軍司令部Side3:隠者はほくそ笑む
「いかがでしたか。臨時幹部会議と〝アステル法〟諮問会は――」
現在、地球軍宇宙局作戦部部長と、作戦部第一艦隊司令官とを兼ねる、ウィリアム・クレイトン大将の日常の業務量は、金星軍との戦争が起きていない間でも、減る事はない。
部下であるアレックス・シンクレア少将やジャスティン・ヒューズ中将の手を借りても、いっこうに書類の山は減らないまま、夕刻となり、クレイトンがようやく会議から解放されて、執務室へと戻ってきた頃には、すっかり窓の外の陽は傾いていた。
型通りの言葉をかけようとしたシンクレアではあったが、部屋の扉が、開くか開かないかといった辺りから、お腹を押さえて低い笑い声を発しているクレイトンには、違和感を覚えて、口を閉じざるを得なかったようだった。
「閣下?」
「登場人物が、揃いも揃って大根役者。予め、結論まで見えている会議に、何の意味があると、思ってはいたがな……いやはや、これは予想外だった。まさか〝隠者〟が第二の〝奇術師〟と〝愚者〟を引っ張り出すとはな!色々想定外すぎて、もはや笑うしかなかった……っ」
クレイトンが、お腹を押さえて爆笑する姿など、ついぞ見た事がないだけに、シンクレアとヒューズは、思わず顔を見合わせてしまう。
「幹部会か諮問会、どっちか紛糾でもしたんですか?」
純粋な好奇心で尋ねるヒューズに、目元に浮かんだ涙を拭う仕草を見せながら、クレイトンは「いや?」と答えつつ、椅子に腰を下ろした。
「ハミルトンとダントンは、前線哨戒基地への転属。ガルシアは、体調不良による退官。空席になる、宇宙局副局長の地位は、しばら
く私が兼任して、作戦部の部長か、第一艦隊の司令官職かを、他者に引き継ぐよう、仕事を整理していけとの事だ。第四艦隊及び特務隊は、いったん副司令、副長を繰り上げつつ、後日、私の引き継ぎに併せて再整理。まぁ、バリオーニ副本部長殿が、医局の不正までついでに糾す御活躍ぶりで、反バリオーニ派も、のきなみ沈黙。寝耳に水だった、医局長のべレンツェンだけは、当初声を上げたが、動かしようのない証拠がある以上、逆らえるものか」
「証拠……」
「あっ……だからこその、ルグランジェ中佐の保護……」
首を傾げたヒューズよりも先に、頭の中で話が繋がったのは、シンクレアだ。
口元の笑みを消しきれないまま、クレイトンは頷いた。
「内部からルグランジェが証拠を持ち出していたからこそ、一昨日の夜の話が、今朝の幹部会に乗ってきたんだ。警護に関しては、時間的な面から言って、ルグランジェが消される可能性は限りなく低かったにしろ、それでも、何もしない訳にはいかなかった……と言うところだろう。いずれにせよ、ルグランジェと言う名の爆弾のおかげで、医局連中の処分を決めるのに手間取り、会議が延びた」
「それで、それぞれの処分はどのように……?」
「医局長、第五、第九、第十三艦隊の主任軍医はそれぞれ、降格の上、辺境衛星基地の単独常駐医師としての赴任が決められた。それで、その後任はどうする――と言う話になってからが、まぁ……」
そう言ったクレイトンが、また低く笑いだしてしまい、シンクレアもヒューズも、戸惑いを隠せない。
「本多が、目を見開いて絶句したうえに、ルグランジェに出し抜かれるとはな。私も『後で思い知れ』とは言ったが、アレは想像以上だった……」
「確かルグランジェ中佐は『ソフィア医大5年生・手塚玲人を卒業と同時に〝アステル法〟をもって、第九艦隊主任軍医とする事』『それまでルグランジェ中佐自身が第九艦隊主任軍医を務め、手塚玲人を実習生として教育する事』『第五、第十三艦隊の主任軍医には、現在辺境衛星基地勤務の、藤城静羅大尉と、マリエル・フォーセット大尉を呼び戻す事』を条件として、告発後の身の振り方に関して、1年後の医局長就任を首肯したんでしたよね。それも確か、若宮水杜女史が〝アステル法〟を受諾するために、軍へ来る事を前提として」
それが、一昨日の夜から昨日の朝にかけて、ヒューズがルグランジェの護衛に出ると聞いた際に、シンクレアが併せて聞いた「裏事情」だ。
「どう考えても、次の医局長足り得る技術を持つのは、ルグランジェだからな。まぁ、1年程度なら、定年退官した先任医局長をいったんを呼び戻すなり何なりで凌げると、バリオーニ大将も思ったんだろう。藤城とフォーセットに関しては、どうやら、それぞれの主任軍医のセクハラを、こっぴどくはねつけた結果、辺境赴任させられていたらしい。何でそんな、我々も把握していない情報を〝隠者〟が握っているのかと思ったら、両大尉の友人らしい、本多の所のガヴィエラ・リーン少佐が、2人を呼び戻そうと集めていた証拠を、ルグランジェに渡したんだそうだ。リーンとしては、ルグランジェに医局長になって貰って、その証拠を活用して貰う事の方が、自分が訴え出るよりも良いと思ったんだろう。結果としてルグランジェは、爆弾をいくつも抱え込んだ、危険人物筆頭になった――と」
そりゃ、バリオーニ大将が護衛の心配する筈だ…と、ひとりごちるヒューズに、シンクレアも苦笑を誘われる。
「リーン少佐との繋がりがあったから、わざわざルグランジェ中佐は、第九艦隊での一時復帰を指定したんですか?」
会話の流れとして、何気なく聞いたシンクレアではあったが、クレイトンは以外にも微笑を収めて、いや……と二人に向き直った。