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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第八章 果てなき道へ
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手塚Side5:追跡2日目(18)

「命に別状はありませんよ。ただ〝束縛の手枷(タクイート)〟が神経に絡み付いていたので、体力が奪われているのもそうですが、そもそも一連の出来事として、一般の民間人が普通に経験する事じゃありませんから、私としては精神保護(メンタルケア)の重要性を声高に説きたいところですね」


 一般の民間人が普通に経験する事じゃない、の部分を強調してしまった気もするが、一連の出来事に口を閉ざし、あまつさえ麻酔なしの手術をも耐えきった、若宮水杜と言う女性に対して、ルグランジェに少なからずの肩入れが生じた事もまた確かだった。


 本当に、目の前の彼が、それだけの事をされるに値するのか――そんな感情が、表に出てしまった感は否めない。


「ルグランジェ中佐……」


 少将の地位に決して(おもね)らないルグランジェの物言いに、天樹が僅かに目を見開く。


「――手塚君」


 そして、天樹が何か言うよりも先に、ルグランジェの方が、対話を拒むように、部屋の奥へと声をかけた。


()()()()は、君に任せよう。私は夕方にはここを出なくてはならないが、明日、君が彼女に付いて帰って来るのであれば、宿泊は延長してくれて構わない。むしろそのまま、軍病院に連れてきてくれた方が、私としてもす

こぶる都合が良い」


 ルグランジェから、止血後の腕の包帯処置を引き継いでいた手塚は、それは、ここに残れと言う()()だと、感じ取った。


「了解しました。じゃあ、俺は残って彼女の様子を()ます。あ、すみませんけど、そこに立っている人間(ヤツ)は、まだそのままにしといて下さい。俺まだ、処置中なんで」


「……その遅さは、わざとかな、手塚君?()でその時間なら、帰ったら特訓だよ」


「ご安心下さい、中佐。()()()()わざとです」


「――――」


 低い笑い声を漏らしたルグランジェは、立ち尽くしている天樹と、携帯電話を手にしたままのガヴィエラの横をすり抜ける形で、部屋から出て行ってしまった。


 天樹にすら何も言わせない、それは鮮やかなタイミングだった。


「ウチの上司、あんな格好(カッコ)良かったっけか……?まぁ、君のそんな顔を見てたら、本多に一言言いたくなってもしょうがないのか」


 苦笑交じりに包帯を巻く手塚に、そんな顔――の部分を、水杜が聞き咎めた。


「そんな顔……って?」

「ん?あぁ、まぁしいて言うなら、罪悪感でいっぱいの顔?」

「――――」


 水杜の顔に、軽い驚きの色が広がる。


「手塚君……」


「本多が、若宮さんを軍にスカウトして、れを聞いた〝使徒(ディシス)〟の連中がその妨害を図った――にしちゃ、不自然だった事もいろいろあるしな。俺はとりたてて、何をどうこう言うつもりもないが、結局、君がどうしたいのか、その覚悟が決まらないのなら、今は本多に会っても意味がないと思ったんだ。だから出入り禁止にしてやった。…余計だったか?」


「……すごい」

「何が」


「皆が言いにくそうにしている事を、あっさり掬い上げて、ばっさり一刀両断されたって感じ」


 怒りも、傷ついた表情も通り越して、むしろ感心したような呟きを、水杜は漏らした。


「理屈と建前で、どうにかならないかと思ってたんだけど……誰もごまかされてはくれないって事ね」


「少なくとも、今必要なのは理屈じゃないよな。不必要な時にまで理論武装しようってんら、明日から本多って呼ぶぞ」


「……ひどい言われようね、本多君も」


 親しさ故の、容赦のない発言に、さすがの水杜もくすりと笑う。


「でも真面目な話、私の内心の葛藤を、分かりやすい(ことば)にしてくれて有難う。ちゃんと考えなきゃね……私が、どうしたいのかを」


「どうにも、それが皮肉に聞こえるのは、俺も結構すれてるって事だよな。これは旧交を暖めなおす必要は十分にありそうだ。同期会の話、俺が、君の暗示に気付くのに遅れたお詫びもあるし、若宮さんの分だけは、奢らせせてもらうよ。それでいいよな?」


「本多君は?」


「何で俺より金を持っている奴に、義理もなく奢らないといけないんだ。本当なら、あいつに全額払わせたいくらいだってのに」


「迷惑料っていう話なら、私も手塚君に治療費払わなくちゃいけない気も――」


「……言われてみれば、そうかも知れないが」


 存外真面目な顔で呟いた手塚に、水杜も苦笑を誘われる。


「最終的には、ワリカンって事かな」

「ま、その辺は善処するよ。だがなぁ……」


 包帯を巻き終えて、救急道具を片付けながら、手塚がふと呟いた。


「そう素直に俺の言う事を納得されるのは、どうにも複雑な気分だ。俺は精神課医(カウンセラー)じゃないし、まして自分がどうしたいのか、一番定まっていないのは、未だしがない医学生の俺であって、本多や若宮さんに対しては、虚勢を張ってるだけかも知れないんだぜ?」


「かも知れない、って言ってしまうところが、いかにも手塚君らしいけど。昔から、良い意味で、自分に一番正直だったのって、手塚君だったと思うんだけど」


「さあ、それはどうだかな。俺にだって、家庭の事情くらいはあるさ。だけど、よそう。それをお互いに比べても、不毛だ」


「結局のところ、人は自分の望むようにしか生きられない……のかな」

「そうそう。それ以上は、偽善だろ」 


 水杜の言葉に大きく頷いて、立ち上がった 手塚は、部屋の外を指さして、水杜に答えを伺うように、小首を傾げた。


 水杜は一瞬だけ目を伏せて、考える仕種を見せたものの、やがて頷くように、静かに微笑(わら)った。


「まぁ、ちゃんと横にいて、阿呆な事言ったら蹴飛ばしてやるから、安心して良いよ。あ、ちなみに二人で『ごめんなさい』連発して、頭下げあうのはナシな。話は手短に、建設的に。君がこれ以上体調を悪くしたら、今度は俺がルグランジェ中佐に殴られる」


 水杜の微笑を合図と取った手塚は、ゆっくりと入口の方へと歩いた。

 努力します、と後ろから聞こえる小声に、小さく笑う。


「――ここへ来たって事は」


 そして部屋のドアを開けざま、手塚はそんな風に、外に立ち尽くしていた、本多天樹に声をかけた。


「ごめんなさい以外の話を、ちゃんと出来るようになったんだろうな、本多?」


「……部下を抱える者、彼女に手を差し出した者としての自覚を欠いたまま、自虐的な取引を勝手にしてしまった件は、とりあえず反省しているよ、手塚。どう転んでも、飛ぶのは俺の首だけだ――なんて、5年前みたいな事は、もう言わない」


「……それで?」


()()()()、とだけ、彼女に言わせてくれないか……?」


 謝罪も(おそ)れも後悔も覚悟も、全てをのみ込んで――ただ、待っている…と。


 ほう、と手塚の目が僅かに見開かれた。


「なるほど、おまえにしちゃ、いい着地点だ」


 満足げに口元を緩めた手塚は、身体を一歩引いて、天樹に中に入るよう促した。


「手塚、俺は5年前よりは、進歩したか?」

「ぬかせ。まだまだ赤点スレスレだっての。言われる前に気付け。自覚しろ」

「厳しいな……」


 ガヴィエラには、ロビー側のカフェテリアで、キールが待っているとだけ声をかけ、天樹は部屋の中へと足を踏み入れた。


 この時の短い会話の様子は、当事者3人以外に、語られる事はなかった――。

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