令和おとぎ草子「続 香姫」
令和おとぎ草子「続 香姫」
むかし昔、あるところに…
沈香のような、白檀のような、
とても良き香りがする娘がおったそうな、
娘の名前は香姫と言い、
その噂は、遥か遠くの、お殿様のところまで届いていました…
お城、
「何やら、巷には香姫という娘がおり、その香りを嗅ぐと、皆、たちまち虜になってしまうと言うじゃないか?」
「一度、会ってみたいものじゃのう」
「なりません、お殿様。その様な娘、ものの怪に違いありません。お危のうございます」
「いいや、香姫に会いたい。香姫をここへ連れて参るのじゃ!」
お殿様は家来に命令し、香姫をお城まで連れて来ることになりました。
バン、バン、
屋敷に、家来たちがやって来ました。
「城主様の命により、香姫をお城に召使える」
「お父様、お母様、香姫はお城など行きとうございません。どうか、お断りを」
「仕方がないんだよ香姫、お殿様の命には逆らえません。一度だけ会って来なさい」
「わかりました」
「でも、決して…」
香姫は、家来と一緒にお城に向かいました。
お城、
「そちが香姫か、」
「はい」
そこには、美しい顔立ちの娘がたたずんでいました。
「近う寄れ、もっと顔を見せよ」
クン、クン、
「噂通り、大そう良き香りがするのう」
「ありがとうございます」
かしこまる香姫。
「よし、我は、そちを気に入った。側女となれ」
「滅相もございません、お殿様。私など片田舎の小娘、どうかご勘弁を」
「いいや、我は気に入った。側女になれ!」
「ご勘弁を…」
とうとう、香姫はお城から帰してもらえず、お殿様の側女になってしまいました。
「おお、香姫。お城での生活は大丈夫だろうか」
両親は、たいそう心配しました。
「決して満月の…」
その夜、お城。
「今宵は満月じゃ。香姫を床に連れてまいれ!」
お殿様は、家来に命令しました。
ススッ、襖が開く。
「香姫でございます」
「おお、よく来た。近う寄れ」
「はい、」
優しく香姫を撫でる、お殿様。
「本当に、そちは良き香りがするのう。特に、今宵は一段と香りが強い」
「ありがとうございます」
「できれは今宵は、これにてお暇しとうございます」
「ならぬ、」
「でも…」
「ならぬ!」
「でも、大変なことが…」
その時、月明りが香姫を照らした。
「ううっ、」
みるみる手足がどす黒くなってくる香姫。
身体もヌルヌルと湿ってきて、口は大きく裂け、眼も赤く血走った。
「ううっ、」
そこには、
大きな大きな、大山椒魚がたたずんでいた。
「な、何だ…化け物!」
「香姫は、どこだ!」
大山椒魚は、ゆっくりと振り返り、
「私が香姫です」と答えた。
「そんな、」
「見ましたね…」
バン、
控えていた家来たちが飛び出して来た。
「おのれ、やはり、ものの怪か!」
家来たちが、太刀を構える。
やあー
ズブブッ、ズブブッ、
「切れない、」
大山椒魚には、太刀が通らなかった。
ズブブッ、ズブブッ、
何度やっても傷一つ着かない。
すると、大山椒魚はどす黒い手でお殿様を掴んだ。
そして、大きく口を開けた。
「ああっ〜よき香り〜…」恍惚のお殿様。
パックン、
お殿様は、一口で食べられてしまいました。
パックン、
パックン、
家来たちも、皆、一口で食べられてしまいました。
ゲップ、
「まだ足らないな、もっとないかな?」
大山椒魚は、のそのそと城内を彷徨い出した。
パックン、パックン、
ぎゃー
パックン、パックン、
ぎゃー
パックン、パックン…
大山椒魚は、城内の人を全員食べてしまいました。
「あ〜美味しかった。満腹」
ペロリ、舌。
その後、
今だに、香姫の噂は飛び続け、男たちが集まっていました。
「香姫に会わせて下さい!」
「香姫に会えるなら、いつまでも待ちます、いつまでも…」
いつまでも?