表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
終章 二つのアステル
95/108

天樹Side1:期待と不安の朝(2)

「ところで、キールの出勤がいつもより早いのは、ルグランジェ中佐に合わせて来たから――と言う事で、良いのか?」


「ご明察です。一応、今日までは、警戒した方が良いとの話でしたし。なーんか、荒れそうですよ、諮問会。ルグランジェ中佐、物凄く()()()()()()()()表情(かお)してましたから」


「はは……昨日、ガヴィから少し聞いてるよ。クレイトン大将からも『思い知れ』なんて言われているから…何をどこまでやるつもりなのかが、ちょっと怖いよ。それで、ガヴィは?」


「若宮家から、軍までの()()()をしてから、来ると言ってましたよ」


「道掃除?」


「女史が来るにしろ、来ないにしろ――と言うか、来ようとする事を妨害しそうな輩がいたら、問答無用で叩きのめして来る、と」


「キール……」


「あぁ、大丈夫ですよ。若宮女史のお母上からも、先輩からも、女史の意志を尊重して欲しいと念押しされてましたし、自宅に突撃させるような真似はさせてません。あくまで、()()()()()をしてくるだけです。そろそろ、一人で女史より先に来ると思いますよ。と言うか、その程度にまで納得させた俺を、褒めて欲しいですよ。……っとに、誰ですか、()る気満々で、手に負えなくなったところで、丸投げしてきた人は。貸しは一つじゃ済まないでしょう」


 昨日、諮問会が終わるまでは、少なくとも余計な事をしないよう、病院で天樹から釘を刺されたと、ルグランジェの官舎前で、ガヴィエラに盛大に八つ当たりされたキールは、軽い抗議の視線を向けていた。


「まぁ、その……俺よりキールの方が、上手くガヴィを宥められるだろう? カーウィン達への奢りの件、少し協力するから……2人が食事なら、俺はワインとか……」


「宥められないとは言いませんけど、大変だったって事は察して下さい。もちろん、財源協力して頂けるのは、非っ常に助かりますけど、カーウィンが首を縦に振らない気がしますね」


「その辺りは、俺も仕事を押し付けていた訳だから……頭を下げるよ。とにかく、それで2人は、今朝は別々なんだな。理解した」


 やや強引とも言える、天樹の話題転換に、キールが眉を(ひそ)めている。


「……それは確かに、しょっちゅう行動を共している事は否定しませんが、それぞれの官舎に住んでいる筈の人間同士が、朝から一緒に来てちゃ、不自然でしょう」


「今更誰も驚かないと思うけどね」

「……先輩」


 纏う空気を低下させるキールに、天樹が低く笑う。


「冗談だよ。ガヴィが、若宮さんの家に夜、警護に行ってくれたにしろ、朝から玄関に突撃して、迎えに行くような事がなかったのなら、良いんだ。()()()()()くらいなら、グレーゾーンとして、目を瞑っておくよ」


「あいつ、朝が苦手ですから、朝からそんな気の利いた事を、自主的にしやしませんよ。早朝に起こされた八つ当たりを、襲撃者にぶつけるくらいが、せいぜいだ」


「……なるほど。朝が苦手」


 まるで、ガヴィエラの朝の様子を、普段から知っているかのような口ぶりに、天樹が意味ありげな視線を向け、自分の不用意な発言に気が付いたキールも、わざとらしく大きな咳ばらいをした。


「ああ……ほら、今その、階段下の車寄せ辺りに来ましたよ、ガヴィ。あそこでそわそわしているのも(まず)いって言うなら、こっちに引っ張ってきますけど」


「いや、いいよ有難う。それならいいんだ。酷な言い方かも知れないけど、彼女が自分で決断を下したと言う確かな(あかし)がないと、恐らくは俺にも、彼女にも、どこかしら()()()が残ってしまうからね。それじゃだめなんだよ」 


「先輩……」


「いつか、自分が成し遂げたいと思う『目的』のために、()()()()利用する事があるかも知れない。俺はとうに覚悟が出来ている事だけど、彼女にも、同じ思いは共有しておいて欲しいんだ」


 時折、本多天樹は厳しいと言うよりも、自分を偽悪的に見せて振舞おうとする傾向がある。


 この時もキールの中に、釈然としない思いはあったのだが、それを口に出して言う前に、聞き慣れた別の声によって、遮られてしまった。


「キールーっ!」


 階段下の車寄せ辺りから聞こえる声に、キールは「声が大きいんだよ……」と嘆息しながら立ち上がったが、ふと、目の前の天樹が、書類から目を離して、振り返った先を凝視している事に気付いて、その視線の先を追った。


「先輩?」


 キールの声には答えないまま、天樹も無言で立ち上がっている。


 あ……と、キールの口から、声が漏れた。


 自動運転の車から降りて来た()()の身体を支えようと、ガヴィエラが近づいて手を伸ばしたが、彼女はふわりと微笑んで、それを固辞した。


 あくまで、()()()()()()かのよう振る舞う必要がある事を、理解しているという風に。


「若宮さん……」


 書類をテーブルに残したまま、カフェテリアを足早に離れる天樹に、何ごとかと、周囲の視線が集中している。


 嘆息したキールが、とりあえず置きっぱなしの書類をかき集めて、天樹の後をゆっくりと歩きながら、階段を下りた。


「……おはよう」


 昨日までの経緯(いきさつ)を、全く感じさせないかのような穏やかな声を、天樹は投げかけた。


 おはよう……と、水杜も静かに天樹に微笑(わら)い返した。


「よかったよ」

「え?」

「待ってる、なんて大見栄を切ったけど、本当は不安だったんだ――少しね」

「本多君……」 


 水杜の気持ちをほぐそうとしてか、らしくもなくおどけて見せる天樹に、水杜も苦笑を誘われたようである。


「まずは、ありがとうを言わせて、本多君?独りで考える時間を与えてくれて…感謝してる」


「若宮さん……」


「嫌味じゃないって。私には本当に、考える時間が必要だったから……だからありがとう」


「その後に『やっぱりごめんなさい』とか続いたり――するのかな」


 さりげなく本題を投げかける天樹に、気が付かない水杜ではない。


「……相変わらず、人の話を素直には受け取れないって言うか……そのうち、腹に一物も二物もあるような人しか、貴方に付いて来てくれなくなったら、困るのは本多君自身じゃないかと思うんだけど――」


「――だから俺には、君が必要なんだよ」

「……っ」


 穏やかな微笑のまま、真顔でそう告げる天樹に、絶句したのは水杜だけではない。

 ガヴィエラは軽く口笛を吹き、キールに横から小突かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ