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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第九章 奇術師と隠者の再臨
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天樹Side4:諮問会前日(4)

『貴方自身が、今回の事に縛られる必要は何もないのよ、本多君。水杜(あのこ)はいつだって、自分で決断を下してきた子だから。多分、今回もそう。だから、戻ったら少しの間だけ、独りの時間を与えてやって貰えるかしら』


 カルヴァンから、ガヴィエラに代わって電話を入れた際、水杜の母・若宮貴子は、そんな風な言い方をした。


 クレイトンの様子からするに、幸か不幸か、諮問会の議題の中心は、ハミルトン中将とダントン大佐による情報漏洩と、ガルシア大将の退官問題に関する件とに集中する可能性が高く、水杜の在・不在に関わらず、正規の手続きとして、天樹が書類を提出すれば、そこは単なる承認の場でしかない事は目に見えていた。


 ただそれでも天樹は、水杜に、彼女の意志で、(ここ)に来て欲しいと思っていたのである。


「やっぱり、騙し討ちのような事はしたくないから……今日の検査の様子で、言えそうだったら、きちんと話すよ〝使徒(ディシス)〟の事は。まぁ手塚は、月に一度くらいは顔を合わせてるから、そちらは適宜折を見て話すさ。ああ、ただキールやガヴィとも飲みたがっていたから、俺より早く顔を合わせる事があれば、話をしてくれても構わないよ」


「……はは」


 思わず表情に、複雑な気分が浮かんでいたのだろう。キールを見やった天樹が、苦笑を浮かべた。


「キールもガヴィも、手塚は苦手かい?」

「って言うか、先輩は平気なんですか」


「まあ、下手な追従も、その場限りの慰めも言わない奴だから、厳しく聞こえる事もあるけど、逆にそれが手塚の誠実さなんだと思うよ。それに、結構最初のインパクトも強くて……『俺に見破られる程度に、外面を良くしたところで何の意味があるんだ。人当たりのいい奴どころか、それじゃ、ただのイヤな奴だ。全く、不勉強な』なんて、言われた日にはね」


「……先輩、昔から自分に遠慮のない人に弱かったんですね」


 手塚さんって……と、キールが()()()を浮かべている。


「先輩が、先輩らしくあるためには、手塚さんも若宮女史も必要だって事ですか。少し分かったは気がしますよ」


()の自分を知っていて、それでもまだ付き合ってくれる友人は、かなり貴重だと思わないか、キール?もちろん、それでも手塚や若宮さんの生き方まで、決める権利は俺にはないから、後はただ待つだけだよ。選択肢の一つを渡した事は、確かに認めるけどね」


「それって、確信犯……」


「実際、建前じゃなく、俺の望み(エゴ)として頭を下げた事だから、かえって説得力はあるみたいだ。若宮さんにも『未必の故意』だと言われたかな……そう言えば」


 くすくすと、天樹は本気で、おかしそうに笑っているのだから、始末が悪い。

 手塚さんと話が合う訳だ……と、キールが、ぶつぶつ呟いた。


「結局、先輩、打てる()は全部打ってるって事なんですよね。どうにもすっきりしない……ほとんど、何も手伝えなかった気がして。()()()じゃ、ハミルトン中将たちが逮捕されて、ガルシア副局長が退官するらしいって話だったから、少なくともその空席争いも、結構大事になるんじゃないかと思って、身構えていたんだけどな」


「キールにもガヴィにも、充分すぎるほど、手は貸して貰ったよ、感謝してる。それ以上の事に関してまで手を借りたら、さすがに、クレイトン大将が目を瞑ってくれなくなる」


 口もとの微笑は、かろうじて残してはいたが、天樹は内心の驚愕を押し隠すのに苦労しなければならなかった。


(人の噂とは侮れないものだな)


 ハミルトン中将やダントン大佐の逮捕劇はともかく、ガルシア大将の退官に関しては、未だ公にはなっていない筈で、それでも噂が出るという事は、一種の「軍閥」としての彼らの繋がりが、周知の事実であると言う事を知らしめていた。


 これでは、今回の件で名前を取り沙汰されていないにしろ、彼らと繋がりのある(とされている)士官が、後任の地位に就く事は、事実上不可能だ。


 軍と反政府組織(レジスタンス)との癒着という、一大スキャンダルを払拭するためには、どうしても、今回の騒動を払拭しうるだけの人物をそこに就けなければならず、またそうでなければ、軍としての体面は保たれないのである。


 今、口にこそ出せないものの、天樹の上官であるウィリアム・クレイトンが、その後任に就く可能性が、非常に高いと思われた。


 クレイトンが、必要以上に天樹の事を問い詰めなかったのは――恐らくは、合法的に、対立する派閥を退けるために、実利を獲ったのだ。


「初めから、諮問会の比重を落とすつもりで、コトを進めていたんですね……先輩?」


 技のガヴィ、智のキールと称される、空戦隊の黄金コンビの片割れは、天樹の僅かな表情の変化から、ある程度を読み取ってしまえる異才の持ち主だ。


「俺は、明日、彼女がここへ来てくれる事を切実に願ってるだけだよ――そう、()()ね」


 しかし、心なしか詰問口調のキールにも、天樹の笑顔は崩れない。


「それにもうすぐカーウィンが、山ほどの仕事を抱えて来る筈だよ。無断行動の過ぎた俺に、そう優しくしてくれるとも思えないからね。……全ては、明日以降だよ」


 天樹の「奥の手」――カーウィンの名を出されたキールは、予想通りにやや顔を引きつらせ、それ以上天樹を追求しない。いや、出来なかった。


 天樹が、諮問会の意義を低くしようと目論んだ事は、間違いがないのだと思いながらも。

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