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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
サンドリヨンは向こう三軒のずっと先

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25/27

サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 番外編2前編

 ライラちゃんのにゃんこことバロンから見たら。

 吾輩は猫である。名前くらいはすでにある。


 帝国と小国の間を塞ぐ山々。

 山の恵みと危険な魔獣が巣くう二つの顔を持つ山脈の、その山をわずかばかり切り開き領地とした歴史を持つ、小国側の山の麓。人の侵入を拒むような木々の生い茂る鬱蒼とした木々と砂利の獣道。 

 はびこる枝や蔓、露出した草木の根を物ともせず軽やかに進む者がいた。


 立派な鞣し革のブーツがタンッと地面を蹴るとふわりと落ち葉と風が舞う。

 天鵞絨に金刺繍飾りの付いた、立派なつば付きの帽子の長い山鳥の尾羽根がその影を追いしなやかに揺れる。

 皮のベルトに挿した同じく精巧な山鳥の彫りの施された光を反射する銀のレイピアは、主が険しい道を進むに拘らずカチリとも音も立てず大人しくその腰に寄り添っている。


 山中を如何ほど進んだだろうか。

 やはり帽子と揃いの金の留め金を持つ天鵞絨の上等な外套を靡かせ、彼は視界が開け葉から射し込む木漏れ日が短く柔らかな下草の若葉を照らす少し開けた広場のような地で、ぴたりとその脚の動きを止める。


 そうして、おもむろにスゥっと肺を膨らまして思い切り息を吸う。そして

「起き給え!」

「ひゃあん⁉」

 陽だまり下で腹を天に向けて気持ちよくスピスピ眠る、大きな白狼に、怨嗟の唸りを効かせて怒鳴りつけた。


 散歩後、気持ちよく午睡を貪っていたところに、決して逆らえぬ威厳を込めた大声で怒られた白い彼は、情けない声をあげて反射的に飛び上がり、キョロキョロと周りを見渡し不機嫌な彼を視界に入れると、おずおずと上目遣いに声を掛けた。


「あ、お帰りぃ……「ではなかろう!」きゅうん……」

 自身より遥かに小柄な相手にも拘らず、怒鳴られた大きな彼は、慌てて前脚で鼻先を抑えて尻尾をきゅるんとしおらしく下げた。

 彼の前爪は、そりゃあ痛いのだ。幼児期にしこたま鼻先に教育的指導を受けたから知っている。


「なんだね? 我輩がせっせと勤勉を絵に描いたように素晴らしく仕事をこなす間、こんな暖かで柔らかな木漏れ日ベストプレイスで高鼾とは。まぁ君、随分と良い御身分じゃあないか。何か? 君は隣国からこちらまでちょっと人を運べば、後はおやすみ三分。怠惰に餅を待てば良いとでも思っておるのかね? 我輩が! こんなに! こんなにも身を粉にして働いている最中に? 栄誉ある貴族たる我輩がぞ? はあああああ? 確かに君はあの青二才を連れて国境超えをした、ああしたとも。毎週毎週、下手をすれば連日連夜。まめまめしくも飽きずにまぁまぁ日々国境往復、獣道も舗装される勢いよな。下心満載とはいえ飽きずにまったくご苦労なことよ。しかしだね? 本日の我輩は純粋で崇高なる意思を持ちそれを上回る大役をこなしたのだよ。わかるかい? 我が主の、つまりは、うら若き花の乙女の貞操を死守していたのだ。この貴族的行動の崇高さの意味が君にわかるかい? 我が主に無謀にも懸想する君の主は、この称賛に値する働きに頭を擦り付けて感謝すべきであるし、その従魔たる君も然り。最低限、我輩を迎え入れるべく、尊敬の念を持ってケットシー家の伝統のとびきりの山鳥と野ねずみの肉、粉挽きの焼き菓子を用意して不動の体で歓迎の意を持ち待つべきではなかったのではないかね? ね⁉ ええい、おい! ジョン! 緊張感がない! おい! 鼻面に蝶をとまらせるな!」

「えー」

「『えー』ではない! 『えー』では!」


 長い話に頭上にハテナを飛ばし始めた白狼ことジョンは、自身に捲し立てる……ピンと髭を伸ばした「彼」ことライラの飼い猫のバロンに向かってトボけた声を上げた。


 五年前、ハルトアイスがライラと出会って直ぐのこと。

 国境を跨ぐこの森で、視察巡回中のハルトアイスの後ろをひょこひょこ付いてきた子犬。

 撒いても撒いても付いてくる子犬。

 根負けしたハルトアイスに拾われた当初、どこにでもいる野良の子犬かと思えば、もらもり餌を食べ、楽しく野を駆け巡りぐんぐん成長して行った。

 城を守る大型の番犬達を越してもその成長は止まらない。

 半年後に体躯はがっしりした軍馬より大きくなり、とうとう荷馬車の背を越え、中型の魔獣ほどになった頃。


 あれ? コイツやばくね? おかしくね? 犬って吠えたら牙から火花やら雷やら出たっけ? と調べたところ、実は神狼(フェンリル)種の幼体であったことが判明した。


 その頃にはジョンと名付けられたフェンリルは、楽しげに主人を背に乗せ森でも山でも岩場でも、神速で駆け抜けるわんぱく狼に相成っていたのだ。 


 ペットにはペット。


 あわよくばペッ友としてライラとお近づきになりたいというハルトアイスのゲスい……げふんげふん、もとい、ピュアな下心と軽い考えで教育係として引き合わされた猫のバロンの前では、デカかろうが神獣だろうが、ジョンはただの甘ったれの弟だった。


 本来、山を迂回して往復半日、山越ではそれ以上かかる国境超えを、ハルトアイスが数分で駆け抜ける秘密が(ジョン)である。


「大体何だね? フェンリルともあろう神獣クラスの従魔がそのように腹を丸出しで! 貴族たる我輩はそのように教育した覚えは」

「でもバロンもお腹出して寝てるよ?」

「貴族たる我輩はそのような無様はしない!」

「してるよお」

「しない!」

「してるよおぉ」

「くどい! 袋と長靴一つで粉挽きの三男を侯爵へ、そして一国の姫の伴侶へと導いた気高い猫! その功績より初の爵位を賜った賢き従魔! その血を継ぐ誇り高いケットシー族の我輩が腹など……」

「でねー?」

「我輩の話をちゃんと聞けぃ!」


 長い付き合いから、こいつぁ話が長くなるぞと、ジョンはさっさと話を切り上げた。

 猫特有の細く鋭い牙の威嚇も何のその、コテンと首を傾げて続けた。


「バロン、ご主人のこと認めたんだね〜!」

 ぐるう。

 ぐるぐる感情の出る喉を鳴らし、ぐうと身を低く尾を忙しなく地に打ち付けるバロン。

「ご主人、もうすぐショウシン? するんだって!」

「ショウシン? ショウシンとな? ははぁ、あの男! とうとう婦女子に対する付き纏いの罪で焼け死ぬのか!」

「ちがうよぉ! バロン物騒だよ」

「はん!」

 ハルトアイスと共に戦場を駆けるジョンは軍事機密にもそこそこ詳しい。ハルトアイスの内情は下手な部下より相棒たる彼の方が共有事項が多いのだ。

 そして此度、とうとうあの青二才めは准将となるらしい。ぐぬぅ。だが悪態を付いても事実は変わらない。


 バロンは偉大で賢いケットシー族である。

 しかもただのケットシーではない。

 貴族の位を持つ、長靴を頂いた猫の末裔。

 主君より賜った貴族の地位に恥じぬ振る舞いを求められ、楽しいネズミ捕りは『趣味』の範囲になった同胞達。


 そんな一族にあって、先祖返りとも言うべき特質を持って生まれたバロンは、一等ネズミ捕りが上手だった。

 そして、偉大なる祖が王族への貢物として鮮やかに山鳥を狩ったように、悪魔をネズミに変えてパクリとしたように。

 バロンは一流の狩人……いや狩猫であり、生粋の健啖家でもある。


 立派な貴族として人間社会の荒波で忙しく働く同胞達よ。

 ならば一匹くらい趣味に生きるのも良いではないか、ついでにまだ見ぬ美味しいものが食べられたら最高じゃないか。

 意気揚々と生家から出奔した彼は、暫く各地を彷徨った後……行き倒れた。


 誤解してくれるな。

 如何に知略に長けたケットシーと言えど理性を無くした鰻型水系古代竜相手に、まったくのアウェイな海上で、まだ年若い彼が単身やり合って無事でいられる筈はない。壮絶な戦いの末、バロンと竜は共にドボンと海水に沈んだ。

 奴は心音を止めて海底から永遠に水面に戻らず、バロンは食いそこねた巨大蒲焼が深海に飲まれる様を忌々しく睨み付け、とうとう意識を失い海洋王国の小さな浜に流れ着いた。


 奇しくもそこは、後の主、ライラの故郷の港だった。


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