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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
サンドリヨンは向こう三軒のずっと先

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サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 12

「何を泣いているの?」


 冷たく声をかけたのは、街の娘だった。

「そうよ! あなた、王子様のお嫁さんになりに城に行ったんでしょ⁉」

 いつの間に来たのか、未だ目の下の赤い木こりの娘が叫ぶ。

「なら、逃げなきゃ良かったんだ! アンタ、お城に何しに行ったの⁉」

「あ……あたし……」

 捲くし立てられてて、身を固くする灰かぶりに彼女は続ける。


「綺麗に着飾って、ちやほやされて楽しく踊りたかっただけ? 一夜の思い出作り? ふざけないで! あなたがあの夜にちゃんとしてれば……!」

 ワッと娘は泣き出すと、隣に寄り添う幼馴染に抱きしめられた。

 彼女をきつく抱きしめる青年の目も酷く冷たい。

「でも、あたし、お城に行くドレスも馬車もなくて……! それに、こんな姿じゃ信じてもらえないかと」


 しどろもどろに言い訳する灰かぶりに、娘たちは言う。

「なら『灰かぶり』のまま! ありのままお城に行けば良かったのさ! お貴族様を押しのけて、夜会をぶち壊す度胸があるならね! 結局、ドレスしか見ない王子だと、アンタも信じていなかったんじゃないないか」

 ぐうの音も出ない真実に、灰かぶりは何も言えなくなる。


「わ、私は、私はただ幸せになりたかっただけで」

 母を失い、父を失い、継母や連れ子の姉たちに虐げられる日々。ただ、そんな日々から抜け出したかった。


「家を出ようとは、思わなかったのですか?」

 ハルトアイスがポツリと尋ねる。

「えっ、でも……」

「私の恋人は、十代で生まれ故郷からこの国に来て、町でもう五年も一人で働いています」

「わ、私は、私はそんなに強くなくて」

「彼女だってそうです。でも夢や目標のために一人で必死に頑張ってきました。もちろん、他の街の方々もです」


 時には人の手を借り、知恵を借り、支え合って生きている。

 花屋の娘も肉屋の娘も、パン屋の娘も針子の娘も。

 必死に戦い、結果、泣き晴らすことになった木こりの娘も。

 貴女より厳しい環境の娘なんて、吐いて捨てるほど居る。


「逃げも戦いもせず、中層の現状に甘んじていたくせに、落ちてきた幸せだけには貪欲に食いつく貴女が、ライラさんや他者を羨むなんて間違っている」


 ハルトアイスは王子に近寄ると、項垂れた彼の顔を覗き込む。

「私は先程、殿下を軽蔑しておりますと申しましたね」

「あ、ああ、魔女にすっかり騙された憐れな僕を……」

「違いますよ」

 えっ、と王子は戸惑いハルトアイスを見上げる。


「殿下にとっては、国民は『貴族』『商人』『町人』だけなのですね」

「な、なにを」

 ハルトアイスは、目を細めて王子と灰かぶりに囁く。


「国民と認めぬスラムの住人や娼婦など貴方がたには見えないようです。王子殿下、貴方は最初から捜索枠からスラム街を……『王妃枠』より外しましたね?」


「そして、美しさに自信のあるお嬢さん。貴女は結局、実家から逃げ出した結果、元お嬢様の自分が、スラムに……娼婦に落ちることが許せなかったのでしょう?」


「「……っ!」」

 自然にスラムの娘や娼婦を除外した王子。

 人を羨みながら、下層を見下す灰かぶり。


 気まずげに視線を逸らす灰かぶりのエプロンから、ころりともう一つのガラスの靴が転がり落ちた。

「これね」

 ナディアが魔封じの小箱にガラスの靴を回収すると、ペタリと護符を貼る。


「あとの貴方の足の下の破片は、騎士団で回収してちょうだい。はいこれ、魔封じの箱と護符、くれぐれも破片を素手で触らないでね」

 ナディアに火かき棒と魔封じセットを渡される。

「はぁ? それは魔道士団の仕事でしょう? 僕は……」

「貴方が怒りに任せて無駄に粉々にしたのよ? ああ嫌だ。つまり自分で勝手に手間を増やしたんじゃない。ダンスをしようと、階段に叩きつけられようと割れないはずのガラスの靴を!」


「だからって、僕はこれからライラさんと二週間ぶりの逢瀬なんです!」

「大丈夫よ、それは私とキャシーさんに任せて」

「はぁぁっ?」

 何言ってんの?

 ちょ、何言ってんのかわからない。

「騎士団がちまちまちまちま欠片一粒残らず拾ってる間、私たちは侯爵家の別邸にいるわ」


「それは十中八九、今回は千仮面の魔女の仕業よ。最低限しか手を汚さず、弱い国の中枢から潰してやろうって魂胆でしょうね。いいこと? 絶対素手で触らないで。もちろん、副作用も考慮して破片で傷なんて以ての外。魔力探知機を使って、微粉一つ絶対に見逃さないで」

「あ、あのハルトアイス団長」

「マジですか?」

「う、嘘ですよね……だってガラスって思わぬ場所に飛ぶんですよ⁉」

「なに砕いてんですか!」

 いつの間にやらハルトアイスに追いついたらしい帝国騎士団が、室内中に飛び散った米粒以下のガラス片を遠い目で見やる。

 ハルトアイスはそっと軍靴を破片から退けた。


「残念ね、上司の理性がもう少し保てば、まだ原型を留めていたでしょうに」

「いや、それでも今はあんなふうに俺が! ライラさんの! 側にいた方が!」

 ぐっ、と憐憫と絶望を誘う部下の目と、四方に砕けたガラスから目を逸らし、それでも木こりの娘とその恋人を指差しまだナディアに噛み付くも

「あ、オイラより街の女性たちが先に慰めてくれました」

「女友達の方が、あの、やっぱりセクハラには共感力と言いますか……」

 てへへ、淳朴そうな二人はヘラリと笑窪を浮かべて笑う。

「あ、あのハルトアイス団長、我も手伝うから、本当にすまない」

 息を切らし、ようやっと追いついて来たこの国の王弟閣下が、やはり詰め所で見せたような情けない顔で、店の入り口からハルトアイスをそっと見守っていた。




「ねぇ、待って。ねぇ」

 ブツブツ言いながら、各自が仕事をするために動き出す。

 そんな中、件の灰かぶりはおろおろと騎士達に話しかける。

「ねぇ、私はどうなるの? 知らなかったの、私は何も知らなかったのよ」


 不機嫌そうなハルトアイスが、部下に王子と灰かぶりを外に出すように伝えると、彼女はハルトアイスにしがみつく。

「わっ、私は! わ、私を帝国に連れて行ってください! 何でもします! お料理もお洗濯も、お掃除だって……! だから、私を!」

「要りません」

「な、なんで? 私、綺麗でしょう? 王子様にだって見初められて……そうだ! よ、良ければ貴方のお屋敷で」


「そうよ、美しいドレスさえあれば、誰かが私を飾ってくれれば、私はお姫様のように、いえ、お姫様より……あのレストランの看板娘より美しく輝けるわ! だから……」

「要りません」

 先ほど以上にきっぱりと。


「帝国騎士団の詰め所も、私の屋敷も、身分を偽ったり、己を偽装して内部を混乱させる人材は雇いませんから」

 目が笑ってない笑顔で淡々と告げる。

「信用第一なもので」

「私、そんなことしてないわ!」

 しかし、ハルトアイスは冷たく彼女を別の騎士に預けると、

「貴女には王子殿下がいるではないですか」


「なに、新居がお城ではなく暖炉に代わっただけです。貴女が心から愛する運命の王子様と御一緒できるよう、私から国王ご夫妻や公爵様に進言して差し上げますよ。なんせ、とてもお似合いのお二人ですし」


 同じく騎士に起こされた王子を指差すと、言葉にならない悲鳴を上げた娘に、輝かんばかりの笑顔でそう告げた。



 ― Happy End? ―

 本編はここまで。

 ことあと、番外編にあたるお話を三話ほど載せます。

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