軍司令部Side1:会議は踊る(前)
本来は、この日は〝アステル法〟の諮問会だけだった筈なのだが、軍警察フィオルティ支局長、ジュリー・へレンズ大佐から提出された、機密情報の漏洩に伴う、軍部高級士官と反政府組織〝使徒〟及び大手Sler「ギルティエ」社との癒着告発書類が、軍上層部に激震を走らせ、臨時幹部会を事前に開かせるに至っていた。
出席者は、現存する13の艦隊司令官と、統帥本部内、6局(宇宙局、情報局、総務局、会計局、医局、研究局)の各局長、副本部長、本部長の、計21名が本来の対象者である筈なのだが、既に第四艦隊司令官モーガン・ハミルトン中将は収監をされており、この時点での出席者は、20名だった。
上座で、副本部長であるバリオーニの隣に座る、統帥本部長ライアル・ローガンベリー大将の表情は、苦虫を嚙み潰したような表情だ。
ハミルトンと言い、宇宙局副局長だったガルシアと言い、特務隊の隊長だったダントン大佐と言い、今回収監処分を受けるのは、皆、ローガンベリーの子飼いと言われていた士官ばかりなのだから、無理もないと言うべきだろう。
対するバリオーニの表情は、いつ笑い出してもおかしくないくらいの表情で、手元の書類をパラパラとめくっていて、口の字形式の左側列に座るクレイトンは、眉をひそめて、バリオーニを見やっていた。
(あの様子だと、まだ何か隠し持ってるな……)
案の定、事前に告発と通達のあった、ガルシア、ハミルトン、ダントン以下、騒動に関わった特務隊の処分に関する議案が、あっさりと了承されたところで、バリオーニが「さて」と口を開く。
「皆、忙しい事は承知しているが、もう一ヶ所、処分せざるを得ない部署が増えた。良い機会だから、ここで私から動議として出させて貰う」
「何だと……?」
険しい表情のローガンベリーに、一瞬だけ挑戦的な視線を向け、バリオーニは背後のスクリーンに、写真とデータを次々に出現させた。
「これ……は……」
「……っ!」
一瞬の咀嚼後、内容を察したクレイトンの列の後方で、本多天樹が身動ぎをして、拳を握り締めているのが見えた。
(アイツ本当に一度シメないとな……)
あれは、今、ここで出されるとは思っていなかったと言うだけで、内容は理解している表情だ。
(なるほど、コレがルグランジェの起こした延焼か)
一見、それぞれの事案を別々の人間が解決しているようで、実質、今日の幹部会の議案の外枠を、本多天樹は把握している。
ただ一人、この場における情報戦を制しているのだ――誰にも気取られないままに。
5年前、軍部を震撼させた〝トリックスター事件〟を、人を替えて再び起こしてみせた、と言っても過言でないのかも知れない。
「何だ? このデータと〝束縛の手枷〟がどうした」
「――――」
写真とデータを見ても、怪訝そうに首を傾げただけのローガンベリーに、どうやら今回の件を直接指示した訳ではないと察したクレイトンやバリオーニが、短く舌打ちをする一方、血相を変えて椅子から立ち上がった人間が1人、いた。
獲物がかかった、と言わんばかりの酷薄な笑みを、バリオーニが口の端に乗せた。
「うん? どうかしたか? ――ベレンツェン医局長」
「馬鹿な……どこでこれを……どこにもまだ流通していない筈……」
「流通はせずとも、開発者の目を誤魔化せると思っていたあたりが三流だな。誤解があるようだが〝隠者〟は道を照らす者であって、引き籠る者ではない。そのあたりをはき違えていたんじゃないか?」
バリオーニの揶揄に、目を見開いたのは一人ではない。
現在、軍病院あるいは医局で〝隠者〟を指す者は――ただ一人。
現医局長兼、軍病院長であるクリストフ・ベレンツェン少将は、肩を震わせながら、拳を握りしめた。
「ルグランジェ……っ」
バリオーニ大将、と要領を得ない態で、ローガンベリーからの声がかかった。
「貴官ら以外にも分かるよう、説明して欲しいんだが。これが、誰の何を処分する材料になる、と?」
ローガンベリーの直接の指示ではなかったにしろ、ベレンツェンもまた、ローガンベリーに近い派閥であったせいか、若干、挑むような口調と目つきになっていた点は否定できない。
唖然としている他の出席者を横目に、バリオーニは平然とその視線を受け止めると、スクリーンの画像を指した。
「左の使用済みの〝束縛の手枷〟は、開発中の非流通品。開発者は医局外科部のルグランジェ中佐だが、何故かコレが、ルグランジェ中佐の預かり知らぬところで外部に流れ、実際に〝使徒〟が人質を拘束するために使われていた」
「――――」
室内が一瞬ざわついたものの、誰もそれ以上の声はあげずに、バリオーニの次の言葉を待つ。
「で、右が軍病院と、医療器具メーカーとの取引リスト。〝束縛の手枷〟は通常、軍病院には解除の練習用として、B級品しか卸されない筈が、コレも何故か、特務隊と同じ型番が卸されている上に、ご丁寧に幾つかの艦隊を経由しつつ、〝タナトス〟社とやらに転売。更に一部は、ルグランジェ中佐が開発中だった治験品に差し替えると言うオプションまで付いてた。まぁ、この医療器具メーカーに関
しては、単に方針が変わったんだろうと思って、深く考えずに卸していたらしいから、今回は厳重注意に留めておくとして、問題は、この〝タナトス〟社。もう気付いている人間もいると思うが、ハミルトン中将が情報を漏洩させた先と同じ名前なのは――果たして皆、偶然と思うか?」
「……タナトス社に関しては、〝使徒〟が持つダミー企業だと言う事は、既に分かっていますね」
誰も言葉を発しようとしないなか、嘆息しながらも、あえてそれを口にしたのは、クレイトンだった。
バリオーニは満足気に頷いている。
「それで、この書面を誰が作り、艦隊内の医局が転売の経由地となる事に、目を瞑ったのが、それぞれ誰かと言うと――」
立ち尽くすベレンツェンを除く、出席者全員の目が、スクリーン内のリストの一番下、責任者の署名欄の所に注がれた。




