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シンデレラ奇譚  作者: 多部 好香
サンドリヨンは向こう三軒のずっと先

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サンドリヨンは向こう三軒のずっと先 2

「ね、お願い! ライラさん」

「えー」

「ほら! 美味しいご飯を食べに行くと思ってさ!」


 土地は小さく麦や稲作には向かないため、酪農や林業が盛んな山麓に位置する国の小さな町、森の入り口近くにある小さなレストラン。


 看板娘のライラは、カウンターからこちらを拝み倒す娘、キャシーからのお願いに困ったように口を尖らせた。

 国内外に多くの商会を持つ隣国の侯爵家ご令嬢で、こちらに別荘を持つキャシーは遊びに来るたびに寄ってくれる大切なお客様だ。

 ご令嬢らしからぬ行動力と気さくな性格もあり、時には友人と連れだってこんな下町の小さな店に来てくれる。


「ね? お城のパーティーだもの。美味しいものいっぱいよ!」

「うーん、その言葉には弱いなぁ」

 普段ならキャシーは友人や恋人を伴って参加するが、今回は気ままな一人旅をしていた。


 しかし、今朝方早馬で実家から家を代表して参加するようにと連絡が届いたのだ。

 そこでパートナーとして白羽の矢が立っ立ったのがライラだった。

 元々は国中の娘が招待されたパーティー。

 もちろん、ライラにも招待状は届いている。

 しかし王子殿下の結婚相手探しなど、上流階級の思惑であり、町娘のライラにはまったく興味も関係もない。  


 そもそも着るドレスも社交マナーもない。

 そんな無い無い尽くしの一夜のパーティーのために、年収より高いドレスや調度品を新調する気もない。

 従って、不参加を決めていたのだ。


 ライラと同じような考えの市井の娘は、正直多いだろう。

 キャシーの国に比べればこの国など、貴族の領土以下しかない。人より家畜の数のほうが多い、のんびりした田舎の国。

 そうでなければ国中の娘を城になど呼べるはずもないのだ。

 しかし、そこは腐っても国家。

 そこらの村祭りとは訳が違う。

 招待されたからといって一般市民が喜び勇んで出かけるには、やはりTPOという隔たりがあるのだから。


「お祖父様からも是非って! ね、ライラさん! ドレスも宝石も送り迎えも全部こちらに任せて! 現地ではバッチリ私がフォローするから」

 キャシーの祖父と言えば公爵様だ。

 こちらの方も気さくかつ豪気な方で、孫娘とともにお忍びで、または気の合う仲間内での余興や遠乗り、狩猟期にはハンティングのお供にわざわざ食事や飲み物のデリバリーなどを店に頼んでくれる。

 そのお祖父様からの頼みとあると断りづらい。


 それにライラとて女性として、キラキラしたお城や流行の最先端のドレスは気になる。

「でも〜」  

「お願い! じゃないとエスコートにこの国の貴族を斡旋されちゃう!」

 キャシーは自国に仲睦まじい恋人がいるが、北部辺境伯領でスタンピードが発生したため、登録しているギルドから緊急討伐の依頼を受け、発生エリアへ派遣されて留守なのだ。

 こういう場面で斡旋される貴族は、キャシーを嫁取りまたは婿入りし、その実家から甘い汁を啜りたいだけのロクデナシというのが定番だ。全力で回避したい。

 どうせ参加しなければならないなら、すでに招待状がある上、気心のしれた相手が良い。


「大丈夫! ちゃんと食事を食べられるようにコルセットフリーの最新のドレスを取り寄せたの! 安心して!」

 ウィンクと共に発せられたその一言に、ライラはとうとう陥落したのだ。




 門番に招待状を渡し、馬車が静かに緩いカーブの階段の前に停まる。

 階段を登りホールに足を踏み入れればキラキラ光るシャンデリアに、壁を飾るステンドグラス。

 床には国の特産品の毛足の長い織物絨毯。

 廊下や室内に数多飾られた金の燭台やテラスの外灯に、盛りは過ぎたためやや花数は少ないが色味の深い落ち着いた秋薔薇。


 レモンイエローのエンパイアドレスを纏ったライラは、深い赤に金糸刺繍のマーメイドドレスに深いピジョンブラッドのルビーのネックレスやイヤリングを着こなすキャシーと連れ立ちエントランスホールを進んだ。

 キャシーに宝石も薦められたが、侯爵家のビックリするほど大きなサファイアやトパーズ、彫刻が施されて複雑に輝くアメトリンを前に震え上がりながらブンブン首を横に振った。


 着せられたドレスは、ライラが今まで見たことすらない上質な物で、肌触りはまるでひんやりとしたすべやかな若草のようで。

 さすが、キャシーが豪語するドレスはシンプルながら品の良いデザインで、ライラはドキドキしながらキャシーの侍女に支度をしてもらった。

「今はまだプリンセスラインやベルラインが主流かと存じますが、これからはこのようにすっきりとしたシルエットが流行りますのよ」

 宝飾品を辞退したライラに、それならばと侯爵家の花壇に咲く瑞々しい季節の生花を飾りつけてゆく侍女がテキパキと手を動かしながら朗らかに告げる。


 侯爵家の別荘には、丁寧に手入れされ丹精込めた花々が咲き誇っている。

 髪にはコスモスをベースに、アクセントに薄紫や白の桔梗やリンドウ、七色のノブドウ等を編み込み、黒いベルベットのリボンで首を飾る。

 胸元にも可憐な花のコサージュを。

 耳元だけは自前の小さな一粒真珠のイヤリングを着ければ、鏡の中には立派な令嬢が立っていた。


「素敵よ、ライラさん!」

「えぇ、えぇ! お嬢様! まさに妖精のごとく愛らしゅうございますよ」

 手を叩いて喜ぶキャシーと、ふんす! とやりきった感で胸を張る侍女にライラは「ふへへ」と照れながら礼を返した。


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