ころころサンドリヨン 1
とある刻、とある国、とある街の片隅に、シンデレラと呼ばれ──てはいませんが、ことあるごとに灰かぶりな娘がおりました。くりっとした目につるりと丸いおでこが特徴的、一見未成年者と見間違うほどのロリ顔ですが、中々立派な成人女性です。残念ながら、色気と胸はまだ成長途中ですが──娘は今日も、屋敷の片隅で灰まみれになっていました。
「ミリアナー? ちょっと買い物に……」
「んぐっ⁉ アマンダ姉さん!」
暖炉の前で蹲っていた娘──ミリアナを見付けたのは、義理の姉の一人アマンダでした。
「ミリアナっ! アンタまたっ!」
アマンダは、ミリアナをひと目見るなり睨み付けて来ました。
「……摘まみ食いしたわね」
「し、してないです」
むぎゅ~っ!
「この頬っぺたに付いてるのは、何!」
「ひたひれすっ⁉ ほへぇしゃま!(痛いです⁉ お姉様!)」
「また芋! さらに芋! 夕飯前は止めなさいって、何時も言ってるでしょ!」
ぐうぅぅ。
「お腹の音で言い訳しない!」
ミリアナは、幼い頃から食欲旺盛で、家族の隙を見ては人気のないゲストルームの暖炉で芋を焼いて食べていたのです。今でこそそれなりにほっそりした体型ですが、幼い頃はころころ、まるまる、ぷにぷに、と形容される外見だったのです。
「アンタ、今晩のメインディッシュとデザートは抜き! サラダだけ食べてなさい!」
「ちょ……御無体なっ⁉」
「アマンダ姉さん。ミリアナちゃん見つかっ──また?」
「ルナリア。今晩のミリアナ、サラダオンリーだから」
「ごめんなさい! それだけは! それだけはご勘弁を!」
「せめて、増々にしたげるわ」
「アマンダ姉さんの鬼ぃー! 私のお肉を寄越せー!」
「飯抜き決定ね」
「無理! 死んじゃう!」
ミリアナの今日が在るのは、家族の努力の賜物でした。
「まぁまぁ、アマンダ姉さん。それじゃあさすがに可哀想よ」
「ルナリアは、ミリアナに甘過ぎなの」
「ミリアナちゃんは、働き者だもの。お腹だって空くのも仕方がないわよね」
「ルナリア姉さん……」
「だから買い物をして、さっき食べた分を消費すれば問題ないわ」
もう一人の義理の姉、ルナリアは、にっこり微笑むと買い物籠をミリアナに手渡します。中には、メモ用紙が入っているようです。
「大至急お願いね。寄り道しては駄目よ。ましてや買い食いしたり、お母様が帰ってくるまでに戻って来なかったりしたら……」
「したら?」
「一週間おやつ抜きね」
「ミリアナ、いっきまーす!」
ダッ! と、勢い良く出掛けて行ったミリアナを、ルナリアは手を振って送り出しました。
「ルナリア……アンタ、本当ミリアナを使うの上手いわよね」
「可愛い義妹の健康を心配しているだけよ。姉さんと一緒♪」
灰被りの娘は、それなりに可愛がられていました。
灰被りの娘には、四人の家族が居ました。二人の義姉と継母と年の離れた実兄です。兄は、娘が少女だった頃に王都に働きに出てしまい、現在の屋敷には女ばかりが四人で暮らしています。
今では近所でも仲良しと評判の家族ですが、兄が家を出た直後は、継母たちが財産を独り占めするために兄を追い出したと誤解されていた頃がありました。娘の実父が亡くなって、間が無かったせいでしょう。
もちろんそんな事実はありません。むしろ継母たちを信頼していたからこそ、兄は家を出たのです。妹たちを養うため、屋敷を維持するためには必要だったのです。
誤解は一時でしたが、思えば継母が義姉を連れて父と再婚した頃から良くない噂はありました。
「ただいま。……あら? ミリアナはダイエットを始めたの? それなら、食事制限も加えた方が効果的よ」
「お願いだから、私からご飯を取らないでぇぇ」
汗だくで肩で息をするミリアナを横目で見下ろす継母は、艶やかな波を描く金髪に宝石の煌めきにも負けない瞳、潤う唇は形良く、漂う香りは気高き薔薇の如く。メリハリの効いたボディーラインを確かにするのは、豊かな胸と括れた腰にしなやかに伸びた脚──。
……噂が囁かれるのも無理はなかったかもしれません。どう見ても年頃の娘を持つ母親ではなく、蠱惑的な絶世のセクシー美女です。遺産狙いと思われても仕方のない美貌の持ち主です。
実際、義理の姉たちも継母の実の娘では在りませんでした。
しかしいつしか誤解は溶け、仲良し母子と受け入れられ──現在は、仲良し四姉妹と間違えているご近所さんもいるかもしれません。
「ダイエットじゃなくてペナルティーよ。ペ・ナ・ル・ティー!」
「頑張ったわねミリアナちゃん。ギリお母様より速かったわね」
「そっ。随分走ったみたいね。冷えたシャンパンが美味しいんじゃない? 私は『赤』お願いね」
「お肉ちっさっ⁉」
「サラダを食べなさい。お母様、明日は早いんだから飲み過ぎないでくださいね」
「『赤』ね。私が、グラスで持ってくるわ。アマンダ姉さんはシャンパン? ミリアナちゃんは、お冷やね。もう少ししたら舞踏会なんだから、やっぱりちょっとはダイエットしましょ」
今夜も賑やかな晩餐です。
家で家事をしているミリアナと違い、二人の義姉と継母──フェリシアは外に働きに出ているので、夕食の席で三人は、ミリアナに様々な話を聞かせてくれます。
最近の話題は建国祭に尽きます。何せ今年は、十年に一度の特別な建国祭なのです。
「折角のドレスが入らないなんて……笑うわよ。ミリアナ」
「お母様……酷い」
「まぁまぁ。ミリアナちゃんも楽しみにしてるでしょう」
「ふん。舞踏会の何が良いんだか」
建国祭の舞踏会は、国王主催の舞踏会です。本来は、ある程度高位な貴族しか招かれられません。
ミリアナの家は、庶民です。
ですが今年の舞踏会は、ドレスコードやテーブルマナー等の規則を守れば、庶民でも参加することができるのです。
国民は皆、この日のために準備をしています。
ミリアナもそうです。
言葉遣いや行儀作法を学び、ダンスを習いました。とりわけドレスは、古着屋で買った年代物のドレスを、時間を掛けて手直ししたのです。
行けなくなったなど、あってはならないのです。ありたくもないのです。
「ステーキ、ローストビーフ、フォアグラ、キャビア、トリュフ、寿司、フカヒレスープ……に忘れていけないスイーツの数々!」
「花より団子ねぇ……」
「良いわねぇミリアナは。私は、接待で終わりそうよ」
「そんなの適当に切り上げて、楽しんだら? 今年は第一王子の花嫁探しにも力を入れてるから、それ目当ての娘を狙った男共も多いんじゃない?」
「結構です。って言うか、あんな王子に嫁なんて見つかるワケないんだから、下の王子に王位継承権さっさと譲れば良いのよ」
「うちの第一王子って、ハイスペックイケメンだって有名でしょう。毎日馬車一両分のラブレターが届くらしいって聞いてるわよ。ただの噂だけど」
「まあ、顔と能力は良いんじゃない? 私は遠慮するけど」
「フンッ。顔と実力があるからって、イイ気になってんじゃないわよ」
前言撤回します。一部の国民には、舞踏会を重要視しない者もおります。
国中の娘たちにとって高嶺の花の王子も、娘全員が恋い焦がれている訳ではないようでした。
継母と長女が、王子に対してかなり辛辣なのは気になるところです。
「ミリアナ、ルナリア。第一王子には近付かないこと。良いわね!」
「さすがに王子様は、恐れ多いわよ。でもお城仕えの男性には興味あるかな」
「私なんか、目にも映らないわよ」
「ミリアナは気を付けた方が良いかも知れないわね」
「いや、だからお母様……」
「貴女、偶に変なのに気に入られることあるから……」
「「ああっ!」」
「それ、私にも失礼だけど王子様にはもっと失礼だからね!」
──指折り数える舞踏会は、もう間もなくでした。