プロローグ
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小高い丘から見える世界は広く美しい。邪魔する建造物が無い草原が広がる向こうに、隣国との境にある山脈が見える。世界が夜を終えこれから朝を迎えると示すように稜線から姿を現す赤い太陽が空を染め上げていく。
雪の降る冬でなくて良かったと笑みを零しながら野営の為の道具を纏めていく。ほぼ着の身着のままで追い出された祖国から隣国へ渡ったのは五年ほど前の事。何も知らない無知な女は多くの人の助けを得て、馬を手に入れ旅支度を整えることがどうにか出来た。
火の熾し方やそれに必要な道具、最低限の刃物の使い方。何も知らない手は今や平民と何ら変わりのないものになっている。傷は付いているし、皮も厚くなった。長く艶やかだった髪の毛は肩の下あたりまで切り、それを売り払って手に入れたお金が命を救ってくれたのは間違いない。
かつて女は貴族の令嬢だった。彼女は甘やかされて育ったわけではないし、重圧に押しつぶされそうな日々を過ごしていた。しかし、弱った心のまま周囲が自分へ阿る言葉を受け入れてきた結果、彼女は陥れられた。
貴族社会は足の引っ張り合い、騙し騙されの世界。隙を見せた女が悪く、彼女は容赦なく家にすら見捨てられた。専属の侍女が家人の目を盗みどうにか纏めてくれた鞄一つを手に彼女は追い出されることになった。
無知な女が無事でいられるはずもないと知っていて、それでも家を守る為に女を捨てたことを恨んだこともあった。しかし、三年という月日が彼女の心を変えた。
「さあ、行こうか」
相棒である馬の首を撫でる。少量の荷物はとっくに纏まり、鞍の後ろ部分に括りつける。穏やかな性格の馬にセリウスと言う名を与え、こうして旅をして五年。セリウスは軽快に走ることも出来るし、そこそこの荷を背負うことも出来る。
女の一人旅は危険と隣り合わせなので男物の服を身に纏い、更にマントを羽織れば、性別は曖昧になる。最初の頃は慣れなかった馬の背に跨る事も、ずっと旅をしていれば息をするように出来るようになる。
声を掛けた後、その背に跨ると女は手綱を手に取り歩みを促す。セリウスは軽い足取りで歩きだす。向かう先はあの稜線の向こう、かつて女を見捨てた母国。
祖国は、滅亡しようとしていた。