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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
ころころサンドリヨン
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ころころサンドリヨン 6

『こんな美味しいモンブラン、生まれて初めてです!』

 言われずとも、マルコシアスは自信がありました。何度も言われてきたことです。

 家族や友人達ならある程度素直に受け止め、王子へのご機嫌取りならサラリと受け流してきました。

『大好きです!』

 けれど、蕩けた笑顔の少女から受けた賞賛に、謝辞で返すのではなく抱き締めたいと思ったのは最初で最後です。


「マルコっ!」

 王子が十年前を懐かしみながら作ったモンブランとティーセットを手に戻って来れば、幼馴染みが血相を変えて待っていました。

「あの娘が──」

 王子は──マルコシアスは、ギルバートが言い終わるのを待たず、彼女に捧げるはずだった物を彼に託し、駆け出していました。

 ──ごめんなさい。私、帰らないと……!

 冗談じゃないっ! マルコシアスは、強く唇を噛み締めます。その双眸は──獲物を狙う狩人(ハンター)だと揶揄するのは間違いでしょうか?

「……取り敢えず、ヘンリーとテディを召集だな。最悪、俺とキースがコロされる」

 くらり。ギルバートは、目眩に頭を抱えました。


 ドタドタドタ!

 ミリアナは、舞踏会会場を重戦車のごとく通り抜けて行きます。

「ごめんなさい! 通してください!」

 あと四分……いえ、三分を切ったかもしれません。

 先程のベルは、魔女がミリアナにくれた保険のアラームです。五分前に鳴るようにブレスレットに仕掛けて置いてくれたのです。

 大変ありがたいのですが、せめて十分前に鳴らしてほしかった……と願うには遅過ぎでした。

 さすが、お城の大広間は出入口への道程も容易くはありません。広過ぎです。その上今のミリアナは、走るよりも転がった方が速いんじゃないの? と、からかわれていた頃のまま成長した様な体型なのです。走るのも、大勢の人々の隙間を縫うのも一苦労です。


 ドスドスドスドス。

 ミリアナは、蒼いドレスの裾を上げて懸命に駆けます。

 時折足が止まりそうになるのは、ミリアナに親切にしてくれた三人の男性……特に、ミリアナのためにとモンブランを取りに行ってくれた男性に後ろ髪が引かれるからです。

 念願だったモンブランがタイムリミットで食べられなかったこともありますが、何よりもろくに礼を言えず恩義も返せずあの場を後にしたのです。ズキズキと胸が痛みました。かと言って残れば。

 牢屋……かな。やっぱり。


 猫毛の男性を、警備担当だと言っていたのです。魔法が解けて、速攻御縄とか家族にも亡くなった両親にも顔向けができません。

 ごめんなさいぃぃぃっ!

 結局は、心の中でひたすら謝りながら走るしかありませんでした。息苦しくて実際に叫ぶ余裕はありませんけれど。

 あと何分? 何秒?

 焦るミリアナに、外へと開かれた扉が目に飛び込んで来ました。真夜中になり、帰り支度をしている招待客がいるのでしょう。少しずつですが、扉の外に向かう人の波ができています。扉を抜けて、大階段を降りれば馬車までは残り僅かです。


「すみません! 通り──」

 ミリアナは、断りを入れて最後のドレスの隙間をすり抜けて行こうとした瞬間、足首の衝撃と共に地面へと豪快なスライディングを決めていました。広いおでこやら御世辞にも高いとは言えない鼻がヒリヒリと痛いです。


「ごめんなさ~い。長い足が引っ掛かっちゃったみたい~」

 上から、鈴が転がる様な声が降ってきます。どうやら足を引っ掛けてしまったみたいです。

 情けない……と反省しかけるのも束の間です。そんな暇は今のミリアナにはないのですから。

「すみませんでした! 失礼します!」

 勢い良く頭を下げて、ミリアナは再び走り出します。

 ぴしーん!

 ピカピカに磨かれた広間の床を蹴った衝撃に、足首が悲鳴を上げました。堪らず溢れそうになった涙に歯を食い縛り、慌てて大扉を潜り抜けます。


 ゴォーン。

 とうとう城の大時計が鳴り始めました。

 十二回の鐘──それが、ミリアナに残された猶予です。

 ダッ!

 何かの玩具のように折り畳まれたかと思ったら、止める間もなく蒼いドレスの女は走り去って行きました。


「何アレ! 他人にぶつかっておいて!」

「アンタが足出したんでしょ?」

 膨れっ面の女性に、友人は肩を竦めて溜め息を吐きました。

「…あんなデブに、あのドレスは宝の持ち腐れなのよ」

 友人も、彼女の気持ちは解らなくもありません。先程のぽっちゃり女の装いは、生地もデザインもそれは立派な物でした。絶世の美女ならば、ただ羨んで見送ったでしょう。ですが、大した容姿でもなければ、あの体型──嫉妬を通り越して、湧いてくるのは怒りです。


「良い物食べてる貴族の娘なんじゃない?」

「貴族の娘なら、一人でウロウロしてないわよ」

 一目逢えると期待した王子に、今もなお御目に掛かれていない悲哀も解ります。だからと言って同調はできず、友人の目尻が吊り上がる様を見ない振りするだけでした。

 彼女に背を向けると、何かが足許に転がっているのに気付きました。

 片方だけのヒールでした。しかも何と、珍しい硝子製です。会場のシャンデリアの灯りを反射して、キラキラと輝いています。


「誰のかしら?」

 拾い上げながら、予想は付いていました。

「冗談でしょ! あのデブ、靴脱げたまんま行っちゃったの?」

 ぷっ。彼女が吹き出しました。女が潜った大扉に向ける視線は、侮蔑に満ちています。付き合い方を改めようかと眉間に皺を刻んでいれば、硝子の靴が彼女に取り上げられてしまいました。


「これ……貰っちゃっても良いわよね」

「何言ってんのよ。後で探しに来るわよ」

「来ないわよ。大体、靴が脱げてんのに気付かない方がおかしいのよ!」

 彼女は靴を手で持ち上げて、上から下から横から斜めから眺めます。優美な曲線のシンプルなデザインと透き通る輝きに、眼を奪われていました。

 ねぇ、ダメよ……袖を引いて再び訴えるも、首は決して縦には振られませんでした。


「あんなのより、私の方が似合うわ。これは私が──」

「それ、どうしたの? 落とし物?」

 前触れなく割り込んで来た声に、二人は身体を強張らせて振り返ります。

 背後にいたのは、初めて見る貴族の男性でした。柔らかな物腰の美青年です。瞳を細め、微笑み掛けて来ます。

「何処で拾ったの?」

「あの、これは……」

「俺が、預かろうか?」

「イエ……だいじょうぶ……」

「警備担当が知り合いなんだ。遠慮しないで」

 男性の長い指先が、彼女の手から硝子の靴をするりと奪っていきます。抵抗する間も気もありません。微笑みに心を奪われて、靴が男の手元に入るのを見送りました。


「安心して。これは、ちゃんと持ち主に返すからね」

「「ハ、ハイ……」」

「じゃあ、舞踏会楽しんでね」

 音が聞こえそうな綺麗なウインクに、彼女たちだけでなくチラチラとこちらを窺っていた周囲の女性陣からも黄色い悲鳴が上がりました。ヒラヒラと手を振り、颯爽と(きびす)を返すのもまた様になります。

 瞳をハートにして男を見送った二人は、硝子の靴も怒濤に走り去った女も、既に頭の中から消え去っていたのでした。


 硝子の靴を手に、男は軽やかに舞踏会会場を横切っていました。

 彼にとって、女性からの熱い眼差しや感嘆の吐息は、気分を高揚させてくれるものでした。女性にちやほやしてもらえるのは男冥利に尽きる──が、彼のスタンスです。

 友人らに云わせると、女(たら)しだそうです。男として当然の反応だと反論すれば、概ね白い目で見返されます。彼の友人は、硬派だったり女性に嫌気が差していたりと一筋縄ではいきません。

 彼から云わせると『贅沢』です。

 ──それが、友人らの良いところだといえば、良いところではありますが。


 足を止めました。

 人混みの中に、親友とも相棒とも……悪友とも評する人物を見付けたのです。手を振ると、ほどなく相手も気付きました。こちらへと向かって。

「テディっ! 猪見なかったか⁉」

「はっ?」

 やって来るなり、胸座(むなぐら)を掴んできたのです。目が据わっている気がしますが、気のせいでしょうか?


「猪がこんな場所にいるわけないだろう。森か山にでも行かないと……」

 ゴリラなら、この会場の何処かに──とは、口から出しません。何処で聞いているか分からないのですから。

巫山戯(ふざけ)んな! 真面目に答えろ!」

「イヤイヤイヤ、巫山戯てない。猪が王城(こんなところ)にいる訳ないじゃん。キースちゃんこそ巫山戯てる?」

「だから! あーっ! 猪みたいな奴、見なかったか! って聞いてんだよ!」


 ガックンガックンと揺さぶって来る悪友に、彼は──テディは、為すがままで首を傾げました。

 喧嘩っ早いと評される友人は、意外……と言うと怒るのですが、普段は冷静沈着で慌てふためく姿をあまり見た記憶はありません。

 何をやらかしたのか? ──友人・キースの数少ないテンパる理由を模索します。

「えーと……男? おん」

「女だ! 図体がデカイ癖に、意外とすばしっこくてでこっぱち!」

 女性に対してその物言いは……。


「誰の図体がデカイ……だって?」

 テディは、反射的に口を塞いでいました。げぇ。と迂闊にも漏らしたのは、キースです。

「テメー、もう追い付いて来やがったのか!」

「お前が遅いんだ! まだ、追い付いてなかったのか!」

「うっせぇな! あのでこっぱちの見物客の所為で、渋滞が起こってたんだよ!」

「彼女のせいにするな! お前が鈍臭いだけだ!」

 後を追って来た王子でした。王子が、柳眉を逆立てるままにキースの胸座を掴めば、キースもまたテディを掴んでいた手が王子の胸座へと伸びました。

 まさに水と油です。テディは肩を竦めると、二人の間に捩じ込みました。


「キースもマルコも落ち着いて。キースが言ってた奴かは確証はないけど、ちょっと……ぽっちゃりめの、蒼いドレスを着た娘なら見掛けたよ。外に出て行った」

「知ってんなら、さっさと言え!」

「『帰る』って言ってたんだろ。出入口に向かったことぐらい予想できるだろ。馬鹿」

「バっ……」

 その時、テディは見ました。キースのこめかみに青筋が浮かぶのを……。奥歯を噛み締め口許が引き攣る様は、今にも王子に飛び掛からんとする勢いです。

 本来なら、王子に対する不敬罪で牢屋にぶちこまれても仕方のない現行犯ですが、よくあることなので咎める者はいません。

 そもそも、今夜の警備担当が喧嘩相手でした。


「礼を言う、テディ。どっかの誰かとは大違いだ」

 王子は、キースの手を自分から引き剥がし、言葉のボディーブローを決めました。反撃は、ありません。

 ぐう。と、呻くばかりです。

「あと、その娘が落としてったっぽい靴があるんだけど……」

 テディは、駆け出そうとしていた王子に、先程の硝子の靴を差し出しました。

 キラン。

 王子の瞳が鋭く煌めきました。

「良くやったテディ! お前には、キースの介錯の名誉をやる!」

「ヤられる前にヤってやる!」

 倍返しだ! 謀反だ! 革命だ! とキースは叫びます。

 こんな場所で騒ぎ立てるな。テディは止めようとしましたが、周囲は眺めているだけです。

 王子に畏れ多い訳でも、武骨な警備担当者が恐ろしい訳でも在りません。

 なにせ聴こえてくるのは、割れんばかりの黄色い悲鳴でした。

 ──美形が戯れてる! サイコー!

「世の中ってホント、理不尽だよねぇ…」

 取り敢えず、そんな名誉は要らないから、ちょっと二、三時間説教させろ──と、テディは心に決めたのでした。


 ──ゴーン。

 会場の喧騒を余所に、粛々と大時計の鐘は最後の一音を響かせていました。


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