ころころサンドリヨン 3
ほどなく、建国祭を迎えました。
建国祭は、毎年国中大盛り上がりです。国外からも大勢の人々が流れ来て、どの街も人でごった返しています。
数日間続く建国祭に、人々から笑顔は絶えませんでした。
ミリアナも、その一人です。継母や義姉、友人達と街を巡り祭りを楽しみました。さらには兄の居る王都へ向かい、最終日には王都舞踏会に参加する。
これ以上ない、幸せな建国祭のフィナーレがミリアナには待っている──はず、でした。
最終日。
ミリアナは独り、家の庭先で膝を抱え、焚き火が爆ぜるのを見つめていました。
「何やってるの?」
そんなミリアナに、黒の外套と黒の三角帽の装いの少女が呆れた声を掛けました。
「ノーアちゃん、どうしたの?」
「ルナリアさんから貴女のことを聞いたのよ。泣いてるから慰めてあげて。って」
おどけて肩を竦めた少女──ノーアに、ミリアナは唇を尖らせました。
「思ったよりは元気そうね」
「仕方がないものは、仕方ないもの」
そう言って、ミリアナは焚き火を適当な枝で突つくと、燃え盛る炎の中からアルミホイルで包まれた塊を手繰り寄せました。良い香りが二人の鼻腔を擽ります。
「好きよねえ。焼き芋」
「ノーアちゃんも食べる?」
「ええ、もちろん。貴女、ダイエット中でしょ」
軍手をしてアルミホイルを開けば、ますます甘い香りが強くなりました。ミリアナが、焼けた芋を二つに割って、片方を側に置いておいた古新聞で包みノーアに差し出しました。すると、ミリアナの両手からすべての物が消えて、ノーアの掌に割れた焼き芋が古新聞に包まれて収まっていました。
近所に住む少女ノーアは、魔女でした。
「ちょっ、ノーアちゃん!」
「舞踏会、行くんでしょ?」
ノーアの言葉に、ミリアナは俯いて頭を振りました。
「ルナリア姉さんから、聞いたんじゃないの?」
ミリアナのドレスが、駄目になったこと──ノーアは、頷きました。
昨日、ミリアナ達家族は、揃って王都へ向けて馬車で出発するはずでした。
ですが、馬車に荷物を運んでいた時、ほんの少し目を離した隙に……ミリアナのドレスが入ったトランクの蓋が開き、中身が地面に散らばってしまったのです。
ドレスは汚れてしまいました。泥だらけです。
古いトランクで、鍵が壊れかかってはいたのですが……まさかの出来事でした。
「貴女の継母、衣装持ちでしょ。借りられなかったの?」
「際ど過ぎて無理!」
「レンタルは?」
「もう前日だもの、どこの店にも残ってなかったわ」
「でも、王都には行けば良かったじゃない」
「皆に、気を遣わせちゃうわ。それに、皆には仕事があるもの」
「お兄さん。逢いたがってたんじゃないの?」
「……建国祭が終わったら、お休み貰って帰ってくるって。ちょっと待てば、一年ぶりに家族勢揃いよ」
ひとりだけ行けない寂しさ悲しさが、当然ミリアナにはありました。けれどそれ以上に、優しい家族に心配を掛けたくはありません。
今、無理に笑っているのだとミリアナはちゃんと自覚していました。
「ありがとう、ノーアちゃん。わざわざ来てくれて」
「暇だもの。こんな時くらい、ご近所さん付き合いするわ」
「ノーアちゃんって、やっぱりツンデレ──って!」
心優しい少女の気遣いに、堅かった笑顔に少し柔らかさを取り戻したところで、焼き芋の存在を思い出しました。
焼き芋は、ノーアの小さな口の中へと、少しずつ消えて行っていました。
「私の焼き芋!」
「舞踏会で絶品ローストビーフ食べるんでしょ?」
ノーアは、焼き芋片手にウインクしました。
「ねぇ、ミリアナさん。魔女に頼みごとはないかしら?」
ペラリ。と、ミリアナの手には、一枚の紙がありました。足許には、きらきらと光を反射する小さな硝子の靴が。
魔方陣が、ミリアナを囲います。
「今から魔法を掛けるから、動かないでね」
魔女の手には、一本の枝のような魔法の杖です。
「えーと。こういうのって、カボチャとかネズミとかトカゲとか要るんじゃないの?」
「南瓜はともかく、鼠やら蜥蜴やら、ミリアナさん捕まえられる?」
「代わりに、ウチの猫じゃダメ?」
「猫は一匹だけじゃ足りないわ」
紙には、四頭立ての立派な馬車が描かれています。魔女は、これを出すと言うのです。
「あの……ノーアちゃん。とても嬉しいけど、今から行ったんじゃあ、間に合わないんじゃないかな?」
ピラピラと紙に描かれた絵を角度を変えて眺めていたミリアナは、ふと肝心なことに至りました。ミリアナの暮らす街から王都までは、馬車でも半日以上掛かります。夕暮れ刻に差し掛かる今から出発したのでは、到着は真夜中です。舞踏会は、十二時を過ぎてもしばらくは行われてるとミリアナは聞いたことはありましたが、終了間近でも会場に入れるかは分かりません。
それに最終日です。場合によっては、道が込み合っていて間に合わないかもしれません。
そんなミリアナの心配に、魔女は笑いました。
「大丈夫よ。この場所とお城の手前辺りを直接繋げるから、移動に時間は掛からないわ」
「スゴいねノーアちゃん。そんなこともできるの?」
「そっち関係は、得意なの」
「そっち関係?」
ノーアは、任せてと胸を叩きながら、今度は少し眉間に皺を寄せて、ミリアナの足許の硝子の靴をトントンと小突きました。
「私の能力だと身に付けてる物の変化とは相性が悪いの。身体に害は無いけど、副作用が在るの」
「えっ?」
「そうねぇ……ちょっとだけ、見た目が変わると思うわ」
「それって……元に戻るの?」
魔女のカミングアウトに、冷や汗が浮かびます。魔女は、頭を振ります。
「ちゃんと魔法は解けるわ。だからこそ、注意して。真夜中の十二時を過ぎると、全て戻ってしまうの」
逆にミリアナは、魔法が解けた時の不安を知りました。
「じゃあ家に帰る前に魔法が解けると、家に帰って来られなくなるの⁉」
「そこまで心配しなくて良いわ。お城の十二時の鐘が鳴り終わるまでに、馬車に乗ってちょうだい」
「万が一乗れなかったら……」
「うーん。歩いて帰るか……貴女の家族に理由を話して連れて帰って貰うか、かしら?」
「それは、ヤダ」
「あら、どうして?」
「アマンダ姉さんが……私が参加しないって決まって、スゴいガッツポーズキメてた」
「ああ。彼女、万が一にもミリアナさんが、王子の目に止まったらって気にしてたものね」
ミリアナは、何がなんでも、魔法が解けるまでに帰る決意をします。
バレれば、義姉の一人の機嫌が損なわれて、彼女の折角の舞踏会が台無しです。ただでさえ上の義姉は、舞踏会に乗り気でなかったのです。
──本当なら、参加できたことを話した方が、家族を安堵させるのでしょう。ですが、ミリアナが参加したらしたでミリアナに気を遣って、彼女たち自身が楽しめなくなってしまうかもしれません。
「……ダイエットって言われるのもヤダ」
「本音は、そっちね」
ノーアは、ミリアナの建前と本音に肩を竦めましたが、舞踏会へと意欲を見せ始めたミリアナに頬を弛めます。
「まあ、良いわ。ちゃっちゃっと掛けるわね」
やっぱり友人は、沈んでるより──食い気ね。
魔女は、杖をくるんと回して呪文を詠唱します。きらきらとミリアナに降り注き始めた星屑に、願いを乗せました。
建国祭最終日の黄昏刻は、もう間もなく始まります。