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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
サンドリヨンは向こう三軒のずっと先

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サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 6

「へぇ。で? その後どうなの?」

 切り揃えられた髪を揺らし、知的な瞳の美少女がカウンターでライスコロッケを突きながら尋ねる。

「ご馳走は、ご近所さんたちと美味しくいただきました!」

「え、そうじゃなくて……」

「その成果が、このライスコロッケでっす!」


 チキンライスでチーズやベーコンを包み、カラッと揚げたアツアツの一品。

 高価なライスはあくまで薄く、具材を楽しむライスコロッケ。

 普通サイズは男性も嬉しい拳骨サイズ。

 レディースサイズは一口サイズと選べる嬉しさ。

 ソースはきのこクリームと、牛すじフォンドボーから選べる楽しさ。


「ええ、もちろん美味しいけど、そうじゃなくて」

「あ! もちろん他にもたーっくさん試作品があるのよ? ナディアちゃんはどれが……」

「そうじゃないったら! 彼とは! どうなったか! 聞いてるのっ!」

「えっ、えぇええぇ! ナディアちゃん、えぇぇぇ!」

 モジモジとエプロンを落ち着きなく弄ると、ライラはキョロキョロ視線を泳がせた。


 久しぶりにレストランの席に座るナディアもまた、この店に現れるお客の一人だ。

 ハルトアイスやキャシーと同じ国の出で、こちらは研究の息抜きのためにと長閑なこの国に足を運ぶ。

 かなりの才女らしく日々研究に勤しんでいるが、外野の煩さにたまにふらりと親戚のやもめとともに、この国に立ち寄るのだ。


 本人曰く『国としては未熟だけど、魔法や呪術に疎く気が楽だ』と言うことらしい。

 大きな国は、発展と共にその裏で権力や妬み、様々な柵や思惑が交差するのだろう。

 年若く才能に溢れる彼女が、静かに研究に打ち込むには少々息苦しく感じても仕方ない。


「大変ねぇ、お疲れさま!」

 いつも笑顔で迎え入れてくれるライラを、ナディアも大切に思っていた。

「キャシーさんに聞いたわよ? あれから話はどこまで進んでいるの?」

 パトロンの一人である侯爵家の令嬢が言うには、なんだかんだで二人は漸くくっついたらしい。


 翌日、律儀に靴とドレスを返しに来たライラを確保し、ニヤニヤ尋問に入ったキャシーを思い出す。

「キャシーちゃんたら……」

 浅からぬ縁がある厄介な男の顔を思い出し、頬杖を付きながら、ナディアが促す。


「あのね、もう少ししたら、ナディアちゃんたちの国に行くことになると思う」

「へー」

 でしょうね。

 あのパーティーから二週間、ライラに対してとことん過保護でマメなあの男のことだ。やっと手に入れた手中の珠を、他者に無頓着に見えて独占欲の強いあの男が、手元に置かないわけがない、と納得する。

「故郷で穀物や海産物のレシピ、こちらで六年酪農と山のレシピ、次は」

「コーヒーね」

「うん」


 レストランに欠かせない嗜好品は、これから一生かけて学びたい。

 各地を転々としたライラが、やっと腰を落ち着かせる場所を決めたのだ。

「帝都のレストランをね、ハルトアイスさんが紹介してくれるって。ファインって言うお店。以前、新聞で見てから、わたし大ファンで……一度行ってみたかったの」

 昼間は落ち着いたレストラン、夜は賑やかなパブになるそのお店。

「あら、その店なら私もキャシーさんたちも昼間の常連よ。ライラさんならすぐにまた看板娘ね」

 ご店主一人の店だけど、騎士団御用達テリトリーで安全だもの。

「へぇ。そうなんだ。それから甘い物は、引っ越した後にハルトアイスさんとデザートが評判のレストランやカフェ巡りをしようって相談してるの」

「あら、ご馳走さま」


 毎日届く手紙には、様々なことが書かれていた。

 あの日のパーティーのこと。

 ライラが憧れるレストランのこと。

 帝国には海があること。

 街の美味しいチョコレートのこと。

 自分の友人のこと。

 愛犬ジョンのこと。

 指輪が仕上がったこと。

 来週にはこちらに顔を出せること。

 帝都に来て、一緒に暮らしてほしいこと。

 ライラの両親に挨拶したいこと。

 結婚のこと、これからのこと、将来のこと。


 そして最後には必ず、君に会いたいと綴られている。


 ライラも毎日手紙を出した。

 片道四時間をどのようにしたのか、手紙はすぐに届くし、返事も驚くほど速い。


 あと一週間もすれば、ライラは迎えに来る恋人に手を引かれ、隣の国の人間になる。


 本国に一足先に帰ったキャシーも、レストランの店主や街の人たちも、名残を惜しみつつ揃ってライラを祝福し、来たるべき時まで、彼女は忙しくも幸せな日々を過ごしている。


 カランとドアベルを鳴らし、ナディアが店を出る。

 二週間前にはこの国には無かった違和感に、美しい眉をひそめ、そして高くそびえる城がある方向を一睨みして、フードを目深く被り国境に向けて足を進めた。


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