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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
ころころサンドリヨン
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ころころサンドリヨン 2

 一方、城では。

 間近に迫った建国祭の準備が、着々と進められていました。その陣頭に立っているのが第一王子です。

 国中の女性達が憧れる麗しの王子は、最近顔色が優れません。それを見かねた弟の第三王子が、声を掛けました。

「どうしました、その隈。あまりにも酷い」

「ああ、リチャードか。いや、何──」

 第三王子のリチャードに、第一王子のマルコシアスは、弱々しい笑みを浮かべました。

「建国祭の準備が終わったら、暫く休みを貰っても構わないかな? 建国祭が終わるまで」


 十年に一度に当たる今年の建国祭は、例年以上の催し物が行われます。中でも目玉となるのが舞踏会です。

 毎年、最終日に城で行われるのですが、今年は王都だけでなく、国内の三ヶ所の大きな街でも催されるのです。国中の民が極力参加できるようにという、代々の国王の配慮です。

 残念ながら、王都以外の舞踏会に王が出席することはあまりありませんが、王子や王女、他の王族の誰かは出席するので、大勢の国民が楽しみにしています。

 特に今年は、第一王子がすべての舞踏会に参加するとあって、国中が噂で持ちきりです。


「海にでも行ってくるよ。探さないでくれ」

「……私は別にかまいませんけど、母上が許しませんよ、きっと」

 この国の王は、妃を迎えることによって王位を継承する決まりなのですが、第一王子は未だ独身でした。

「なんで結婚しないと王位に就けないんだ? 能力と関係ないじゃないか?」

 マルコシアスは、深い溜め息を吐いて項垂れます。

 第一王子である彼は、恵まれた容姿に溢れる知性と群を抜く運動能力、何より王位に一番近いということもあり、これまで多くの女性に言い寄られて、少々──いえ、かなり嫌気が差していました。


「跡取りの関係でしょう」

「そんなの、どうとでもなるだろう。優秀な者を養子にすれば良い」

「それでは血筋がどうこうと文句を付けてくる者がわいて出るから、継承権問題になるんですよ。兄上もご存知でしょうに」

「だったら放棄するよ。別に王位に拘ってる訳じゃないからね。いや……法改正って手も──」

「コラコラ、マルコ! こんな場所で迂闊なこと言うんじゃない! 誰が聞いてるか……」

 言動が怪しくなる王子を、補佐であり親友でもある貴族の青年、ギルバートが慌てて止めに入ります。王子達、兄弟間の仲は良好ではありましたが、残念ながらこの国にも権力争いは存在するのです。

 ただ、定番の『暗躍する宰相殿』や『野心家な公爵様』辺りがいらっしゃらないのは、有り難いことでした。


「心配ないよ。そういう……奴等は、別の街での舞踏会の準備を割り振っておいたから、王都にはいない。派手な役回りだから、喜んで出掛けて行ったよ」

「ギルバート。国一番の策士は紛うことなく兄上です。特に腹黒勝負は誰にも負けません」

「……そうだね。マルコの特技は暗躍なのを思い出したよ」

 第一王子の策略に敵う者は無く、無用な争いは避けられたのです。弟王子と親友は、それに付随するあれこれを思い出し、改めてその優秀さを実感すると同時に戦慄します。


「オイ。本人の目の前で、堂々とディスるとは良い度胸──」

「おっ! 我が兄君(あにぎみ)弟君(おとうとくん)ではありませんか。お仕事頑張ってるようで、感心感心☆」

 第一王子は、ジトリと二人を見据えると、背後から覚えの在る声が聞こえてきました。振り返れば、見知った女性がヒラヒラと手を振って近付いて来ます。

 王の第二子であり、この国唯一の王女──ナタリアでした。

「あら、三兄弟の真ん中はいないの?」

 カラカラと笑う王女は、外出先から戻ってきたばかりのようでした。外套を羽織ったままで、少しお酒の匂いがします。


「ナタリア姫、ご機嫌だね。今夜はお芝居だっけ。良い役者いた?」

 ギルバートは王子たちの代わりに、王女の軽やかな足取りの理由を伺いました。にんまり、王女は微笑みます。

「中々だったわ。顔善し! 声善し! 芝居善し! 歌善し! サービス善し!」

「サービス……って、まさかホストクラブに行ってたんじゃありませんよね?」

「……行かないわよ、流石に。王女としてヤバいでしょ」

「合コンは行ってるだろ?」

「お茶会ですぅ~。お食事会ですぅ~」

「姉上それは流石にキモい……」

「ギル。医者を呼んでくれ」

「よし、表に出やがりなさいな。兄弟」

 折角の気分を邪魔された王女は、王子たちの胸ぐらを掴みました。慌てて青年が、諌めます。

 どうどうどう。と。


「……ギルバートさんも、私に喧嘩売ってる?」

「はっ⁉ なんで⁉」

 王女は、はあっ。と王子達から手を離しました。

「イケメンで言えば、三兄弟とギルバートさんの方が上なんだけど……女の扱いがまったくなってないのよねぇ……」

「僕は別に、普通です」

「公務では気を配っているから、問題ないだろう」

 ギルバートは、空笑いを返しました。彼は分かっていました。王女が言わんとすることを。


「こんなんだから、モテないのよ」

 王女の人指し指は、真っ直ぐ第一王子を差しました。

「リチャードは、幼馴染みの可愛い娘といい雰囲気になれたから、なんとかなってるけど、兄さんはホントダメ! まっったくダメ!」

「結構だ。面倒臭い」

 残念ながら、マルコシアスへのダメージはゼロです。


「兄さんにも、幼馴染みの女性はいるのに……なんで、こうなったのよ。ギルバートさん?」

「俺が聞きたい」

「……兄上は、少しでもイイと思った女性はいらっしゃらないのですか?」

「人として好感を持てる女性はいるが……そう言う意味ではないんだろ」

 ハイスペックな王子です。勿論それなりのお付き合いをした女性は存在します。しかし長続きはせず、現在、周囲は軒並み諦めムードです。

 今回の建国祭で出逢いがなければ、勿体なくも独り身がほぼ確定でしょう。

 第一王子は既に、継承権の放棄か法改正の二択しか視野に入っていないのかもしれません。


「……姉上が、次期女王でしょうね」

「はぁっ⁉ なんでよ! 次男でしょ?」

「姫には隣国の第二王子と婚約話があるから、強ちなくは……」

「はあっ! ふざけないでよ! アイツとは、金輪際関わらないって決めたんだから!」

「あの人、また何かやらかしたんですか?」

「アイツのことは、二度と口にしないでちょうだい!」

「ですが、二番目の兄上は……修行の旅、命! と言い切る人だし、城に留まらせること自体が無理というか、極めて難しいのではないかと」

「って、ことは……」

「リチャードだね」

「待って! 王など私の柄ではありません! おい、ギルバート! 兄上が、僅かでも気に入った女性はいないのか?」


 末の王子と王女の真剣すぎる視線が、第一王子の親友に注がれます。(くだん)の王子は、末の王子をしれっと王位に推挙して、途中になっていた建国祭の準備に戻ろうとしていました。

「えと、あー……あっ! 前の十年祭の時に──」

 十年祭。十年に一度の建国祭は、そう呼称されることもあります。親友は、十年振りの記憶を思い起こしました。

「『可愛い娘』がいたって言ってたような……」

「えっ! マジで!」

「ギル。なんでそんな昔のこと引っ張ってくるんだ?」

 王子の眉間の皺が深くなります。眼光鋭く、無言の圧力が親友に掛かります。けれど、長年の付き合いがある彼には大した効果はありませんでした。


「たしかあの時……テディにバックドロップ()めた後、キースに右ストレート入れて殴り合いになったんだよな。オレとヘンリーで止めたけど、めちゃくちゃ苦労したよなぁ……」

「はぁ……今もほぼ変わってないではありませんか」

 在りし日の若気の至りに、第一王子は視線を避けるように踵を返します。


「あれは、そんなんじゃない」

「じゃあ、どう言う意味よ?」

 彼は、後ろ頭を掻いて溜め息と共に肩を落としました。

「あの時舞踏会会場で、美味しそうに食事をしている子がいたんだ。一般市民の子だったけど、珍しいだろう」

 十年祭では舞踏会会場の他に晩餐会会場も用意されています。参加する一般市民には、華やかな舞踏会はもちろんのこと、普段は滅多にお目に掛かることのない豪華な食事も注目の的なのです。

 そのため、普段の舞踏会と違い、広い晩餐会会場を用意しているのですが、第一王子が言う彼女は、舞踏会会場で食事をしていたのです。勿論、その会場にも料理は用意されていたのですが、舞踏会会場のメインは、ダンスとお喋りです。

 彼女は、浮いた存在でした。


「偶々だったんじゃないの?」

「いや。その子は、脇目も振らず一心不乱に食事をしていたよ。貴族の娘は食べないからね、吃驚したよ」

「なるほど。マルコは料理が好きだからな。美味しそうに食事をする娘は、好感持てるよな」

「では、どうして声を掛けなかったんですか」

「声は掛けたよ」

「名前! 名前は聞かなかったの⁉」

「だから、そういう意味ではないと……」

 弟と妹が問い詰めますが、兄は頭を振りました。

「十年前で、まだ若いから余裕ぶってたんでしょ! その時、もうちょっと謙虚になってたらこんなことにはならなかったのよ⁉」


「……あの時その子は、当時のリチャードの少し上くらいの年頃だったんだよ」

「「はっ?」」

「頬っぺたとか腕とかぷにぷにで、ちょっとぽっちゃりしてて、重心がそこそこ低かったかな。それで口一杯料理を頬張って、鼻先や口回りにはクリームやら食べ滓やら付いてたんだ」

「……可愛い?」

「美味しそうに沢山食べる子は、大人として純粋に可愛いと思うことはあるだろう」

「「──紛らわしいっ!」」

 頭を抱えて、二人は叫びました。第一王子はどこ吹く風です。その中で親友は、首を捻りました。


「なんで、その時そう言わなかったんだよ、マルコ?」

「言おうとしたら、テディとキースの顔が気に食わなかったんだ。それで、テディにボディーブローを入れてからバックドロップ極めて、キースにワンツーフィニッシュ入れ損なって乱闘になったら、頭から抜けちゃったんだよ」

 友人の一人は記憶より酷いことになってたんだなぁ……と親友は思い出を修正しました。今度、酒を奢ろうか……とは、思いませんでしたけれど。

「さて。放棄と改正。どちらにしようか?」

「その子と再会したら?」

「……思い出は、美しいままが良いだろう」

 そう言うと、第一王子は妹と弟を置いて歩き出しました。準備することは、まだまだあります。

「ギル。机に合った幾つかの書類、この二人に割り振っておいてくれ」

 使える者は扱き使え──それが第一王子の信条です。その言葉に王女はイヤーッ! と悲鳴を、第三王子は肩を竦めました。

「どう考えても、兄上が王様向きですよね」

「むしろ裏方に回したら、洒落にならないかと」

「だからモテないのよーっ!」

 第一王子──マルコシアスは、彼等の言葉に苦笑するも、振り返ることはありませんでした。


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[一言] 政争の芽を事前に摘む第一王子。 この人を裏方にしてはいけないというのは、納得。
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