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03 冒険者の男と夕食を共にする

 風呂から上がり服を着ると洗濯場へ周り汚れた服を洗う。報酬を得るようになってお金に困ることは少なくなり、定期的に服を買うことも出来るようになったものの、頻繁に買い替えることはしない。使えなくなるまで使い、どうにもならなくなると端切れにしてそれぞれの用途に。下着などは処分する。貴族であったころには何も思わなかった、服一枚の大事さ。

 何処かの町で購入した石鹸で丁寧に汚れを落とすと水ですすぎ、しっかりと絞る。それらを持って部屋に戻り、ロープに服を掛けると弱い風魔法に火の魔法を合わせて温風を作り服に当てる。完全に乾く必要はなくて、水が落ちない程度になったところで止める。一晩経過すると完全に乾いているだろう。

 それらの作業が終わる頃にはすっかり太陽も落ちようとしている頃だった。

 外に出る為の荷物を小さな鞄に入れると部屋を出てしっかりと鍵を掛ける。隣の部屋の扉を数度ノックすると、部屋からアヴィが出てきた。髪の毛に寝癖がついているので仮眠でも取ったのだろうが、表情は起きていました、のように取り繕っているから面白い。


「お待たせアヴィ」

「いや、大丈夫だ。へぇ、珍しい」

「何が?」

「女物の服」

「アヴィがいるし、いいかなって」


 女一人なら警戒するが、アヴィがいれば声を掛けてくるような不審者はいない。その為、余り袖を通す事はないワンピースにブーツを履いている。仕事によっては女でなければならないものもあり、その時の為に用意しているワンピースの内の一着。大抵は男物の中で女物の服は着る回数も少ないため買い替えることもあまりなく、流行ではないが外しもしないものを選んでいる。

 淡い水色のワンピースのスカート部分をつまむと、似合わないかなぁと零すティナにアヴィは苦笑する。


「似合ってるから。じゃあ行くか」

「うん」


 宿屋を出ると数件ある飲食店の内、複数の国の料理を出す店を選ぶ。ティナはどちらかというと辛い物が苦手で、アヴィは辛い物が好きなのでこうしていろんな国の料理を出す店だと外れがない。

 店内に客はまだ少ない。カーテンで仕切るタイプの半個室もある、ということでそちらに案内してもらうと幾つかの料理を選んで注文する。料理が全て到着したところでカーテンを閉めると、二人は酒の入った杯を手に乾杯をする。

 料理を堪能しながら合間に会話をするのだが、やはり話題はアドトレド国の話になる。


「ティナはアドトレドをどう思ってるんだ?」

「そうだなぁ……複雑なんだよね」

「どういうところが?」

「ねえ、アヴィは私の生まれをどう思ってる?」


 冒険者のことを探らないのが基本だが、自分で言うのは問題がない。だけど、ティナは自分の過去を告げることに少しばかりためらいがある。でもあの国に行くならば、伝えておかなければならないこともある。


「貴族の生まれだと思ってる。所々で平民とは思えない所作が出てるんだよな」

「そっか。まあ、生まれてからずっとそういう育ちをしてたら抜けにくいよね。まあ、その通り貴族の生まれだったんだよね」


 両親は不仲で、父方の祖母が虐待にも似た教育を施したこと。

 王子の婚約者だったが、悪評を広められ、挙句に不貞を働かれて一方的に婚約を破棄されたこと。

 両親も祖母も見捨てて家を追い出されたこと。

 専属侍女の機転でどうにか鞄一つは持ち出せたこと。

 ジオムンナ商会のニーナという女性が助けてくれたこと。

 王妃だけは常に気に掛けてくれたこと。


 複雑な気持ちだった。家族も誰も彼も助けてくれなかったのに、他国から嫁いできた王妃や平民であるニーナや商会の隊商の人たちが助けてくれた。


「正直ね、婚約者の王子の名前なんか覚えてないし、顔も朧気だし、何なら私の周りにいた貴族の人たちも覚えてないの。でもね、王妃様のことは覚えてるし、ニーナさんのことは絶対に忘れない。私はね、王妃様に会いたい。家族はどうでもいい。でもね、王妃様に私は生きてます、って伝えたい。私を助けてくれたニーナさんを助けたい。私を助けてくれた人を助けたい。だから、アドトレドに行きたい」

「じゃあ、行くか」

「うん。え、アヴィも?」

「当たり前だろ。一人で行かせるんなら合流なんてしないって」

「護衛として? 契約書作る?」

「いらねぇよ。どっちかっつーと、恋仲として行きたいと思ってる」

「え?」


 唐突な告白。今まで一度もそんな空気を出したことなど無かった。しかし、アヴィがティナを見つめる今の目には、今までと違う感情がしっかりと乗っている。ティナは恋愛感情に疎い方だと思っているが、それでもこれまで何度か同じような目で見られたことがある。真剣に告白されたこともある。それらを断って旅を続けていた。


「何時から?」

「お前の背中に傷がついた時から」

「……四年以上も前から?」

「ああ」

「でも、そんなそぶりなかった」

「お前が一人で生きるって決めてたから、応援しようと思ったんだ。でも、久しぶりに再会したら我慢できなくなった」


 机の上に置いていた手に、大きな手が伸びて触れる。手の甲を指がなぞり、ぞくぞくとしてしまう。人に触れられるのは好きではない。出来るならば触られてほしくもない。だけどアヴィの手は嫌ではない。傷付けるためではなく、守ってくれる為の手だと知っているから。


「好きなんだ」


 声に込められている感情と目から伝えられる感情は、どちらも同じもの。じわじわと顔に熱が集まってくる。ティナにとってアヴィは安心出来る場所だった。好きか嫌いかと聞かれたら好きだと断言できる。でもそれは、アヴィが自分に向けてくれるものと同じものなのか。


「アヴィと、同じだけの気持ちを返せるかわかんないよ」

「知ってる。でも、俺はそれでいいと思う。気持ち悪いとか、思わない?」

「それはない。アヴィを気持ち悪いなんて思ったことはないよ」

「だったら少しでも考えてくれたら嬉しい」

「うん。ありがとう」


 嫌悪感はない。それどころか、嬉しいという気持ちがぽこぽこと心の水面に浮き出てくる。

 アヴィとパーティーを組んでいる時、アヴィはティナを女扱いはしなかった。でも雑に扱うわけでもなかった。ちゃんと一人の人間として尊重してくれてた。多少過保護ではあったが。それが好意によるものだと思えば、嬉しくて、嬉しくて。

 食事が終わり宿までの道、そっと差し出された手に手を重ねる。大きな手の中に包まれる小さなティナの手。温かくて。


 じわり、じわり。


 すっかり夜になった外は、旅人や冒険者が行き交っている。その中を手を繋いで歩く二人に注視する人間なんていやしない。

 どこに行こうか。酒が美味いぞ。こっちの店においでよ。

 色んな声が聞こえる中をゆっくりと歩く。背の高いアヴィを見上げれば、アヴィがティナを見下ろして笑う。ほんの少し赤く見えるのは気のせいか、気のせいじゃないか。


 宿屋について部屋を別れ、ティナは服を簡素なワンピースの夜着にかえて、ベッドに横になる。好きだと言われた。あの言葉に嘘はないと思う。態々だます必要なんて、アヴィには無い。元は貴族であっても今は平民として、それどころか冒険者ギルドの発行するギルドカードしか身分を証明するものの無いティナは誰よりも不安定な存在。

 アヴィは必要な嘘は吐くけど、基本的に嘘を吐くよりは何も言わないで誤魔化すほうが多い。だからきっと、信用していい。


 久しぶりのベッドの布団はふかふかとは言い難いが、野宿をしている時よりも断然上等の寝具で、ティナはすぐに寝入ってしまう。隣の部屋でまさかベッドの上でごろごろしながら、言うつもりはなかったのにー、とか、可能性はあるかもしれないだろ、とか呻いている男がいるなんて思いもよらずに。


・好きな作品傾向として、実は男の本心は~とかそういうのは好きですが、この作品においてアヴィは素直に好意を表現しています。裏を探る必要は一切ありませんのでご安心ください。

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