天樹Side2:諮問会前日(2)
おまえは……と、クレイトンはそんな天樹を一瞥した。
「おまえは、なるべくなら避けて通りたいと言うだけで、政治的駆け引きの場でも、きちんとした対応は出来る男なんだな。正直言えば、驚かされたな、今回は」
「多くの協力者があればこそ…の話ですよ」
出世欲にかられて、独断専行したのではない事、自分の本意ではなかった事などを強調しておいて、天樹は深々と一礼して、そこでなんとか話を切り上げようと目論んだ。
「協力者……?」
だがそこで、クレイトンは、片眉を跳ね上げた。
「そう言えば……軍病院にも、何かやったか、おまえ」
「軍病院?」
「昨夜、バリオーニ副本部長から緊急連絡があった。軍病院の幹部何人かと、複数の艦の主任軍医の馘が、近々飛ぶだろうから、予め伝えておく、と」
「……まさか第九艦隊ですか?」
軽く目を瞠った天樹を、クレイトンが睨め上げる。
「その様子では、おまえが直接指示した訳でもなさそうだが……副本部長から、軍病院のルグランジェ中佐の警護を打診された。時間が時間だったから、とりあえずすぐに連絡がついた、ヒューズを行かせたが……おまえのところの、レインバーグを見たと言っていたぞ」
無言の天樹の視線を受け、ヒューズが肯定の意味も兼ねて、ヒラヒラと片手を上げる。
「自分の気配をさりげなくばら撒いて、裏稼業の連中を牽制するとか、素人に毛が生えた程度の軍人がやる事じゃないぞ。いや、昨日は襲撃者がいた訳じゃなかったが、あれじゃ玄人は近寄らないし、あの気配に気付かない素人どもは、自分の腕一本で叩きのめせるだろう。どんな訓練をしていたら、ああなるんだ?しかもアイツ、俺がいた事も十中八九把握していたぞ。後で聞いてみろ」
「……2〜3日気を配ってくれとは、確かに言いましたが、それ以上の事までは、ちょっと……最近、もう、途中経過は問わない事にしているので……」
「……コイツ、達観してやがる」
呆れた様子のヒューズに、クレイトンが、わざとらしく咳払いを挟んだ。
「本多。何故、ルグランジェの警護を?」
問われた天樹は、一瞬だけ、視線を宙にさまよわせた。
「……体調不良で療養していた際の担当医が、ルグランジェ中佐です。いえ、中佐はあくまで学会参加がメイン、こちらと関わったのは、本当にただの偶然です。しかし、治療の際に、何かに気が付いたらしく、昨日の昼、慌しく首都に発って行った――もし自分が、セントリー川に浮いてしまうような事態になったら、その時は後を頼むと、そう言い残して」
「……何だと?」
「中佐が、何に気が付いて、何をしようとしていたのか、聞く前に発たれてしまったんですが、伝言としてはあまりに物騒でしたので、とりあえず、最も早く中佐の下に行けそうだった、レインバーグ少佐に様子見を頼みました」
9割の真実に、1割の嘘――普通であれば、露見しづらい筈なのだが、クレイトンは思い切り顔を顰めた。
「いったい、どこで療養していたと……?」
「風光明媚な景勝地で。心身を癒そうかと思いまして」
「おまえ……本当に、いい加減にしろよ……」
どちらかと言えば、日頃はカリスマ性の高い、威圧感のある話し方をするクレイトンにしては珍しく、ブリザードが吹き荒れそうな、口調で、その場の全員が、漏れなくギョッと目を瞠った。
天樹ですら、常の一線を引いた態度を崩して、慌てて両手を振った程である。
「自分で起こした嵐はともかく、振り払った火の粉が延焼した先まで責任持てませんよ!」
「……つまり、ルグランジェだけは、おまえが命じて仕組んだ訳ではない、と……」
「…………」
この期に及んでは「そう」とも「違う」とも言えない天樹は、口を噤むしかなかったが、クレイトンは、それこそが答えとでも言いたげに、矛を収めて舌打ちした。
「分かった。ルグランジェが、何をして、何を望んだかは、後でおまえ自身が思い知れ。思惑が読めなかったから、どうすべきか、保留にしていたが、今、決めた。許可しておく」
何を、と天樹は言いかけたが、天樹とクレイトンの予定面会時間は、この時点で既に大幅に超過していた。
それ以上、宇宙局作戦部の部長として、許された時間がない事をシンクレアから耳打ちされたクレイトンは、忌々しげな表情のまま、天樹を執務室から退出させたのだった。