天樹Side2:期待と不安の朝(3)
「一歩間違えば、独裁者か暴君になりかねない、危い薄氷の上を俺は歩いているからね。どうしても、それを押し留めてくれる人間は必要なんだよ」
「……私が、逆にそれをけしかけたりするとは、
思わないんだ?」
「思わなかった訳じゃないけど、そうなったらなったで、遠からず俺が死ぬだけの事だからね。その時は自業自得、君のせいじゃない」
「――――」
明らかに論法が、過日アルシオーネ・ディシスと対峙していた時と同じで、あとで天樹は手塚からこっぴどく怒られる事になるのだが、この時、この場にいたガヴィエラやキールは、絶句したままであった。
途中経過を省けば、ただの求婚だ、とさんざん怒った後で手塚が呆れていたのは余談だ。
「それは……」
そして、学生時代の本多天樹を知る、水杜の反応も、ガヴィエラ達や手塚とは、また違っていた。
「それはちょっと、困るかなぁ……寝覚めが悪そう」
ちょっと!?と、思わず声をあげたのは、ガヴィエラだが、その横から、キールが首を振ってガヴィエラの腕を掴んだ。
「俺たちに混ざれる会話じゃないよ、ガヴィ」
「……ハイ」
ガヴィエラとキールが、二人から半歩距離を置いたのを、天樹は気付かない振りで、水杜に再度向き直った。
「俺が死ぬかも知れない事を、惜しんではくれるんだ」
「そうね……私が一晩も悩んだ意味がなくなるような事は、少なくともしたくないから」
わざと、少しも惜しんでいないかのような言い方をしたのは、無論、天樹の為だ。
天樹が望んでいるのは、追従の言葉ではなく、共に、同じ望む未来を実現させるための、忌憚のない言葉だ。
時に悪役も辞さない――問われたのは、その覚悟。
「そうだね……一晩悩んでもらった君を、失望させるような事はしたくないと、俺も思うよ」
今、天樹が満足げに微笑んでいるところをみると、告げた言葉は誤りではなかったのだろう。
「改めて、よろしくと……言わせて貰っても、良いかな」
差し出された天樹の手に、視線を落とした水杜だったが――戸惑いは、ほんの一瞬。
やがてそっと、その手を握り返した。
「出来る限りの事はするわ。時には対立する事も、耳に痛い事を言う時もあるかも知れないけど……ね。逆に私の存在が、本多君にとっての枷になった時は、遠慮なく切り捨ててね」
「ああ。でも、そうならないようにするのが、俺の給料仕事とも言えるから、今はその気持ちだけ受け取っておくよ。諫言、対立命題は、むしろ望むところ」
そう言って、天樹は微笑った。
「ようこそ、若宮さん。――第九艦隊へ」
「あー……そうだよなぁ……やっぱ、来ちゃうよなぁ……」
「⁉︎」
握手の途中で、ふいに頭上から降ってきた声に、天樹と水杜が、驚いたように顔を上げた。
――視線の先、階段の上から下りてくる、手塚の姿を、皆がそこに認める。
「……手塚君?」
「手塚? おまえ、何で……」
「俺? まぁ、ルグランジェ中佐のお供っつーか……」
階段を下りきる前に立ち止まった手塚は、わざとらしく頭の後ろに右手をやり、視線を逸らしつつ――歯切れが悪い。
「俺も腹くくらないとな……」
「?」
「いや、こっちの話。若宮さんが来たのなら、試問会でルグランジェ中佐が間違いなく爆弾落とすだろうから、後で驚け」
固い微笑いのまま、それだけを呟いた手塚は、天樹や水杜が声を発する前に、くるりと身を翻した。
「じゃ、また後で」
背中越しに片手を振った手塚は、ひと足先に軍部の方へと歩いて行き――その先の玄関口には、ルグランジェがいた。
「ルグランジェ中佐……」
向けられた微笑と共に、ふふ、……笑い声が聞こえた気がするのは、天樹の気のせいではないだろう。
「思わぬところに、ラスボスがいた――か?」
呟く天樹に、水杜は「え?」と小首を傾げたが、キールとガヴィエラは、深く、納得したように頷いていた。
「……行こうか。会議室――いったん、控え室の方へ案内するよ。多分、すぐに分かるとは思うけど、答え方に気を付けた方が良い士官とかもいるから、その辺り、歩きながら……少しだけ」
本当は、約束をしていた日に話したかった事なのだが、タイミングなく、今日まできてしまった。
天樹の表情から、それは分かったのだろう。
水杜は無言で頷き、天樹と並んで歩き出した――。