表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第九章 奇術師と隠者の再臨
86/108

軍医Side:追跡2日目(21)

 夜。

 今日はもう、帰って良いと言った筈の副官、イヴィス・ジェフリー中尉が、そのまま踵を返して、バリオーニの執務室へと戻って来た。


「閣下、予約(アポ)はないのですが、医局のルグランジェ中佐が、どうしても、閣下の〝誕生日プレゼント〟を今日、お渡ししたい、と――」


「は?」


 想定外の面会理由に、バリオーニも、らしくない声を上げたが、副官を問い詰めたところで、どうしようもないので、そのまま中に入れるよう、指示するより他はない。


「ああ、おまえは帰って良い、ジェフリー。意味不明な理由で押しかけてくる()()に出す茶なんぞ、ないわ」


「……ひどいな。大将閣下の執務室ともなれば、さぞかし高級な茶葉が常備してあるんだろうに」


 〝誕生日プレゼント〟を前面に出しつつ、更に私的な訪問を印象づけるため、執務室に現れたルグランジェの口調は、わざとくだけている。


「飲みたきゃ、自分で飲め。――長くなるとでも?」


 ルグランジェは、すぐには答えず、にこやかに微笑んだ。


 そのまま隣の控室へと消え、やがて2人分の紅茶を持って、戻って来る。


「やぁ、やっぱり良いお茶だ」


 今更、毒見も必要ないだろうと思ったものの、長年の習慣は、そう簡単には抜けず、バリオーニは、ルグランジェが紅茶に口をつけるのを確認してから、自分もカップを手にとった。


「――それで」


 儀礼的に、一口だけ口に含んだところで、バリオーニが、ルグランジェに要件を促した。


「クレイトンの第一艦隊司令官就任と共に、()()になった筈のおまえが、何の用だ。俺の誕生日なんぞ、一ヶ月も前に終わってるんだが?」


「なら……少し遅れたプレゼント、と言う事で」


 ルグランジェも、紅茶を机に置いて、背広の内ポケットから、小さな長方形の箱と、USBメモリを取り出した。


 バリオーニが箱を持ち上げると、軽い、こすれるような音が聞こえる。


 特に躊躇もなく箱の蓋を開けると、中には明らかに血に染まった痕が残る、腕輪(バングル)や細い管が入れられていた。


「……〝束縛の手枷(タクイート)〟?」


「これ、開発中の素材が組み込まれた、ちょっと特殊なヤツでね。どうやら、軍病院(ウチ)から横流しされたらしく」


「どこへ」

反政府組織(レジスタンス)使徒(ディシス)〟」

「なっ……」


 息をのむバリオーニを見たルグランジェは、軽く息を吐き出す。


「やっぱり、君に持って来たのは、間違いじゃなかったらしい」


「おまえ、これをどこで……あ、いや、病院か。うん?そんな筈はないな。だったら、横流しなどと言って、ここへ来る必要がない」


「そこは、医者の守秘義務として、伏せさせて貰うよ。で、必要だろう、これ?」


 USBメモリを、ヒラヒラとルグランジェが振っている。


「横流しのリスト付とは、恐れ入るな」


「学会から帰って来て、休む間もなかった。最も、そこで休むと、後でリストをコピーする事も出来なくなりそうだったから、ギリギリの攻防だ。明日の午後には、多分、気付かれる」


「病院と軍の双方に内通者がいる――か」


「あ、ちなみに私が明日にでもセントリー川に浮かんでいた場合の保険も、ちゃんと掛けてあるから、そこは安心して良い。この話は、もはや、うやむやにはならない」


「何だと?」


「学会先で()()会った、本多少将と、少し話を。後は空戦隊の……レインバーグ少佐とリーン少佐?第九艦隊、かなり興味深かった」


「待て待て待て、分かるように説明しろ!」


「私に分かる筈がないだろう。学会先で会っただけなんだから。自分で本多少将なり、その上役にでも聞けば良い。何のための副本部長職だ」


 正確には、学会先で会った()()ではないのだが、今の時点でそこまで説明する義理は、ルグランジェにはない。


 持って来た〝誕生日プレゼント〟を、どう活かすかで、必要なら後で追加で話せば良いだけである。


「……おまえ、何故それを、私の所に持って来た」


 ルグランジェの持つUSBメモリに、すっと片手を差し出しながら、バリオーニが声を落とした。


「今ならそれを、軍病院を牛耳る方にだってもっていけるぞ」

「ふふ……本気で思ってもいない事を聞かれても、答えに困るな」


 ルグランジェの手から、USBメモリが離れて落ちた。


「私は、先立った娘に恥じる生き方をするつもりはないよ。()()で軍病院が、ガタガタになろうと、主要艦の主任軍医何人かの(クビ)が飛ぼうと、知った事じゃない。単に、一番劇薬に出来そうな男の所に、持って来ただけだ」


「……劇薬、ね。分かった、これは確かに預かるが、おまえ、明日にでもセントリー川に浮いてるかも――は、撤回しておけ。それは、私への侮辱だ」


「そうか。なら、良いんだ。すまない」


 ところで……と、USBメモリを握りしめながら、バリオーニがふと、視線を上げた。


()()()のリクエストがあるなら、今のうちに聞いておくが?」


「……お返し」


「そんな、不気味そうな顔をするくらいなら、最初(はな)から〝誕生日プレゼント〟だなどと言って、持って来るな。この年齢(とし)で、堂々と宣言された方が、遙かに恥ずかしかったぞ」


「ああ……なるほど」


「この半年、病院で〝孤高の隠者(レルミト)〟と化していたおまえを動かした、何かがあったんじゃないのか。――副本部長(わたし)に、何をして欲しい」


「……ふふ」


 ルグランジェは、婉然と微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ