サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 3
王子のためのパーティーという銘があるためか、女性達はきらびやかを通り越してギラギラに着飾り、王座のある壇上を遠巻きに眺めている。
キャシーはさっさと国賓としての挨拶を済ませると、ライラと食事のあるスペースへ引き上げた。
格上の他国の貴族であるキャシーは、今回の趣旨の対象外でいられる。
格上の国の高位貴族の令嬢相手に、いかに王子殿下といえど選ぶ立場にはなり得ないのだ。
ダンスホールの壁際に設置された飲食スペースには、見栄を張ったお嬢様からは一切手を付けられることのない豪勢な料理が並ぶ。
立食スタイルなので、よほどのことがない限りマナーも外れることはなさそうだと、ライラも安心して心置きなく楽しんだ。
色とりどりのピクルスカナッペ。
森豚の生ハム、鴨肉のコンフィ。
猪肉の腸詰め。
数種のチーズの白パンのサンドイッチ。
スパイスとエシャロットの牛肉のタルタル。
上質の生クリームを使用した数種のレバーパテに川魚のフリット。
ウサギ肉ときのこのパイ。
マッシュポテトを詰めたローストチキン。
グレイビーソースのかかった分厚いローストビーフ。
ポークチョップと野菜のゼリー寄せ。
蒸し野菜を添えたボイル白ソーセージ。
なめらかなカボチャのポタージュ。
山葡萄やブラックベリーを初めとした山の果実酒。
山岳地帯に位置する国の料理は、王宮の繊細さを持ちつつ、地方色として山を切り開く重労働に従事してきた歴史から、味は濃い目かつボリュームがある。
ひと通り味わい、気に入った料理を皿に盛ると、二人はホールの喧騒を背にさっさとテラスに向けて会場を後にした。
誰もいない庭園に面した静かなテラス。
微かに後ろのパーティーの喧騒は聞こえるが、庭を支配する夜の静けさの方が強く感じる。
安心できる人の営みの音に、会話に困らない夜の静けさ。
仲の良い友人同士で夕飯をゆっくりいただくにはうってつけだ。
休憩用の椅子と小さなテーブルを陣取ると、二人は軽く果実酒で乾杯をした。
「うーん! おいひい!」
「ライラさんのお店とはまた違うわね」
幸せそうにハムや小さなミートパイを頬張るライラに、じゃがいもとチーズのオムレツを味わうキャシー。
「そりゃあ、そうよぉ!」
市井のレストランと王室、素材から比べるまでもない。
この国では生産できない輸入品の小麦をふんだんに使用した白パン一つでも、下町と王宮の差を表している。
「でも参考にはなった?」
「うん! ありがとうね、キャシーちゃん!」
元々、ライラは山間に位置するこの国の出身ではない。海に面した漁業と農業が盛んな国の海辺の街を故郷に持つ。
兄が大国の商会に働きに出た時に、ついでに愛猫と一緒に馬車に乗せてもらい、この酪農と林業の盛んな国に働きに出たのだ。
久しぶりに食べる故郷の小麦や米の味。
美味しいものが大好きなライラは、珍しい王宮料理を食し「いつか自分のお店を持ちたい」という夢に向かいまた一歩進んだのだ。
日々またこれ勉強である。
美味しい料理に、他国に比べ小さいながらもやはり美しい王城の庭園。
「作れそう?」
ふんわりした鱒のフリットから肉厚のローストビーフを咀嚼しながらキャシーが尋ねる。
キャシーの国ではローストビーフは、サシの脂が舌で溶けるくらい薄い方が高級とされるが、肉厚のこれはガッツリとした肉汁とバターのグレイビーソースと牛の赤身の旨味を感じる。
「さすがに完全再現は無理だけど、調理法やスパイスの組み合わせなら……それに、このお高いサフランライスをトマトとチキンにして、あとチーズを包んで……ああ、バロンにも食べさせたい! このベーコンチーズコロッケに故郷のカニを混ぜたら美味しいんじゃない⁉」
むむむ! と小さなライスコロッケとにらめっこしながら、コロッケの無限の可能性にライラが唸る。
ちなみに愛猫のバロンは拾った時から大のグルメで普通に人の食べ物が大好きだ。
一度、獣医に見せたが体調にまったく問題がなく、むしろ食事を味の薄い猫用に変えた途端にストライキを起こしライラの手を焼かせた。
「ところで、なーんかさっきから後ろが騒がしいわねぇ」
可愛くコロッケと見つめ合うライラを余所に、キャシーは怪訝そうに背後のダンスホールを睨みつけた。
程よい喧騒だったはずが、今は少し耳につく程に騒がしい。
女性客が多いせいか、楽団のメロディーに混じり甲高い悲鳴の様な声までする。
「王子様でも降りてきたんじない?」
「そっか、ダンスパーティーだったわね! 私ったらすっかり忘れてたわ!」
パーティーの趣旨をスポンと忘れていたキャシーが笑うと、ライラも「だよねぇ!」とイタズラな笑みを浮かべ再び二人は乾杯をした。
それからどれほど時が経ったのか。
月も随分上に登り、そろそろデザートかと二人が話しだした頃。
「ライラさん、キャシーさん」
「!」
びっくりして皿から顔を上げるライラ。
「やっときたわね」
「えっ、ちょ! き、キャシーちゃん⁉ なんで⁉」
ヤレヤレと声のした方にシタリ顔を向けるキャシー。
えっ、えっ⁉ えええ! と慌てるライラ。
微かな明かりに照らされた仄暗い庭園。
テラスと庭を繋ぐアーチ状の階段の袂。
そこには城の明かりと、ちょうど彼の頭上に登って来た月光に金髪を煌めかせ、長身に深いブルーのフロックコートを纏った麗人がこちらを見上げていた。
この国の様式ではない礼服を着込こみ、麗しい笑顔でライラを見つめるエリオット=ハルトアイスが仄かな明かりの元に静かに立っていた。
「じゃ、私はそろそろ失礼するわ。オリヴァーさんは?」
すっと左手を上げてキャシーは澄ましてハルトアイスに尋ねると、驚くライラを置いて皿を片手にヒールの音も高らかに颯爽と階段を下りハルトアイスに近づく。
「あちらを」
ハルトアイスが視線をやった中庭の噴水側には、キャシーに向けて控え目に手を上げる、涼し気な背の高い貴公子が佇んでいた。
「オリヴァーさぁーん! おかえりなさい! 怪我はないーっ⁉」
キャシーは先ほどまで被っていた令嬢の仮面を脱ぎ捨てて、階段の手摺から身を乗り出し恋する乙女の明るい笑顔でブンブン手を振り、皿をハルトアイスに押し付けて踊り場の階段から、照れたり慌てたり忙しい彼に向かって飛び出した。
「じゃ、ライラさん! またお店で! そのドレスは今夜の記念に差し上げましてよ? ハルトアイスさんは送り狼にはならない程度に、どうかこの後はよろしくお楽しみ遊ばせ!」
「では、失礼します」
ほほほ! と高笑いの後、キャシーは美しいカテーシーを披露しお嬢様らしく残された二人に挨拶する。
そして隣で礼儀正くきっちり頭を下げた恋人と仲良く手をつなぎ、庭園を突っ切り意気揚々と去って行った。
「えっ、ちょ! 待って、待って! きゃっ、キャシーちゃぁん⁉」
「ライラさん」
「えっ……むぐっ」
いつの間にか、足音もなく階段を登りきったハルトアイスが、にこやかにキャシーの皿から鳩のローストとウォッシュチーズが乗ったカナッペをヒョイと摘むと、ライラの口に突っ込んだ。
「ここからは俺が責任を持って、ライラさんをエスコートさせていただきますね」
ハルトアイスが親指でライラの唇のベリーソースを拭って舐めると、うっそり妖艶に微笑んだ。




