悪役令嬢、貧乏すぎる没落貴族に嫁いでしまい「固いパン」「古いミルク」「雑草」「砂糖水」などの食生活になるもその生活に慣れてしまう
子爵令嬢シャロン・ウィードは歓喜した。
「オーッホッホッホ! 伯爵家の令息から私と婚約したいとのお誘いが! これは乗るしかありませんわ!」
金髪をなびかせ、高笑いするシャロン。
「伯爵夫人になれば、贅沢し放題! 使用人はこき使い放題! 領民は虐げ放題ですわー!」
彼女の家族もこれを聞いているが、当然絶句している。
なにしろこのシャロン、あまりの性格の悪さが災いし、浮いた話が全くないのである。社交界でも「歩く性悪令嬢」として悪名が轟くほどであった。
「私と婚約したいというのはルーカス・ノーブル様とおっしゃるのね。さっそく行ってまいりますわ!」
伯爵令息ルーカスの元に出発するシャロン。
彼女の目にはそう遠くない未来、奢侈を尽くす己の姿が浮かんでいた。
***
地図によると、ルーカスの邸宅は町外れにあるという。
最初は「こういうところに住んでいる人ほど高貴なのよね」などと呑気にかまえていたが、だんだんと不安になってくる。
そして、不安は的中してしまう。
「なにこれ……」
そこにはオンボロの家屋があった。
木造で、あちこちに修復の跡がある、これなら屋外で生活した方がまだマシなんじゃといえる小屋だった。
シャロンの顔からみるみる血の気が引いていく。
ルーカスが住んでいるとされる家は、間違いなく“これ”なのだ。
「いえいえいえ! 絶対こんなことありませんわ!」
首を振るシャロン。
「そうよ、これはきっと何かの間違い! 例えばここはあくまで待ち合わせ場所で、すぐ豪邸に連れてってくださるとか……そうに決まってますわ!」
シャロンが現実逃避するように一人芝居していると、男が現れた。
「君がシャロン・ウィードかい?」
「は、はい……」
茶髪でハンサムな顔をした青年だった。
しかし、首から下は惨めなものだった。ツギハギだらけの薄汚れたスーツを着ている。
シャロンは猛烈に嫌な予感がした。
いやしかし、まだ分からない。この顔面貴族・首下貧民男がルーカスとは限らない。きっと他人に違いない。そうに決まってる。そうであってくれ。
「僕はルーカス・ノーブル。君と婚約したいと申し出たものだ」
シャロンは地面が崩れていくような感覚を味わった。
だが、シャロンも往生際が悪かった。まだ諦めていない。ルーカスが貧民のふりをする変人という可能性もあるではないか。この際金さえ持ってるなら奇人変人でもかまわない。
「え、えぇと……ルーカス様」
「なんだい?」
「あなたはこの小屋で住んでおりますの?」
「そうだよ」
「伯爵家の方がなぜ? もしかするとあえて貧民のふりを――」
「実は我がノーブル家は没落してしまってね」
「は……?」
爽やかな顔でとんでもないことを言い出したルーカス。
「一族の他の者は屈辱に耐えられず他国に移ってしまったが、僕だけはこの国に踏みとどまっているという状況なんだ。一応爵位は残ってるし、どうにか家を再興させたいと――」
「ふざけないでッ!!!」
シャロンは怒号を発した。
「なんであんたみたいな貧乏貴族と婚約しなければいけませんの! 沈むと分かってる泥船に乗るようなものじゃないの! いいえもう沈み切って泥になってるわよ! 泥になってドローどころかルーザーよ!」
「そうか……つまり僕と婚約はできない、と……」
「当たり前でしょうが! 私、帰らせて頂きます!」
うなだれるルーカス。
背を向けるシャロン。
話は終わった。怒りと落胆を抱えながら、シャロンは来た道を引き返そうとする。
しかし、後味の悪さも残る。このまま帰ったらこの男は首でもくくってしまいそうな、そんな予感さえした。
優良物件とは対極にあるこの男を、「歩く性悪」とまで言われた自分が放っておくことができない。不思議な感覚だった。
そして――
「まあ……少しだけなら」
「え?」
「結婚は無理ですけど、少しぐらいあなたと交際してもいいですわ。わざわざここまで足を運びましたし」
「本当かい!? ありがとう!」
顔を上げるルーカス。
「じゃあさっそく食事を出すよ!」
オンボロ小屋の中に案内されるシャロン。
四畳半程度の広さで、テーブルが一つ置かれているだけという質素にも程がある家だった。
「パンとミルクをどうぞ」
出てきたのは一目見ただけで“固い”と分かるパンだった。
シャロンが噛んでみると、文字通り歯が立たない。
「固っ! なんですのこれ、石!? ダイヤモンド!?」
「町のパン屋からすっかり固くなったのをタダで譲ってもらったものだからね。だけど慣れるとおいしいよ!」
ガリガリと音を立てながら平然とパンをかじるルーカス。相当顎が鍛えられていそうだ。
「あとこのミルク……ちょっと匂いが……」
「牧場から古くなったミルクを譲ってもらったものだからね。慣れるとお腹も壊さなくなるよ」
「慣れるとかそういう問題ですの?」
ため息をつくシャロン。
「もうパンは結構。何かお野菜を食べたいんですけど……」
「ああ、野菜なら……」
野菜があるのかと喜ぶシャロン。が、その期待はあっけなく裏切られた。
「はい、どうぞ」
「これ……雑草じゃない!」
「うん、だけどかじってみると案外おいしいんだよ」
とりあえず一口かじってみる。
「たしかに……悪くはない、かも」
自分でも驚くような感想が出た。
「よかったらデザートもどうぞ」
「まあ、デザート!」
ケーキやシュークリームを想像したシャロンだったが、出てきたのは――
「水に砂糖を混ぜると、とってもおいしいんだよ!」
「……」
もはや突っ込む気にもなれない。
「味はどうだい?」
「甘いですわ」
仏頂面でつぶやくシャロン。砂糖水なんだから甘いに決まっている。
「野生の人間」といっても過言ではない想像以上の極貧ぶりを披露するルーカス。
しかし、シャロンも妙なプライドを持ち合わせていた。一度交際すると決めた以上、逃げるわけにはいかないと感じていた。
***
シャロンがルーカスと交際を開始し、彼の家に住み始めてしばらくすると、彼女もすっかり極貧生活に適応していた。
「シャロン、朝食にしよう」
「ええ、いただきますわ」
最初は歯が立たなかったあの固いパンを、今ではバリボリ食べることができる。
雑草を当たり前のようにもしゃもしゃと食べ、変な匂いのするミルクをグビグビ飲む。
食後のデザートはもちろん砂糖水。
体調はすこぶる健全、シャロンの肌は艶やかさを保っている。
「今日はデートにでも行こうか」
「ええ、参りましょう」
デートといっても金のない二人にやれることは少ない。
町では基本的に地面を見ながら歩く。
「おっ、あった!」
ルーカスが銅貨を拾う。
「やったぞ! これでいつもよりいいメシを食える!」
「お見事ですわ、ルーカス!」
シャロンも負けてはいられない。貧乏生活で培った彼女の神経は極めて鋭敏になっていた。
「あそこ!」
昆虫を思わせる動きと素早さでキノコをキャッチする。
「キノコが生えてましたわ!」
「お、そのキノコは食べられるキノコだぞ。多少毒はあるけど僕らなら問題ない!」
「やりましたわね!」
このカップルにとって、町の道路は宝の山である。
公園に着いた二人。
無料でくつろげるので、二人にとっては絶好のデートスポットといえるだろう。
ベンチに座り、日光浴をする。穏やかな日差しが二人を照らしてくれる。
「さ、たっぷり日を浴びようか」
「お金を使わず、しかも体にもいい。最高の娯楽ですわね」
最初はこの行為に「まるで光合成だわ! 植物じゃないんだから!」と憤っていたシャロンも今ではすっかり気に入っている。
日没まで公園にいた二人は、手を握りながらボロ屋に帰る。
程なくして二人は婚約し、正式に結婚した。
ウィード家からすれば没落貴族に娘を渡す格好になってしまったが、シャロンの評判が評判だったので「どういう形であれあの娘が片付いてよかった」と安堵していた。
結婚しても二人の生活は変わらない。
固いパンを食べ、古いミルクを飲み、日光浴をし、夜になれば狭すぎる家で体を寄せ合って眠る。
自分の横で寝息を立てる最愛の妻シャロンに、ルーカスは小声で誓った。
「ありがとうシャロン……僕なんかに嫁いでくれて。待っててね、僕は必ず君を幸せにしてみせる……!」
***
ある日、シャロンは自宅近くに生えている雑草を食べていた。
「ん~、このシャキシャキ感がたまりませんわ!」
すると、ルーカスがスキップするような足取りで帰ってきた。
「シャローン!」
「どうしたの、ルーカス?」
「実は君に内緒で進めていた事業があったんだ。ぬか喜びさせたくないから、成功が確信できるまで君には話さないようにしてたんだけど……それがやっと実を結んだんだよ!」
嬉しそうな夫の顔にシャロンまで顔が綻んでしまう。
「まあ、よかったわね!」
「ああ。これでやっとこの極貧生活からおさらばだ! 僕はノーブル家を再興する! こんなボロっちい家もすぐに引っ越そう!」
「え!?」
「君にもたっぷり贅沢させてあげるからね! 楽しみにしててくれよ!」
「え、ええ……楽しみに……しますわ」
浮かれるルーカスを尻目に、シャロンは複雑な気持ちだった。
夫が成功したのは嬉しい。だが貧しくも幸せだったこの生活が終わってしまう――そんな不安と寂しさを抱いていた。
ルーカスの事業は大成功を収めた。
巨万の富を築き、爵位を捨てていなかったルーカスはあっという間に成り上がることができた。
しかも最底辺を経験した彼に油断はない。
多少事業が傾いたり、仮に裏切り者が出たとしても、二度と没落しない体制を作り上げた。
この病的なまでの用心深さには、「自分についてきてくれた妻シャロンのため」という側面も大いにあったであろう。
オンボロだった自宅はもちろん引っ越し、彼は妻のために大邸宅を建てた。
大勢の使用人を雇い、どこに行くにも豪勢な馬車を使い、ふかふかのベッドで眠る。
もちろん、食事も――
「シャロン、このパンの柔らかさはどうだ。ふわふわというのかもちもちというのか、噛むのにまるで力がいらない。ほのかな甘みがあり、のど越しもスムーズだ」
最高級のパンに舌鼓を打つルーカス。
「ええ、とても美味しいですわ」
「だろう? このパン一つで庶民の月給が飛ぶともいわれる。毎朝こんなパンを食べられる僕らは幸せ者さ」
「だけど……」
「ん?」
「前食べてた固いパンも恋しいですわ」
これを聞いたルーカスは噴き出した。
「ぷっ、アハハハハッ! おいおい、あんなのパンじゃないだろ。あんなもん石だよ石! 僕たちよくあんなもんを食えてたもんだよ。カッチカチだったもんな」
「え、ええ」
「まあ、あんなもんを耐え忍んで食ってたから、今の僕らがある。だとすればあの固いパンにも感謝していいかもしれないな。そうだ、今度あのパン屋を丸ごと買い取ってやるのもいいかもな。きっと店主は泣いて喜ぶぞ。アハハハハッ!」
シャロンはこれには答えず、黙ってパンをかじる。歯ごたえはあまりにも柔らかい。
だが動揺からか、パンを落としてしまう。
シャロンは手を伸ばして拾おうとする。
「おいおい、どうするつもりだ。そんなの」
「どうって、拾って食べるんですの」
「なにを言ってるんだ。床に落ちたパンを食べるなんて貴族のすることじゃないぞ。新しいパンを用意させればいいんだ。おーい、シャロンに新しいパンを持ってこい!」
「……」
使用人によってすぐさま新しいパンが用意される。
「どうだシャロン、幸せだろう?」
「幸せ……ですわ」
シャロンは新しいパンを食べるが、まるで味を感じなかった。
また、ルーカスは部下や使用人に厳しかった。
「なんだこのマズイ料理は! 作り直せ!」
「馬車を用意しろ! いいか、五分以内だぞ! 僕とシャロンを待たせるな!」
「こんなヘマしやがって! 次やったらクビにするからな! お前の代わりなんざいくらでもいるんだ!」
別人になったような暴君ぶりを発揮する。
その様子からは、まるで長い間の没落をなんとか巻き返そうとするような焦りすら感じられた。
ずっと落ちぶれていたのだから、今こそ貴族としての威厳を見せなければならない。ルーカスが部下や使用人に大声を上げない日はなかった。
***
執務室で仕事をこなすルーカス。
ノックの音がする。
入ってきたのはシャロンだった。
「シャロンか……どうした?」
「一緒にお食事をと思いまして」
「食事? いいね、すぐさま王国最高のレストランを予約して……」
「いいえ、二人で雑草を食べたいの」
顔をしかめるルーカス。
「雑草って……僕が今更あんなもの食うわけないだろ」
「じゃあ、道に生えてるキノコでもいいですわ。デザートには砂糖水もいいですわね」
あからさまに極貧生活に回帰しようとするシャロンに、ルーカスは不快感をあらわにする。
「……どうしちゃったんだよ。いや、成り上がってからずっと君はおかしいぞ。せっかくたっぷり小遣いを与えてるのにほとんど使わないしさ」
「私、気づいたの」
「?」
「私が一番幸せだったのは、あなたと雑草をもしゃもしゃ食べてたあの頃だったって!」
「……!」
目を丸くするルーカス。
「あの頃のあなたは貧しいけど、目は穏やかで優しかった。かつ貧しい自分を卑下することのない真の貴族でしたわ」
だけど、と続ける。
「あなたは変わってしまった。今のあなたは周囲には厳しく振舞い、考えているのはお金のことばっかり。目は猛獣のようにギラギラしてる」
「そりゃあ変わるさ。今の僕はあの頃とは違う。ビジネスは厳しさが必要だし、成り上がった者は弱みを見せちゃいけないんだ。常に厳しく、目をギラギラさせて、金を稼ぎ続けなきゃいけないんだ」
「お金があればなんでも買えると思ってるの?」
「買えるさ! 物はもちろん心だって買える! 僕と敵対していた人間に大金を支払ったら、あっさり寝返ってきたことさえあった! 今の僕はその気になれば国だって買えるだろう。そうだ、試しに国王に王位を売ってくれと言ってみるか」
黙っているシャロン。その目つきは冷たい。
「なぁ、シャロン。どうしたんだよ? 僕が変わったのがそんなにショックかい? だけど人間ってのは変わるもんさ。それに君だって元々は贅沢がしたくて僕と結婚しようとしたんだろう? だったら夢が叶ったじゃないか。ほら、お金をあげるから好きなドレスでもネックレスでも買うといい。そしたら君だって僕のようになれ――」
ルーカスの言葉が止まる。
目の前のシャロンは目に涙を浮かべていた。
「シャロン……!」
「もう……あなたとは一緒にいられません」
「お、おい。落ち着け……」
「確かに今のあなたは何でも買えるでしょう。だけど私の愛だけは買えない! 買わせない!」
振り返るシャロン。
「失礼します!」
引き止めるのも無駄だと察したルーカスは――
「勝手にしろ!」
シャロンは邸宅を出て行ってしまった。
残されたルーカスは苛立ち、独りごちる。
「ったく、なにを考えているんだか……! 今更昔に戻れるかよ……!」
***
シャロンはあてもなく町をさまよっていた。
ルーカスと地面を見ながらデートをしていた日々が、遠い過去のようにすら感じられる。
小銭を拾ったり、キノコを見つけたり、日光浴をしたり――
「あの頃は……楽しかったですわ……」
涙を流しながら歩き回る。
いつしか日は沈み、夜になっていた。
夜の町は危険である。だが、家出をしたも同然のシャロンにはそんなことは関係なかった。
こうなると当然――
「おいおい、女が歩いてるぜ」
チンピラの集団に囲まれた。
「なんですの、あなたたち……」
「なんだはこっちの台詞だぜ。見るからにお嬢様なのに、こんな場所歩くなんてよ」
「あ……!」
いつの間にか町の治安の悪い区域に迷い込んでいた。
「道を間違えました。失礼いたします」
シャロンは踵を返すが、通せんぼされてしまう。
「おっとぉ! このまま帰すわけねえだろ!?」
「きゃっ!?」
乱暴に腕を掴まれる。
「せっかく来たんだ、ゆっくりしていけよ」
「たっぷり楽しませてやるよ!」
「うひょ~、よく見たら上玉じゃねえか!」
飢えた獣のような悪漢たちの顔を見て、青ざめるシャロン。
皮肉なことに、目に浮かぶのは先ほど袂を分かったばかりのルーカスの顔だった。
「助けて……ルーカス……!」
「無駄だ! 誰も助けになんか来ねえよぉ!」
その時だった。
「そこまでだ」
現れたのはルーカスだった。
「ルーカス!? どうしてここに……」
「僕の情報網をもってすれば、君の居所ぐらいすぐ分かるさ」
ルーカスは引き締まった顔で答える。
おあずけを喰らった格好のチンピラの一人が、ナイフを取り出す。
「正義のヒーロー参上ってかぁ? とっとと失せな!」
ルーカスはナイフを見て、あざけりの笑みを浮かべた。
「ナイフか……」
「あ?」
「あのパンに比べればどうってことないと思ってね」
ルーカスはいきなりナイフに噛みついた。
そして噛み砕く。
「!?」
「僕の顎も衰えたものだな。昔の僕だったら一瞬で噛み砕けたのに」
噛み砕いた刃を吐き出しながらルーカスはおどけてみせた。
「ひっ……!」
「驚かせて悪かったね。これはナイフの弁償代だ、取っておいてくれ」
ナイフを噛み砕かれ、札束を渡され、頭がパニックになったチンピラたちは一目散に逃げ去った。
シャロンはもう一度疑問を口にする。
「どうしてここに……」
「さっきも言っただろう。僕の情報網があれば――」
「そうじゃなくて、私はあなたの元を去ったのに……」
ルーカスは真剣な眼差しで答え始める。
「君が僕の元を去ってから半日……僕は気づいてしまったんだ。僕には君がいないとダメだって。何をしていても手につかない」
「いくらなんでも早すぎる気がしますわね」
さすがにツッコミを入れたが、ルーカスの表情は変わらない。
「僕には君が必要なんだ!」
「ルーカス……!」
「それにさっきナイフを噛み砕いて、あまりの柔らかさにあの固いパンが恋しくなってしまった」
「あのパン、本当に固かったものね……」
小麦粉をどんな風にすればあの固さになるのか。ある意味秘伝のパンといえる。
「だけど、また食べよう。時折あの時の食生活をして、当時のことを思い返すのも悪くない」
「ありがとう……!」
「そうと決まれば、そこらの雑草でも食べようか!」
屈んで、雑草を食べ始める二人。
「久しぶりに食べると舌に合わないと思ったけど……こりゃイケるね」
「ホントですわね」
シャロンとルーカスは雑草をたらふく平らげてから、自宅に戻った。
それからというもの、夫婦は週に一度は“かつての食生活”を再現することにした。
固いパンをガリガリ噛み砕き、雑草を食べ、古いミルクを飲む。食後の砂糖水は格別である。
むろん体に異常は出ず、あの頃を思い出し心は引き締まるので、一石二鳥だった。
まもなくルーカスは優しさを取り戻していた。
かつての自分を思い出したことで、心に余裕が生まれたためだろうか。
極貧と成金を経験し、愛も手に入れたルーカスにもはや隙は無い。
「さあシャロン、今日は固いパンを食べよう!」
「ええ!」
広い邸宅に二人がパンを噛み砕く音が響き渡る。
おわり
何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。