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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
サンドリヨンは向こう三軒のずっと先

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サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 番外編1後編

 騒ぎのどさくさに紛れて放心する王子と喚く灰かぶりをあっさり見捨てて必死に路地まで遁走したのは、王子殿下に水草の如く付いてまわり揚々とガラスの靴を掲げ、その持ち主を探していたあの年嵩の家臣だった。


「節穴だと⁉ しかもあの小娘と、帝国騎士などっ……あんな、あんな、町娘に私の計画が……! ぐっ⁉」

 罵る為の口を、帝国騎士団副団長レオノルドは素早く片手で塞ぎその背と一緒に両手で壁に押し付けた。

「言葉には気をつけてください。今やライラさんは我らが近衛師団長の未来の奥方で……ハルトアイス団長のご機嫌を握る我ら騎士団の生命線になる方です。それにほら、我らが上官殿は地獄耳なんですよ。よく言うでしょう?」


 壁に耳あり、扉に目あ……り……? うん?


『え! 扉にメアリ? 雑貨屋さんのメアリさん?』

 いや、違います……ライラさん。

 こんな時に場違いにレオノルドは過去を思い出して、一瞬遠い目をした。


 あれはいつだったか、蘊蓄大好き我らが上司がドヤ顔で東方の『秘密は得てして漏れやすい』の意味の諺をライラに披露した時の彼女のセリフ。


 ハルトアイスが苦笑いで言葉を訂正しても、

「まぁ、似たようなもんですね! メアリおばあちゃん! これからは扉の向こうにはメアリさんがいると思って内緒話する時は気を付けますね」


 街の雑貨屋の店番をするメアリ婆さん。

 普段はうたた寝をしているようなしおしおの老婆は、数多の悪ガキを捕まえてきた猛者である。

 その噂は多岐にわたり、最早伝説。


 この辺のおっさんらの生まれた時には既に婆さんだった。

 爺さん連中が若い頃も婆さんだった。

 五百年前の歴史書の異国の大戦の絵巻に、メアリに似た老婆がいた。

 新大陸発見時の記念画の隅にババァがいた。

 ババァの寝言を解読しようとすると神隠しに合う。

 五十年前に取り逃がした万引き犯を探して、夜中の街道を杖をついて経文を唱えながら爆走している。

 やたら水を勧めてくる。

 お前のようなババァがいるか!

 そう叫ぶ子供らを素早く捕獲するメアリ婆さん。


 扉の向こうにメアリでも意味は通るのかもしれない。


 そんなライラの話をする上司の眉間は珍しく柔らかく緩み、睨みつける視線は優しい光をたたえていた。

 そしていつも変に意固地な彼が

「ライラさんが可愛いから、ま、それでもいっか!」

 と折れた歴史的瞬間でもある。


「どいつもこいつも! 王も、貴族どもも! 街の奴等も! 元は山を切り開くくらいしか脳のない野蛮人どもではないか! 帝国で学を納めた有能で優秀な私に従っておれば良いのだ! 我が家を、この私をコケにしおって! 馬鹿め、馬鹿者め! 馬鹿者どもめ!」

 ツバを吐きながら喚く老人に、在りし日の情景から意識を戻したレオノルドは静かに近寄る。

「はぁ、つまりはそれが貴方のコンプレックスですか? 確かにこの国は先人らが山を切り開き開墾した酪農と林業の国ですから、身体も細く頭でっかちでプライドばかりの貴方の家系には向いていなかったのかもしれませんね。しかしながら言わせて頂ければ、貴方は学歴はご立派でも国益になり得る学業や運用するための知識は何一つ身につけていらっしゃらないご様子ですから」


 良く言えばおおらか、悪く言えば荒っぽい開拓民が切り開いた小さな国。

 開国時などは卓上論や学力厨のプライドより、山を駆ける丈夫な身体や、人を率いるカリスマ性などが重んじられたのだろう。

 もちろん、集団であるからにはブレインは必要だが、自ら縁の下に回り人のために精査して頭脳を使える者でなければならない。それは決して彼のような独りよがりの自己満足の知識ではなかったはずだ。

 たとえ派手に脚光を浴びずとも、国をそっと支える縁の下の力持ちこそが真に求められる人材なのだから。


 代々、劣等感から同胞らを足らぬ馬鹿よと見下した彼の家は、開墾に貢献した貴族の祖の中にあって、代を増すごとにその傲慢さと共に深く埋もれていったのだ。

 数字の計算はできても、農地経営や上手く国を動かすための統計学、林業開拓に必要な専門知識は無視した。

 歴史や経済を学べども、過去の国王の名や年代、史実を知るだけで、今の政治に反映させる手腕は学ばなかった。


 つまり、コイツは頭の良いただの馬鹿。


 ハルトアイスが嘲笑混じりに吐き捨てた言葉が、レオノルドの頭に木霊する。

 ため息を吐くと、幽鬼のような顔で後ずさる老人の後ろ手を素早く確保する。

 バタバタと数人の部下がレオノルドの後を追い、彼の指示で通りに停めた帆付き荷馬車に猿轡を噛ませた「それ」を無造作に放り込んだ。


「お疲れさまです、レオノルド副団長」

 労う部下に軽く手を上げて応える。

「にしても、やはり魔女ですか……」

「やめとけ」

 口にした言葉を止めると、レオノルドはサッと気配を探る。

「無闇矢鱈に出して良いワードじゃない」

「は、はい!」

 慌てて口を噤む若い騎士に、苦笑いで続ける。


「痕跡も追えないだろうし、あの老人からは何も引き出せないだろうな」

 魔女の痕跡など、最初から無いようなものだ。

「はぁ、まさに捨て駒ですね」

「そうだな、この国にとっちゃ、アレは司法取引のネタにもならんだろうし」

「いや、それより……この国って存続できるんですかね?」

「流石にその話はやめておこう」

 我々の知るべきことではないからな。

「さて、我々は我々の仕事をしようじゃないか」

 部下を連れ、レオノルドは上司のいるであろう大通りに足を運んだ。


 彼は知らない。

 今一番にすべき仕事が、敬愛すべき上司がうっかり粉々にした、超危険物のガラスの破片を回収することだと。




「あら、失敗しちゃったわね」

 秘密は得てして漏れやすい。


 その日、街からメアリーおばあちゃんが消えた。


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