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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
ころころサンドリヨン
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ころころサンドリヨン 4

 夜の(とばり)が下り、舞踏会が始まりました。建国祭も、いよいよフィナーレです。

 王城の大広間は、大勢の人々に埋め尽くされ、円舞曲(ワルツ)が奏でられる広間中央では、頬を染めた男女が寄り添い軽やかなステップを踏んでいます。

 彼等が、舞踏会の主役です。

 誰もが、主役の座を目指して相手を探します。けれど、今宵ばかりは多くのヒロイン達のお目当ては、たった一人に注がれていました。


「おーい。呼ばれてるぞ、マルコ」

 キャー! と上がる黄色い悲鳴に、王子は無言で耳を塞ぎました。

「ったく、こんな無愛想野郎のどこが良いんだか……」

「そうだな。お前が行って慰めてやってくれ。キース君」

「ふざけんな。そういうのはテディにやらせろ」

 友人、もとい悪友のキースも揃って塞ぎます。ギルバートは、苦笑いで口許を歪めました。

「テディなら、とっくに行ったよ」

「ヘンリーは……チッ。リア充め」

 悪友二人は、とっとと『壁の花』を脱走済みでした。キースが吐き出した紫煙が、ゆらりと舞踏会会場の高い天井へと昇っていきました。


「ギルもキースも行ってきたらどうだ? お前らも言われてるんだろ?」

「お前ほどじゃないよ。それに、うちには兄貴がいるしな」

「興味ねー」

「あー。そう言やお前、フラレたんだっけ?」

「ちげーよ。アイツはそんなんじゃねぇ」

「後輩が、更に後輩に持っていかれたんだっけ?」

「よし! 表に出やがれ、王子様よぉ……。その綺麗な顔、ボッコボコにしてやんよ」

「良いだろう。この手で引導を渡してやる。覚悟しろ」

 紫煙を見送って、携帯灰皿に吸い殻を納めたキースは、王子と舞踏会の片隅でメンチの切り合いを始めます。すぐさま、ギルバートは二人の間に割って入りました。

 ただ、遠巻きの乙女たちからは剣呑な声が聞こえないので、ただのじゃれ合うイケメンたちです。感嘆の吐息が、彼方此方から溢れるだけでした。

「はいはい。それは、舞踏会が終わってからやれ」

 ギルバートは、二人を軽くいなして、柱の陰へと移動させます。少しでも周囲の視線を躱すためと、荒んだ二人を宥めるためです。

 とりわけ王子は、十年祭の舞踏会続きで身も心も疲労困憊でした。


「でも、マルコ。一人くらい踊っとかないと示しが付かないんじゃないか?」

 すでにあらゆる令嬢のアタックがすごすぎて、三人とも誘いを躱す労力を使い果たしていました。

「一人で済むならな」

「まあ、それは……」

 一人踊ればまた一人、ではもう一人……という展開になるのは目に見えています。気に入った相手が一人いれば良かったのでしょうが、王子の目には誰も止まりませんでした。ならば、下手にダンスに誘うなど以ての外です。


「少しくらい良さげな奴、いなかったのかよ? ……王妃の目、ヤバイことになってんぞ」

 けれどそのせいで、王と共に国民や国賓と挨拶を交わし微笑んでいるはずの王妃から、内なるオーラが王子に突き刺さってきます。

 距離を置いていても、肌がピリピリとします。

 王妃が王子の伴侶探しに躍起になるのは、政治的な意味合いもありますが、一番は息子を思う母の願いです。国一番の鴛鴦(おしどり)夫婦である、国王夫妻のように、仲睦まじい伴侶を得てほしいのです。

 だからこその、威嚇です。

 しばらく、遠くから王子に思念を送っていた王妃でしたが、王が気付いて嗜めると、王妃の眼差しが僅かに和らぎました。王の少し歪んだ冠を小言混じりで直すと、王子を一瞥して背を向けました。

 諦めたのか保留したのかはさておき、舞踏会が終わるまでは首の皮一枚は繋がったようです。

 はあっ。

「……海に行こう」

「現実逃避してんじゃねーよ」

 三人同時に息を吐き出して、二人の友人は、王子の肩にそっと手を置きました。


「マルコ。もうちょい、頑張って探そうよ。ほら、『食いしん坊の君』も来てるかもしれないだろ」

 王子は、親友に胡乱な眼差しを浮かべます。

「ギル……そのネーミングセンスはないだろ」

「えー! だって、名前を教えてくんないからだろ」

「忘れたんだよ」

「重箱の隅をつつくような下らねぇこと覚えてる奴が、そんな訳ねぇだろ」

「お前のやらかしたことは、下らなくない。しょうもないことだ」

「へえ……ヤるか?」

「だから、止めろって!」

 再び突き合う互いの額を離して、ギルバートは、再び溜め息です。

 王子──マルコシアスとキースは、これがデフォルトとは言え、放っておくと本気でど突き合うので性質(たち)が悪いのです。

 ギルバートは、二人をぐーと突き放して、間に身体を入れて二人の肩を抱きます。今度喧嘩すれば、頭突きシンバル決行です。それを察したのか、悪餓鬼共は大人しくなりました。


「で、ホントに覚えてないのか? マルコ」

「覚えてない。本当に見事な食べっぷりだったんだ」

「えっ? お前、ロリ? デブ専? そう言や、人が大食いしてんのが好きって奴もいるよな」

 王子は、ロリとデブ専は違うと言いつつ、大食いについては否定しませんでした。

「汚ない食べ方は論外だからな。可愛い子が、小さい口で沢山食べてるのが良いんだからな」

「「それはロ──」」

 ……友人らも反論はありません。

 ならば、と。料理の置かれたテーブルの近くか、晩餐会会場に行かないかとの話しになりました。


「今は、妙齢の女性だろう。流石に不特定多数の人前では、遠慮するものじゃないか?」

「物は試しだよ」

「腹も減ったし、丁度良いだろ」

 三人が移動すれば、周りも動き黄色い悲鳴も付いてきました。王子は、周りに気付かれないよう視界の片隅で囲む女性達を見回しましたが、やはり興味を唆る者はいそうにありませんでした。


 現状に不服があるなら王子も伴侶探しに少しは熱が入るのでしょうが、それなりに満足していました。

 友人に恵まれ、弟妹がいるので次期王位継承者がいなくなる不安はなく、国王夫妻(両親)もなんだかんだと王子が伴侶が必要ないと覚悟を決めれば、強制することはないでしょう。おまけに政敵は、容易く御せる者ばかりで、隣国との仲は──個人的にムカつく奴はいるものの、良好です。

 一つ、北の国の脅威が懸念ではありますが、それは伴侶がいようといまいと関係のないことです。

 第一王子は、建国祭が終わったら身の振り方を表明しようと心に決めました。


 ──決めたところでした。

「おい、マルコ。あれ……」

 親友が指差す先に、美味しそうにローストビーフを口に運ぶ女性がいました。

「嘘だろ、オイ……」

「マルコ! 声、掛け──て、もう行ってる! マジか!」

 マルコシアスの脳裏に、十年前の舞踏会が蘇りました。

 ──美味しい?

 ──はい! こんな豪華なお料理は、初めてです! お母さんのとおんなじくらい美味しいです!


「美味しい?」

「……え?」

 ミリアナははじめ、自分が声を掛けられていることに気付きませんでした。

 何せ会場に入る時に「楽しんでください」と、受け付けの衛兵達が言ってくれた後は、一人としてミリアナに近付く者はいなかったのです。

 舞踏会の大広間で華やかなドレスに身を包みながら、ぽっちゃりとしたフォルムの女性が一人、豪華な料理の数々に舌鼓を打っているのです。誰が邪魔することができるでしょうか?

 そう。ミリアナは、容姿はそのままに、少々──それなりに横に大きくなっていたのです。

 魔法による副作用でした。

 幼い魔女によれば、髪の色が変化したり、背丈が増すか減るかといった副作用になると考えていたところ、まさかの横に増したのです。


 魔女はやり直しを申し出てくれたのですが、ミリアナはこのままで良いと断ったのです。

「これならお母様たちにバレにくいし、料理を食べてる間邪魔されないわ!」

「ダンスはどこにいったの?」

「お兄ちゃん以外の男性となんて、恥ずかしくて踊れないわよ」

 と、自信満々に語ったのが、まさかの展開です。


「あ、あの……」

 やっぱり晩餐会会場の方に行くべきだったかしらと、ミリアナは狼狽えました。もちろん最初は、その考えのまま足を向けていたのですが、ミリアナもお年頃です。ダンスをしなくとも、華やかな舞踏会の雰囲気もと欲張ったのが運の尽きなのでしょうか。

「ごめんなさい。一人で食べちゃって。いっぱいあるからつい……」

「良いんだよ、沢山食べて」

 ジリジリと後退りするミリアナに、男性はにこやかに微笑みました。


「ゴメンね。邪魔するつもりはなかったんだ。君が、美味しそうに食べてるから、つい話し掛けちゃったんだ」

 金髪蒼眼の美丈夫の甘い笑顔に、ミリアナも思わず頬を染めました。

 すっごいイケメン。めっちゃイケメン。初めて見る……友人の中には「イケメン尊い!」と崇める者がおりましたが、拝む気持ちが解りました。

「あの……何を謝ってるの?」

「いえっ! なんでもないです!」

 知らず手を合わせてて、ミリアナは慌てて手を引っ込めました。

 男性は少し不思議そうに首を傾げましたが、ミリアナへの笑みを崩すことはありませんでした。


「他のテーブルには行ってみたかい? 各々、違う料理もあるんだよ」

「わあ、そうなんですか。このテーブルだけでもこんなに美味しいのがいっぱいなのに、他にも沢山あるんですね」

「良かったら案内するよ」

「えっ⁉ あの、一人でも大丈夫です。あなたは……その、ご予定があるんじゃないですか?」

 ミリアナは、イケメンの後ろで燃え盛る炎に、(嫉妬)コワイ……と呟きながら、申し出を断るのですが、ミリアナのもっちりとした手を男性は掬ってにっこりとします。

 あれぇ……? と、ミリアナが思う間もなく、手を引いて歩き出します。


「あちらのテーブルには、国産牛A5ランクを使用したハンバーグや生ハムメロン。そちらには、鮮度抜群の海鮮丼や揚げたての天麩羅が置かれたテーブルもあるよ」

「本当ですかっ! 楽しみです!」

 ミリアナは拒否権を忘れて、男性に付いて行くことになりました。

「あれは、誘拐か? ──ってか、キモい!」

「マルコが、ものすごくヤル気だ! 嬉しいけど怖い!」


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