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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第九章 奇術師と隠者の再臨
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天樹Side1:諮問会前日(1)

「どういう事か、説明出来るな、本多」


 ――翌朝。


 フィオルティで、支局長ジュリー・へレンズにこってり絞られた天樹が、首都(アルファード)へと辿り着いたのは、真夜中だった。


 そのままキールを、ルグランジェの住む官舎に様子を見に行かせながらも、敢えて深夜の報告は控えておいたところ、へレンズから連絡はいっていたのだろう。


 予想通りに、朝一番、自らの上官である、ウィリアム・クレイトン大将からの呼び出しを受け、出頭する羽目になった。


 クレイトンの執務室には、従卒のテオドール、参謀のシンクレア、副司令官のヒューズが勢揃いして、表面上は自分達の仕事をしている態だったが、意識は明らかに天樹へと向いていて、その会話に聞き耳を立てている。


 隣室ではなく、応接用ソファに座らされている天樹は、さながら公開裁判の被告だ。


「民間のシストール社や、軍警察のフィオルティ支局まで()()()()()、挙句に軍内部の情報漏洩者を暴いた……か。結果だけ見れば結構な話だが、いくら私でも、単独行動の過ぎる部分について、目を(つぶ)るわけにはいかないぞ」


「……申し訳ありません」


 天樹の側からすれば、降りかかった火の粉を払いのけたら、それが()()を起こして、騒ぎが大きくなった――というのが実情に近いのだが、第四艦隊司令官・ハミルトン中将と、特務隊のダントン大佐を中心とした、反政府組織(レジスタンス)使徒(ディシス)〟との癒着騒動が、天樹の思った以上に軍内部を騒がせていて、そのうえ宇宙局副局長のガルシア大将まで、()()()による退官を申し出ているとあっては、返す言葉に詰まるのも、また確かだったのだ。


「何とか、明日の諮問会までに事無きを得られたらと…そう思うあまり、性急にすぎる部分はあったかも知れません」


「……()()は、あったんだな」


 天樹の言葉の()()()()に、気付かぬクレイトンではない。


「はい」

「解決はしたんだな」

「大将閣下のおかげをもちまして」


 ぬけぬけと――と言うより、それは仔細の説明を拒む、あまりにも見え透いた意思表示である。


 クレイトンは、不愉快そうに眉をひそめた。


「明日の諮問会では、アステル法関連以外に、ガルシア大将の退官問題も議論にのぼる事になった。と言っても、どちらも形式として、承認をするだけの会になるだろう。シストール社は偶然を主張し、軍警察(ヘレンズ)は私の指示だと理解している以上、表向き、おまえの服務規定を取り沙汰す理由も無いからな」


「………はい」


「だが私としては、見過ごせない部分があまりにも多すぎる。ちょうど懸案が一つ残ったことだしな。これをおまえに委ねるが、よもや否とは言うまいな」


「懸案、ですか?」


「先刻ヘレンズより連絡があって、カルヴァンで捕らえていたという〝使徒(ディシス)〟の幹部何名かを、現地警察が逃がしてしまったそうだ。どういう手段を使ったのかは不明だが、今のところは、その行方を追いきれていないと言う事らしい」


「……っ」


 らしくもなく、本多天樹が無言で目を瞠ったところをみると、やはり彼がカルヴァンでの騒動に、何らかの関与をしていたのは疑い得ない。


 そうは思ったが、本多天樹の表情を見る限り、それ以上を話すつもりは更々ないようで、クレイトンも折れざるを得なかった。


「結局〝使徒(ディシス)〟に関しては、当面の軍内部での暗躍を、止められたに過ぎない。表向き、私の指示で〝使徒(ディシス)〟に食い込んだ事になっているのなら、それは最後まで貫け。今後の対応も、特に報告を必要とすると判断した場合

を除いては、おまえに一任するぞ。いいな?」


 本来、そんな事は宇宙空間での対金星戦を主とする、宇宙局の職務から鑑みれば、逸脱も甚だしいのだが、両者共、それをとりたてて不自然な事だとは、思っていなかった。


 そして、さらりと際どい事を、クレイトンは天樹に告げる。


「せめて今後は、私を利用しようとするにしても、追い落とそうとするにしても、事前に(ほの)めかすくらいは、して欲しいんだが」


「――――」


 思わぬ事を言われて、天樹が思わず姿勢を正した。


「私は、おまえにファイザードの意志を継げとは言ったが、私の追従者になれとは言っていない。いつか、私がおまえにとっての、最大の妨げとなるかも知れないしな。私も、私の望む(みち)がそうたやすくない事は、始めから承知している。おまえが、私の前に立ちふさがるくらいの気構えがあると言うのなら、その時は正々堂々と対峙してやるさ」


「気構え……ですか」


「覚悟、と言い直しても構わんが」


 クレイトンが、天樹に対して、その一端にしろ、自分の本心を吐露してみせたのは、側近だった司狼・ファイザードが亡くなって以来の事である。


 いつの間にか、シンクレアとヒューズの手がすっかり止まっていて、クレイトンと天樹の表情を興味深げに見比べていた。


 天樹がアルシオーネ・ディシスに対し、自分の命を楯に論戦を張った事に、似ていなくもないのだが、クレイトンの「意志」と「覚悟」は、始めから天樹を大きく上回っており、天樹のように、周りがその事に()()()()言う事はない。


「……その言葉、今は心に留めておきます」


 今はまだ敵いようもないと、天樹は思うより仕方がなかった。


「いつか()()、思い出す事があるかも知れませんので」


 わざと投げた、意味ありげな言い回しにも、クレイトンは全く動じていないのだから。


 おまえは……と、クレイトンはそんな天樹を一瞥した。

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