サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 7
「ねぇ、聞いた?」
花屋の娘が言う。
「えぇ、聞いたわ!」
肉屋の娘が頷いた。
「聞いた、聞いた!」
「アタシも聞いた!」
「しーっ、静かに、誰かに聞かれちゃうわ」
仕立て屋のお針子達も、パン屋の娘も、誰にもに聞かれないように注意して、姦しく口々に同意する。
王子が夜会で見初めた娘を探すために、家臣を引き連れてガラスの靴を履ける娘を探しているらしい。
最初は貴族の屋敷や、来賓の諸外国の外交官。
次は大きな商会や大金持ちのお家のお嬢さん。
そして、先日からはとうとう普通の市井の娘にまでガラスの靴は回されてきた。
「北の通りの屋敷に出稼ぎに来てた娘が、泣いてたってよ」
パン屋の娘がひそひそと話し始める。
「そりゃあそうよ」
花屋の娘が言いました。
「あの娘はお城のパーティーになんざ参加しちゃあいないんだ」
肉屋の娘も言いました。
「彼女は山の木こりの娘で、ちょうどその日は山麓の家族の所に……幼馴染の、いい人の元へ帰っていたのよ」
「しーっ! 静かに、声が大きいわ」
そしてお針子の娘達は、痛ましそうに視線を下げた。
「必死にご家来様に説明したのに、聞いちゃくれなかったって」
「ひどいわ」
「えぇ、本当にひどい」
「ひどい、ひどい」
「私らだってそうよ。誰一人、あんなパーティーになんか参加しちゃいないのに」
「なんで関係のないアタシらが、ねぇ?」
嫌だ嫌だ。
「お偉方の考えることは、ちょっと私らには分からないけど」
「きっと下々なんてのには、何したって構わないと思ってるのさ」
口々に言いながら、部屋に閉じこもっている顔馴染みの娘を思い、彼女達は明日は我が身と肩を寄せ合い震えて家路についた。
それに、ねぇ。
そうよ、そうよ。
おかしいわ!
ええ、えぇ、おかしい。
見初めた娘の身元がわからないなんて、そんなこと本当にあるのかしら?
だって、王子様に会いに、ああもう! 面倒くさい! ……つまり、わざわざ着飾って自信満々に王子を落とすつもりで、堂々と城なんざに行った娘なんでしょう? なんで釣り上げたお目当ての王子から身を隠すなんて真似してんのさ? 変じゃないか。
そうよね。その娘は一体何をしに、お城なんかに行ったのかしら?
さあね。とにかく、お花畑なその女も王子も……アタシらにとっちゃあどっちもどっち。ホント迷惑な話だね。
吐き捨てるようなその言葉は、誰にも拾われることもなく街の片隅で静かにレンガの小路に消えていった。
◇ ◇ ◇
「い、いくら大国の騎士団長殿とはいえ、失礼ではないですかな!」
お付の家臣がハルトアイスに噛み付くも、彼はハッと鼻で笑うとさらに王子を見下しながら言い捨てた。
「どちらがでしょうね? 権力を振りかざして、こんな人前で他人の恋人の足を晒すのは、恥知らずのすることではないと?」
「なにを! これは王子のお相手を探すためです! むしろ国民ならばこの名誉に喜んで足くらい……」
「黙れ」
「ヒッ」
ライラの肩をゆっくりと抱きながら、店内を心配顔で伺う街の娘たちに預ける。
「大丈夫?」
「ライラ、こっちよ!」
「アンタは恋人が間に合ったんだね、良かった!」
口々にライラを心配しながら優しく彼女を背にかばう娘たち。
娘たちや街の人々の王子一行を見やる目は、どれもひどく冷たい。
そんな彼女らを確認した後、そうして彼は口を開いた家臣に向かい底冷えする程の殺気を放った。
「喜んでだと? よくもそんな戯言を言えたものだな」
怒気を纏い、ゆっくり彼らに歩をすすめる。
パキリと砕けたガラスの欠片が靴底で砕けた悲鳴を上げるが、知ったことか。
「王家の不始末を娘たちに押しつけて、何が『名誉』だ」
すると軋むガラスの音に王子が顔を上げて食いついてきた。
「何をする! これは彼女を探すたった一つの手がかりだったのに!」
ハルトアイスが恐ろしくはないのか、はたまた恋に我を忘れているのか。
どちらにせよ、果敢に挑んでくる王子にハルトアイスは凶悪と評されそうな笑顔でニタリと嘲笑った。
「ほう? 唯一……ですか?」
「そうだ! あの人が残した……」
「はぁ」
わざとらしくため息を付くと、ハルトアイスはその美貌にあからさまな侮蔑を乗せて喚く王子に尋ねた。
「殿下はつまり、あれほど金を……国税を投じてまで行なった貴方のための夜会で、愚かにも肝心のお相手の素性すらまともに確認なさらなかった。と理解してよろしいですか?」
「……!」
「あれはお遊びの夜会ではない。皆、王子殿下のためだけに巨額の資金を掛けて馳せ参じた方々でしょう? なのに、目的の妃候補の素性どころか、名前、家名、年齢、何ひとつお尋ねにもならず、馬鹿の一つ覚えのようにクルクル楽しく踊っていらしたと。ははっ、おめでたいものですねぇ」
「そっ、それは! あれほどの姫君なら誰か家臣が知っているかと!」
「で? 結果はどうです。いや、言うまい。殿下は無知な子供ではないのです。誰かが知っている等と……寄り添うべき伴侶のみならず、付随する国政に対して責任を放棄してたも同然ですよ」
グッと唸る王子に、さらに冷たく言い放つ。
「彼女の髪の色は? 目の色は? 背丈は? ドレスの色やブランドは? 使っていた香水は? 仕草はどうでした? もちろん回収された招待状は確認をされたのですよね? 王子ならば、真っ先に彼女がどのような派閥に属するか気にはならなかったのですか?」
さらに冷え冷えとした視線が王子を射貫く。
「貴方が女と楽しく青臭いダンスするだけのために、あの夜会が開かれた訳ではないでしょうに。殿下はあの場ですべき最低限の義務すら放棄されたのですよ」




