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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
サンドリヨンは向こう三軒のずっと先

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サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 11

「ナディアさん」

 ゆったりと室内に足を進める宮廷筆頭魔道士補佐。

 幼少より天才の名を欲しいままにし、帝国筆頭魔道士を保護者に持つ彼女は、隣国から戻ったばかりなのか、少し汚れた白ローブを肩にかけたまま、色素の薄い髪を揺らしてドサッと一人掛けの椅子に腰掛けた。


「間違いないわ、はいこれ」

 こんなことでもなければ、ゆっくりライラさんの新作ランチを楽しめたのに。

 ため息を付きながら、資料と計測器や検査結果の紙を乱雑にヒラヒラ手で弄ぶ。


「はは、すみません。ライラさんを帝都に迎えた暁には真っ先に招待しますから」

「ずるいわ! 私とオリヴァーさんは!」

「……もちろんお誘いします」

「やった! 私と仲良しの常連客仲間も一緒にね!」

「わかりましたよ……はぁ」

「あら? 予定が狂ったって顔ね? 駄目よ独り占めは。私も保護者や友人を数名誘うわ」

 しれっと付け加えるナディアに、ハルトアイスは苦虫を潰した顔で苦言を表す。

「僕の五年越しの恋を慮んじて、ここは遠慮するという選択は?」


「「ないわね!」」

 揃ったソプラノにハルトアイスは思わず十字を切った。


「ライラさんの新作のライスコロッケ美味しかったわ」

「えっ! 待って! 私、まだ食べてない! あの夜会でライラさんが唸ってたヤツよね!」

「他にも色々。宮廷色を残しながらも、庶民に優しい腹持ちメニューがいくつか」

「早速取り入れたのね! さすがライラさん! 連れていって良かった! あぁ、こちらに来る日が待ち遠しい!」

「そうね。もはや国勢も落ち着かないし、この恋狂いの仕事に付き合ったせいで、来店してもちっとも楽しめなかったわ」

「私もよ。貴族間の探りやなんかで最近は茶会三昧。甘い物、お茶、甘い物、お茶の繰り返しよ。ああ、私もコックリとしたライラさんの新作ライスコロッケ食べたいわ! 時代は塩分よ!」

「ラクレットチーズが最高なのよね。……私や同僚だって現地調査や魔力測定、諸々の検査なんて時間が掛かる物を、他の仕事投げてまで優先したのよ。報酬は弾んで貰わなきゃ」

「でもまぁ、ライラさんのためだと思えば」

「そうよね、ライラさんのためなら」

 即答し、じわじわ圧を掛けてくる女性陣に、やはり眉間のシワを深く刻みながら、コホンと咳をしてハルトアイスはナディアの手から資料を受け取とったのだ。



  ◇ ◇ ◇



「さて、答え合わせと参りましょう」

 ハルトアイスは項垂れた王子に凶悪な眼光のまま、優雅に礼を取る。

「殿下のお探しの娘は、こちらで調査致しました」

「っ! な、何を……」

「ハルトアイス団長、お連れしました」

 戦慄く王子とハルトアイスの間に声が掛かる。


 騎士団長補佐のレオノルドが、四人の女性を連れて店に入ってきた。

「あれ、あの家の奥方……継母よね」

 街の人々かヒソヒソ話す。

「そうよ、旦那も最近亡くなったっていう、あの家の継母とその連れ子の娘たち、と」

「継子の『灰かぶり』さ」


「この女よ」

「ナディアちゃん!」

 レオノルドと店に入室してきナディアに、娘達に庇われたライラが思わず飛び出そうとする。

「大丈夫、ライラさんが無事で良かったわ」

 それを手で制し、ナディアはハルトアイスに向かい声を掛ける。


「ソレが王子様ご希望のお相手ね、まったく手間をかけさせられたわ」

「お待ちください、その娘は……」

「そうです、だって」

 困惑する継母たちを無視し、ナディアは続ける。

「魔力調査の結果、その女から千仮面の魔女の魔力残渣か検出されたわ」

 ナディアの言葉に、ザワザワと周囲が俄に騒がしくなる。


 魔女の残渣


 この世界には魔法が存在する。

 ナディアや宮廷魔道士のように、国に管理された魔法使いの他に、野良。

 つまり魔女や魔人と呼ばれる裏社会の暗躍者達も。

「魔法には個人の波長があるの。指紋や声紋、網膜のように個体差があるわ」

 ハルトアイスの足元のガラス片を見て、ナディアは顔を顰める。

「ちょっとハルトアイス団長、あなた証拠の一つを怒りに任せて砕いたわね?」


「千仮面の魔女」

 ザワッと騎士達の背に悪寒が走る。

 大陸からやってきた偉大にして邪悪な魔女。

 時には大国すら手玉に取る美しい魔。

「ドレスや馬車は彼女お得意の幻術ね。ついでに認識阻害、意識低迷、あと思考停止や興奮誘発……きりがないわね。溶媒は──このガラスの靴よ」


「ったく、証拠を踏み潰すなんて。貴方、ライラさんに関してそんなに腹に据えてたのね」

 ハルトアイスが踏み潰したガラスの靴。

 その欠片を手袋を嵌めた手でひょいと摘み、ナディアは嘲笑った。

「やはりそうですか」

 忌々しげに、ハルトアイスが吐き捨てる。


「ねぇ、ほらこの人が貴方が探してたお相手よ」

「はっ、いや、靴を」

「よく見なさいよ。あの夜から変わったのはドレスだけよ。顔をよく見て。帝国宮廷筆頭魔道士補佐の私が鑑定したのよ、間違いないわ」

「いや、しかし……」

 しどろもどろの王子に、溜まりかねた灰かぶりが叫ぶ。

「王子様、王子様! 私です! 本当に……!」 

 必死に叫ぶ娘に戸惑うばかりの王子。


「ほらね? これが認識阻害」

「……!」

 誰一人、熱を上げているはずの王子本人すら、彼女をまともに認識していない。

「いえ、『できない』の間違いね」

 それに加え、思考停止や精神干渉と強引な意識操作の相乗効果。

「結果、自国の貴族すら認識できず、あれほどの失態を侵した……と」

 ダンスを踊った王子を筆頭に、城全体に多かれ少なかれ干渉されている。

「そういうこと。しかも厄介なのが『魅了』ね。分かりやすく言えば催眠や強烈な媚薬作用、興奮剤」

 だからこそ、王子は顔の認識すらできない相手に獣みたいにお熱を上げていた。


「でもそれって、無理やり精神に割り込む訳だから一歩間違えれば廃人まっしぐらよ。特にこの国は魔法に対して、耐性なんてないに等しいのだから。ハルトアイス団長やキャシー嬢は帝国貴族や騎士として耐性有り、ライラさんはドレスをウルスピッツ家から借りてたのが良かったのね」

 ちらりとライラを気遣う目線を寄こしてから溜め息をひとつ。

「そもそもね、ガラス素材なのに足を傷つけずダンスをしたり、全力で階段を走って割れないなんて、高位の魔道具以外あり得ないわ」

 と事実を突きつける。


「そ、そんな………わ、私は」

 灰かぶりは頭を振る王子に必死に縋りついた。

「わ、私です! よく見て、ほら! あの夜……」

「や、やめてくれ! 分からない! 分からないんだ!」

 半狂乱で縋る灰かぶりの手を振り払う王子に、「そんな」と手を伸ばした彼女は茫然と肩を落とす。


「ねぇ、貴女、この靴をどこで手に入れたの?」

「ま、魔法使いのお婆さんが……」

「あのね、魔法って簡単ではないの。極めれば極める程、有能である程、危険もお金もかかるから何かしらの、簡単に言えば国の保護がいる。流しの魔法使いなんて薬学を齧った魔女もどきか、それこそアンダーグラウンド……つまりは人には言えない訳ありの連中ばかり」


 価格もクラスも国家予算並みの危ない魔道具を、通りすがりの魔法使いが『親切に』無知な娘に渡す理由は何かしら?


 ねぇ、貴女、その魔法使いの顔を覚えている?


「──!」

 お婆さん?

 本当に? 髪の色は? 声は? 目の色や肌の色は?

「わ、わからない、わからないわ……たぶん、お、お婆さんだった……フードを深く被っていたのよ」

 さすがに手駒が潰れては困るからか、彼女にはまだ影響は少ないのかしら、とナディアは考察する。


「ねぇ貴女、今履いているその靴はオートクチュールなの?」

 ナディアが灰かぶりの足元をちらりと見る。

 擦り切れた履きつぶした布と木の靴。

「ぇ、そんな。普通の、雑貨屋さんか、あの、あ、義姉の……お下がりで」

 消え入りそうな声に、ナディアは『でしょうね』と呟く。

 指がやたら長い訳でも、幅が狭い訳でもない。

 量産品の市販の靴で充分賄える標準女性の足。


「なら、あのガラスの靴が誰が他の人に履かれるとは思わなかったの?」

「え! ま、まったく、えぇ、その、あの」

 そんなこと、何一つ、まったく思い至らなかった。


「君が、あの夜の姫君なのかい? ほ、本当に? すまない。まったく君の顔を知らないんだ……」

「そ、そんな」

 少し落ち着いた王子が、おずおずと灰かぶりに伝えると、彼女はとうとう泣き出した。


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