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冤罪で断罪された令嬢は旅をする  作者: 月森香苗


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05 帝国軍人に招かれた場所

 帝国軍人に連れられて来た軍本拠地は、まさにティナとアヴィが今日中に辿り着きたいと思っていた町の直ぐ近くに構えられていた。山の麓は山道に近い場所に町はあるが少し離れると何もなくなる。そこに本拠地を作り、交代で山道を監視する軍人が巡回するそうだ。

 最初にティナ達を呼び止めた二人の内、壮年の男性はハーヴィン、若い男性はマリオンと名乗った。ハーヴィンはこの本拠地にいる軍人の中でも上の役に就いているそうで、今日は偶然巡回に同行したらしい。


「ここから王都までは馬車で10日程。早馬で5日ほどですが、連絡鳥を使えば1日で情報が送れます。クレメンティナ嬢をこちらで保護したこと、ミスティリアリア様に連絡させていただきます」

「よろしくお願いします」


 本拠地の中でも司令部扱いになっている建物に案内される合間にハーヴィンにそう言われ、ティナは当然だろうと思った。ミスティア王妃がティナを探していた。その命令は未だに解除されていない。だから報告の義務はある。

 王妃がティナを探していた理由は推測でしかないが、唯一彼女だけがクレメンティナを守ろうとしてくれていた。悪意が広まる中で講義以外の時間は常に王妃と共にいた。家族に恵まれなかったクレメンティナが母のように慕ったのは王妃だ。人形のように心を封じ込め壊れかけていたクレメンティナの傍に寄り添ってくれた人。

 政略で嫁いできた王妃は帝国が誇る美しく賢い王女で、彼女の輿入れに際し国王と同等の権威を有することを認めさせていた。皇帝をして手放すのを躊躇ったほどの優秀な王女であった王妃はその権力を行使することはしなかった。

 王妃とのささやかなお茶の時間、クレメンティナは王妃から大陸でも国力を有しているわけでもないアドトレドに何故嫁いだのかを聞いたことがある。他にも多くの王族が求婚したという話は聞いたことがある。

 皇帝は国内の有力貴族に降嫁させるつもりだったそうだ。しかし、王妃はどうせならば毒にも薬にもならない国を大陸で一番の豊かさにしてみたいと思ってこの国を選んだそうだ。

 もっとも、その後に続いた言葉は『毒に塗れた国でしたけれどもね』だったが。王が無能なのは許されても、臣下が無能なのは問題がある。足りないところがあるならば補えば何とでもなるが、その補う臣下の大半が問題ばかりで、使える人材は少ない。更に王子は無能を通り越して問題ばかり。何時の日かこの国は危険にさらされることになるかも、と囁いた王妃。

 未来を見通すと言われるほど何手も先を読む王妃は、どこまでこの事態を想定していたのだろうか。

 現在捕らえられているという国王と王子を前に、王妃はこの国をどのようにしようと思っているのだろう。


 客間に案内されたティナとアヴィはそれぞれの部屋に入る。荷物は既に運び入れられているが、寛ぐには少々家具が高級である。汚れを落とさないと座ることも躊躇ってしまう。

 湯を貰えないかと悩んでいると、扉が軽く叩かれ、静かに開く。エプロンドレス姿の女性が二人。メイドが静かに入室すると丁重な挨拶を受ける。


「ハーヴィン副将軍より、クレメンティナ様のお世話をさせていただくことになりました。私はアリと申します」

「私はマリと申します。よろしくお願いいたします」

「あ、あの。私は既に平民でして」

「その件に関しましては、ハーヴィン副将軍より貴族の御令嬢と同じように、と命じられております。ご容赦下さい」


 ハーヴィンが副将軍であることに驚き、貴族令嬢として扱われることに驚く。無表情のアリに対し隣に立つマリは笑顔でティナに近付いてきた。


「まずは湯浴みを致しましょう!」


 部屋には浴室があり、そこでティナは数年ぶりに貴族令嬢の入浴をした。体の隅から隅まで徹底的に汚れを落とされ、それこそ垢もこそぎ落とされた。髪の毛も汚れ落としだけでなく傷んだ髪に艶を与える花油をつけられたりした。湯から出ると濡れても大丈夫な寝台に横になり、マッサージをされる。五年間放っておいた体の筋肉を解していく中で、傷口を見た彼女たちの僅かな沈黙に申し訳なさを感じる。

 貴族の令嬢に存在していたならば世を儚むだろう傷をティナを恥だとは思っていない。彼女が生き抜いた証だからだ。


 薄汚れていた肌は艶やかにしっとりと、髪の毛も痛みなど感じさせない。急遽用意したであろうドレスは、ゆったりとしたデザインでコルセットの要らないロングワンピース。短い髪の毛の毛先を多少整えてもらって久しぶりに見た鏡。

 顔つきはすっかり昔と変わっているし、肌も真っ白ではない。髪の毛と目の色は変わらないが、あの時のティナを知る人は同一人物と思わないのではないだろうか。

 髪の毛をどうにか纏めて飾りを沢山付けることで短さを感じさせないテクニックはさすがだとしか言いようがない。

 貴族令嬢らしい服装をしたいとは思えない。締め付けられない開放感を知ってしまうとコルセットが憎らしい。歩く事にもなれた足は折れそうなほどの細さとはかけ離れている。

 いっそのこと平民として扱ってほしい。脹脛丈のワンピースにブーツの方が余程居心地がいいだろうに。


「お食事の用意が整っておりますのでご案内いたします」

「ええ。よろしく」


 アリに案内された場所は小さな食堂。既にハーヴィンとアヴィが席についており何やら会話をしていたようだ。よく考えれば、帝国、アドトレド、ネノモという三つの国の人間が集まっている。アドトレドの北東に強大な帝国が、幾つかの国を挟んで南にネノモがある。

 食事も文化も何もかもが異なる国が集まる場合、作法は帝国に寄せることになる。

 入室したティナに気付いたアヴィがハーヴィンに断りを入れて近寄り、手を差し出す。貴族の礼儀の一つ。椅子に座る時も女性は自分で椅子を引かない。長テーブルの最奥に座るのがハーヴィンで入り口から見て左側の席にアヴィが座っていたので、その対面に準備されている席がティナの場所なのだろう。

 そちらに案内されティナが座ったことを確認するとアヴィが席に戻り椅子に座る。


「本来なら一皿ずつの提供としたいのだが、込み入った話をしたいので、全て揃えさせてもらいたい」

「ええ、構いません」


 ハーヴィンがティナに顔を向けて言うのでそれに対して軽く微笑みながら答える。大皿から取り分けるのにも慣れたティナからすれば、一気に料理が並ぶことくらい些細なことだ。毒見も何もない酒場での食事は温かく美味しくて、貴族の冷めた料理がどれだけわびしいのかを思い出してしまった。

 出来立ての料理から立ち上る食欲をそそる匂い。高級な食材など一切使われていないのに、口の中に放り込めば熱さと共に溢れ出す肉汁などの旨味。喉を通り過ぎる時のスープの熱は腹をじわりと温めてくれた。そんな生活をしていたせいか、貴族らしく綺麗に整えられた少量の料理に物足りなさを感じる。

 無論、料理人は丁寧に作ってくれているし、美しさは見事だ。食材の切り方一つにしても見た目の美しさを最優先していると思うし、皿の選び方も料理をより美味しそうに見せている。味付けだって高級な食材をふんだんに取り入れているだろう。

 かつてのクレメンティナであればそれが普通だと思っていただろう。だが、ティナは木皿に盛られるありふれた家庭料理の美味しさを知っている。酒場の安い酒と揚げ物の組み合わせの妙を知っている。取れたての野菜の汚れを水で落とし、そのまま齧り付いた時の甘さを知っている。

 貴族の生活はもう出来ない。

 美しい外見を保つ為の美容も、ドレスも、料理も、偶にならいいけれども毎日は無理だ。

 柔らかくふわふわとした白パンは美味しい。でも、少し硬い黒パンをスープに付けてふやかしながら食べる方が好きになった。

 沈黙の中でただ料理を口に放り込むよりも、焚火を囲み喋りながら簡単に作った料理を食べる方が良い。

 貴族としての責任を謳いながら領民を虐げ税を貪る貴族よりも、気ままに旅をする自由を知った冒険者の生活に慣れた。


 五年前に強制的に奪われた日常。そこから得られた多くのあらゆる出来事。

 家族の顔はもう朧気だ。彼らだってティナのことなどどうでも良いと思っているだろう。

 誰も彼もが自分のことしか考えておらず、愛人をそれぞれに囲った両親も、自分の理想を押し付けた祖母も、自分たちは自由にしたのにティナにだけ自由を許さなかった。自分勝手な人間たちの血筋をティナだって持っている。だから貴族が捕縛される中で彼らの助命を願うなんてことは、しない。自分たちが領民を犠牲にして自由を満喫していたのだから自分たちで責任を取るべきだ。


「ミスティリアリア様は王族と貴族の大半を粛正し、真っ当な国づくりを望んでいるのです」

「帝国の属国になるということでしょうか」

「ええ。王家は一度途絶えます。子供を除いたすべての王族は処刑。子供は帝国に一度身を預け、相性を見て帝国貴族の養子に入ります。ミスティリアリア様を女王にし、真っ当なアドトレドの貴族を中心とした議会にします。重税を課していた領主たちも当然ですが処刑対象です。領民に善き領主と認められた領主はそのまま据え置きとなります」

「領主のいない土地を一度王領として、残った貴族で適切に分配する感じですか?」

「そうなります。爵位の見直しも行われます。真っ当な功績もないのに上位貴族であったり、堅実な功績を残しているのに気に入らないと下位貴族のままであったりと不当な爵位が多すぎました。ですので、ミスティリアリア様は全てを見直すつもりです」

「それをされている間の国の防衛はどのようにするおつもりなのでしょう」

「国境付近を帝国軍人が警備します。また、三辺境伯はそのまま残留となるので、防衛面での心配はあまりありません」

「そうですよね。辺境伯様方は、王家に阿ることはありませんでしたし」


 クレメンティナの頃に何度か顔を合わせた三つの辺境伯領の当主達は誰もが王家に対しての不信感を抱いていた。国に忠誠を誓うが王家に忠誠を誓わない辺境伯達として有名であったが、きっと国王も王子も何も気にしていなかっただろう。帝国が順当に王国を侵略する為には間違いなく東の辺境伯が協力している。あの地域を突破しないと王国への進軍は無理だ。

 辺境伯が協力すれば、王国が陥落するのも簡単になる。ミスティリアリアが女王になり国が残るのであれば、彼らは首の挿げ替えを咎めない。王国への忠誠とはそういうことだ。


「ミスティリアリア様より返答が来るまではどうぞこの本拠地でお過ごしください」

「外出は出来ますか?」

「護衛を付けさせてもらえるのであれば構いません」

「わかりました。アヴィ、麓町のギルドに顔を出したいからついてきてもらっていい?」

「勿論」


 食事が終わり、部屋に戻る。客間は数が少ないらしく、隣同士に配置されているが宿でも同じようなものだったので気にならない。これが高位貴族であれば未婚の男女が隣同士の部屋などあり得ないと叫ぶのだろうな、と思いながらティナはアリとマリの手によって寝支度を整えられる。

 ゆったりとした少し厚めの夜着。髪の毛はおろし、化粧も何もしていない。アリとマリにはもう寝る、と告げると二人は静かに出ていく。漸く一人になれた。気心の知れたアヴィと二人ならさほど気にしないが、知らない人ばかりの中で常に誰かがいて息苦しかった。

 アリとマリを部屋から出すために寝台に横になっていたが起き上がるとルームシューズを履き、そっとカーテンを開く。月が美しい夜は燭台がなくても十分な光が差し込む。ソファに腰かけ、そこから横にぽすんと倒れ込む。クッションが頭を支えてくれるので痛みはない。


 何の為にこの国に来ようと思ったのか、段々と分からなくなってきた。

 祖国が滅亡しかけてると聞いて、でも実際は祖国の名は残ると知った。

 家族は処刑される。生きていれば、祖母も両親も、彼らの愛人も、その間に生まれている子供も。

 クレメンティナであった頃からブレガ侯爵家は領民を虐げていたし、重税を課していた。知っていたけれども何も出来なかった。


 悲しいとは思わない。思えない。罪のない平民の為に、彼らは速やかに処刑されるべきだと思う。

 ティナがこの国に戻ってきたのは、ニーナと王妃の無事を確認するため。王妃の無事は分かったから、ニーナがどうしているのかわかれば、ティナはこれまでと同じ冒険者としての生活に戻る。

 不意に脳裏に思い浮かぶのは、旅をするティナの隣にアヴィがいる光景。


 すとん、と心の波が穏やかになる。

 なんだ、一緒に居る未来を考えるということは、そういうことなのだろう。


 ふわふわとする気持が次第に眠気を生み出し、ソファに転がりながらティナはゆっくりを瞼を閉じた。

地の文で、クレメンティナになっている時は貴族の彼女、ティナの時は平民になり冒険者をしている彼女というようにしています。ややこしいですが間違いではないのでご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全ての辺境伯が王家に不信を抱いており、王妃が王家も含めた腐敗貴族の一掃を決意し、結託して帝国を招き入れた訳だ 生き残れる貴族家の中にも子息令嬢がクレメンティナの冤罪作りに加担してたのが居て…
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