サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 10
コンコンと執務室の扉がノックされる。
そして、案内の騎士が連れてきた相手を認めると、彼は静かに席を立ち、ゆっくりと足を進め入室してきた人物に、深く頭を下げて丁寧に迎え入れた。
「このような場所に、わざわざ申し訳ございません」
「いや、こちらこそいきなりすまないね。君のことは、老輩の我もよく耳にしているよ」
「恐れ入ります。……この度は、ご心中お察しいたします」
「ああ、いや、とんだ醜聞を聞かせたものだ。恥ずかしいな。今回については薄い縁ではあるがボルカノゾイド公爵になんとかお縋りしたのだ。あの方とは、別邸での遊興の際に良くしていただいてね」
「はい」
「すまないが、こうなってはもう貴国の手を借りるしかあるまいよ。一人息子よ、王太子よと甘やかした兄夫婦にも問題はある」
「もちろんです。当方でも調査を進めております。我が国とて決して他人事とはなりません」
ハルトアイスは、既に皇帝陛下への報告と共に諸手続きを申請済であることを伝える。
「そうか……そうだな。そうだ。ああ、せめてあれが苦言や周囲の空気が読める知恵のある後継者であったなら」
椅子を薦められた客人が、ため息混じりに背もたれに体重を預ける。
「ご安心ください。公爵閣下」
座り心地の良い客用ソファ。そこには、小さな国の王弟………隣国筆頭公爵家当主その人が目を伏せて、何十歳も老け込んだように座っていた。
「ちょっ……は……やさ……!こ……ね!」
「おま……くだ……い……!」
バタバタと複数の足音が近づいてくる。
「どいて! ハルトアイスさん! ここにいるわね!」
バタン! と重い執務室の扉が勢いよく開かれる。
「キャシー様! お待ちくださいっ!」
ドレスの裾を翻し、従者が止めるも意に介さず。
ゼーハーと息を切らせて入ってきた侯爵令嬢に、ハルトアイスは椅子を蹴って立ち上がった。
「大変よ! ライラさんが!」
「………どうされました?」
最愛の恋人の名に、目が剣呑な光を帯びたことに何人が気がついたのだろう。
しかし、この侯爵令嬢は止まらない。
「今、知らせがあったのよ! あのバカ、とうとう街の娘にまで手を出しはじめたわよ!」
バン! と侯爵家が抱える伝令からの手紙を叩きつけると、キャシーは口汚く罵り始めた。
「あり得ないわ! あり得ない! あの国は何を考えているのよ! 小さくとも法治国家のはずよね! とんだ独裁じゃない!」
「落ち着いてください」
「これが落ち着いてられますかってーの! あんのバカ王子! なんでハルトアイスさんは落ち着つけるの⁉ ライラさんが心配じゃないの⁉ 毎日文通してるからってゆるゆるゆるゆる緩んでんじゃないでしょうね!」
「キャシー嬢」
「なによ!」
「キャシー嬢。後、後ろを」
「だから、なっ」
「…………申し訳ない。誠に、誠に我が国と甥が申し訳ない」
「えっ、へっ……まっ! い、嫌だわ! ほほほ、ハ、ハルトアイス様ったら公爵閣下がいらしてたなんて、お人が悪いわ! 閣下、ご機嫌よう! ウルスピッツ伯次女のキャシーでございますっっ」
隣国の筆頭公爵が、来た時よりもさらに小さくなって、ソファの隅で突っ伏してキャシーに頭を下げていた。
「キャシーさん、けして僕とて落ち着いている訳ではありませんし、貴女には公爵閣下との繋ぎや、貴族間の有用な情報を集めていただいて感謝しています。しかし、相手は腐っても王族なのです。万一の場合は、ライラさんをかっ攫う予定ですが……ただやはり、迂闊に動くと下手をすれば全面戦争に突入します。なるべく内部から、大義名分を掲げて崩したいのです」
「あら、それって私の報告待ちってこと?」
涼やかな声が部屋に響く。




