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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
サンドリヨンは向こう三軒のずっと先

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13/27

サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 4

 ハルトアイスはキャシーと同じく、ライラの勤めるレストランのお客様だ。


 初めて来店したのは五年前。

 公爵の孫娘であり、侯爵令嬢のキャシーの護衛として付いてきた。

 だから彼が、あの大国の騎士団に所属しているのは知っている。

 最初は護衛として、次に店のベルを鳴らしたのは仕事のついでだと言っていた。

 それが半年も経てば、私服で気軽に訪れる。

 多い時などは三日とあけず愛犬と共に足繁く店に通ってくる。

 最初は純粋に店を気に入ってくれたと思っていたが、さすがに鈍いライラにだって分かる。

 だってこの国と隣国の間には険しい山が跨り、馬で迂回路を使い四時間は掛かるのだから。


 だけど、ライラはそれに見ないふりをした。


 だって、大きな国の立派な騎士様だよ? 街の人が騒ぐくらい素敵な人だもん。着てる服も仕草も洗練されてて……もしかしたら、そう、もしかしたら彼は……お貴族様かもしれない。

 貴族ならこれくらい挨拶みたいなもので、普通で、世間知らずの田舎娘の馬鹿な自惚れが見せてる妄想かもしれない。


 ライラは店では気の良い看板娘を演じながら、適度に彼と距離を置いた。

 彼がお店に来ると嬉しい。

 博識で話題が豊富で、お話も楽しくて、笑顔も素敵だし、実はお料理も得意だったり、意外に好き嫌いがわかりやすくて、負けず嫌いだったり。

 何より一緒にいるととても幸せな気持ちになる。


 けれど、同じくらいライラは怖かった。

 彼が周りの客が呆れるくらいライラにアプローチしても、笑って誤魔化すくらいには。



「…………」

「ライラさん」

「……はい」

 再び手の皿に目を落としても、ハルトアイスは逃してくれそうにない。

 貴族のような装いに、フロックコートには沢山のエンブレムと階級章が付いている。

 自然と着こなすその姿に、ライラはやっぱり住む世界が違うんだと悲しくなった。

 付け焼き刃のマナーに、借りたドレスで場違いなお城に来てご飯を口いっぱいに食べる自分。


 キャシーや侍女さんは褒めてくれたけれど、ライラの気持ちは空気の抜けた風船のように萎んでいった。

 このまま萎んで、そこの木にでも引っ掛かってしまえばいい。

 ライラは悲しい気持ちになって、半ばヤケっぱちになった。


「ライラさん」

「あ、えっと、ハルトアイスさんはお、お仕事ですか?」

「いえ。違います」

 あはっ、あはははは……。

 乾いた笑いを気にも止めず、ハルトアイスはライラの手から皿を受け取りテーブルに置いた。


「なら、ハルトアイスさんもお客様で参加されてたんですね! あっ、だから会場が騒がしかったのかな?」

「いえ、俺の用事はこの庭だけです。エントランスホールやダンスホールは抜けていません」

「な、ならご飯食べますか? これとかとても美味しくて……!」

 テーブルの皿のテリーヌを指差すと、ハルトアイスは静かにその手を取った。

「結構です。俺はライラさんの料理の方が好きですから」

 サラッと宣うハルトアイスに、赤くなるやら青くなるやら、とうとうライラは蚊の鳴くような声で呟いた。

「そんな、そんなに簡単に……言わないでよ」

「なぜ? 俺、結構露骨に態度に出していたし、ライラさんだって本当は知ってただろ?」

 ライラの俯いた視線の先。


 彼がライラに差し出す手元には、白い絹製の袖口にエンブレムが彫り込まれた金とラピスラズリのカフス。仕立ての良い皺一つないコートの裾と、磨かれた曇り一つない革靴の先が見える。

「だって! だってハルトアイスさんは大きな国の立派な騎士様で、わ、私は町のただのウェイトレスで!」

 叫びながら顔を上げたライラが見たものは、情けなく眉を下げて、それでも嬉しそうに笑う男の顔だった。


「やっと俺を見た」

 客と看板娘ではない。

 今ここにいるライラは、下町で綿のエプロンを纏う看板娘ではなく、城のパーティーで絹のドレスを纏うフロイライン。


 奇しくも今夜の趣旨は、パートナーを見つけるための夜会なのだ。これほど男女の出会いにうってつけの場はない。

 ビクッと肩を震わせるライラを、ハルトアイスはゆっくり抱き寄せると彼女の耳に囁いた。

「フロイライン、どうか踊っていただけませんか」



 背後のメロディーがワルツを刻む。

「ライラさんは勘違いしてるみたいだけど、俺平民だから」

「う、嘘だぁ」

「ホント、ホント。うちの国はさ、一部はそりゃあ世襲制だけど、大国だからこそ優秀な人材は手順さえ踏めば騎士にも文官にも、宮廷魔道士にもなれる枠がちゃんとあるんだ」

 軽やかにライラの腰を支え、右足を進め彼女をリードする。

 ダンスなんて知らないライラでもハルトアイスのステップと、支えがあれば緩やかに身体が自然に動く。


「だって、なんかハルトアイスさん馴れてるし……」

 彼の自然すぎるエスコートが、ライラの小さな不安を揺らす。

「まさか! 今だってこんなにドキドキしてるのに! そのドレスも花も、俺が選んだ品じゃないのに、悔しいけどよく似合ってる」

 そう言いながらライラの腰を引き、胸に彼女を押し付ける。

「………うそだぁ」

 顔を上げられず、それでも真っ赤になった耳と首にハルトアイスは嬉しそうに続ける。


「騎士学校の授業であるんだよ。一般教養や儀礼の作法、ダンスも社交マナーも。俺たちは王宮や貴族の屋敷、他国との外交の場にも警護に入るし」

「ふわぁ。大変そう」

 計算や最低限のマナーは、こっそり兄から教わったが、幼い頃の教会での手習いくらいしか知らないライラにはため息しか出ない。

「それに、俺が一番踊ったのは授業だから……」

「?」

 不自然に言葉を切るハルトアイスに、ライラは顔を上げて彼を見た。


「つまり相手は、幼馴染や学友。ちなみに全員当たり前だけど……男だよ」

「ぶっ!」

 思わず吹き出したライラに

「しかも、女性パートも生徒が務めるから、パート決めの時は本気で戦争で。学食の賄賂やトランプにクジ引きは可愛い方。パート手決めの決闘にサーベル持ち出す奴までいたっけ」

 やれやれと遠い目のハルトアイスに、ライラはとうとう我慢できずに笑い出した。

「ちょっ、やだ! やめてハルトアイスさん! 私、これから町で騎士様に会ったらどうしたら……笑っちゃう!」

 右、左、右、ターン。

 ゆっくりゆっくり、しかし美しく。

 ライラのエナメルの靴がハルトアイスの靴を追い、軽やかにテラスの床を滑る。

 元々運動神経の良いライラは、リズム良くハルトアイスに導びかれながら学習し、三拍子の単調なステップを踏む。


「で? ハルトアイスさんは? じ、女性パートは」

「もちろん、断固拒否しました。そして、全戦全勝です」

「だと思った!」 

 弾けるような笑顔でライラが答えると、室内のメロディーがワルツの終わりを告げる。


「ライラさん」

 それと同時に、とうとうライラは視線をハルトアイスに絡め取られたように離せなくなる。

「俺は、そうやって笑ってくれるライラさんが好きです。ドレスでもエプロンでも、ライラさんだから好きなんです」

 ライラの手を離さず、胸元からそっとエンブレムを外すと、優しく彼女の髪を飾る可憐なコスモスに留める。

 そしてハルトアイスはその場に跪くと、真摯な瞳で彼女に告げた。


「帝国軍所属第一騎士団、第十八代近衛師団長エリオット=ハルトアイスです。ライラ=ハックベリーさん、是非このまま俺と一曲お相手願えませんか? そしてこれからも、俺とダンスを踊ってください」 

 ライラだって知っている。

 彼が発したその意味を。

 パーティーで男性がニ曲続けて女性にダンスに誘うのは、妻や婚約者に対してだけだということを。


 新しいメロディーが窓から漏れ出す。

 その一小節目が終わる頃、ライラはハルトアイスの腕の中で静かにワルツのステップを踏んでいた。


 この夜、ようやく二人は恋人としての歩みを一歩踏み出したのだ。


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