の悪い悪魔に見えてきた。


「オニーサン、助けて欲しくない?」

「対価を貰えれば俺らは何でもやるよ」


 悪魔の囁きか、はたまた何でも屋みたいなことを言う。


「ちょっとさぁ、何でも屋って言い方ダサいからやめてくんない?」

「俺らはdollって名乗ってるの。その方がカッコいいでしょ?」


 一時の翳りが去って、また日光が男を照らし始めた。だが暑さは感じなかった。感覚が麻痺してきたのだろう、二人組の声も遠くなる。

 視界が白くなり始めた時、いよいよ終わりを覚悟した。


「あれ、オニーサン?聞こえてるー?」


 もう、悪魔でも地獄の使いでも親父狩りでも何でもいい。

 君達が嘘でも望みを叶えてくれるなら――

「仕事がほしい……」


 掠れた声が他人事のように聞こえて、アホらしくて笑った。

 人生最後の望みがそれか。もっと高望みすればいいものを。どこまで行っても自分は愚かな社畜でしかないらしい。本当に馬鹿みたいだ。

 もういいや、せめて地獄ではいい仕事に就ければそれで……


 ――次に男が目覚めた時には、涼しい空気と冷たいスポーツドリンクが用意された部屋にいた。そして嘘みたいに、男の仕事も決まっていた。


 先程悪魔に見えていた二人組は、改めて見ても確かにイカつかったが、同じ目線で向かい合えば悪戯っ子くらいには見えた。


「オニーサン、今日から俺らのマネージャーね?」

「よろしく、マネさん」


 ――こうしてマネは、危なげない男達との愉快な日常に引き摺り込まれたのであった。

 ちなみに、これが幸運なのか不運なのかは、一年経った今でもわかっていない。


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