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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第八章 果てなき道へ
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ガヴィSide2:追跡2日目(17) ※

やや表現的に残酷な箇所がいくつかあります。

ご容赦下さい。

「水杜さんは絶対に、本多先輩を手助け出来る数少ない人です!私――私が、データベースには何も残させません。くだらないゴシップや、政治宣伝(プロパガンダ)は、全力で叩き潰します。私にはそれが出来ます。水杜さん、嫌だったんですよね?だったら、それが正しいです。水杜さん自身が、自分に嘘をついちゃダメです。そんな事をしたら、いつか壊れます。だから――」


「何をどうやって叩き潰すつもりなのかは、敢えて聞かないが、概ね私もリーン少佐に賛成だね。それでは、いつか君が壊れるよ。――君の精神(こころ)がね」


 水杜が、〝使徒(ディシス)〟との繋がりを疑われて、本多天樹に迷惑をかけたくないと言うのは、理由の一面に過ぎないだろうと、ルグランジェは思っている。


 恐れているのは「本当に嫌だったのか?」と、親しい人にすら、猜疑の目を向けられてしまう事だろう。


 今はまだ、その本音を意識の奥底に沈めているのだとしても。


 ルグランジェは実際に、そんな女性を幾人も見てきた。

 恐らく、軍人であるガヴィエラも。


「戦場で、心を壊してしまう士官は一定数存在するからね……秘匿する事と、なかった事にする事とは、決して同じではないよ。君が全てをなかった事にしたいのなら、私はむしろ、一番その権限を持つ本多少将に、事態(こと)の顚末を報告しなくてはならない。逆に、君が本多少将の為に、起きてしまった事態に口を噤みたいのなら、我々は、全力でそれに手を貸そう。君が、嫌だと言っていた――その事実と誇りを、庇護しよう」


「……っ」


 目を見開いた水杜に、ガヴィエラも、首を大きく縦に振る。

 さすが、元・航宙艦軍医と言うべきだろう。


 ガヴィエラが言いたかった事以上の言葉で、水杜に寄り添おうとしてくれていた。


「……お願い……します……」


 頭を下げた水杜の声は、泣きだしてしまいそうな程に震えていた。


「どうか……()()を……」


 ルグランジェはもう、聞き返さなかった。

 その視線を受けたガヴィエラも、頷く事で、ルグランジェに賛同の意を示している。


「――では、今から我々は共犯者だ」


 先刻よりも、万感の思いをこめて、ルグランジェは片膝をついた姿勢のまま、水杜を見上げた。


「君の覚悟に敬意を」


 騎士が女王に忠誠を誓うかのような仕種は、水杜を安心させたかったのか、天然なのか――ルグランジェは、そのまま優雅に立ち上がった。


「そろそろ、手塚君が外に戻って来て、待っている頃だろう。私がドアを開けてくるから、彼に怪しまれたくなければ、バスルームで少し身体を拭いて、スカートだけ履き替えるのはどうかな。もう()()()なのだから、リーン少佐も手伝いやすいだろうし」


「水杜さん……」


 ほろ苦い笑みのガヴィエラが、そっと手を差し出す。


「ついでに〝リーン少佐〟もナシでお願いしたいです」


 水杜は一度だけ目を閉じると、一つ息を吐き出して――ガヴィエラの手をとった。


「……ガヴィ()()()?」


「まさかの、貴子さん呼び!いや、全然イイんですけど。あ、貴子さんには〝束縛の手枷(タクイート)〟がちゃんと解除出来てから、電話しますね」


「そう、ね……」


 外科手術に、麻酔が不可欠な理由がよく分かった――と、後に水杜が自虐的に述懐したように、手塚に肩、ガヴィエラに足を押さえられて、口にタオルを噛ませられた「手術」は、相当に原始的で、痛みを伴うものだった。


 焦げた血の匂いに、ズルりと()()が引き抜かれる音がした後、腕輪(バングル)は真っ二つに割れて、床に転がった。


 擬似生物兵器の筈なのに、臨時で(バット)扱いをされている、コーヒーソーサーの上で、その()()が、ビチビチと跳ねているのは――とても、残酷(グロテスク)だ。


「今日は一日、ここで安静にして…そうだな、明日にでも、首都(アルファード)の軍病院へ来ると良い。私が責任を持って、経過治療をしよう。どうせ乗りかかった船だ」


 ()()は、放っておけば、そのうち動かなくなるから――と、さも何でもない事のように、ルグランジェが言う。


「基本的には神経に巻き付いているだけだから、メスを入れる位置と、引き抜く方向さえ間違えなければ、重篤な事にはならない。さてどうかな、手や足は動かせるかな?」


「……大丈夫……みたいです……」


 ベッドから上半身を起こしながら、まだ少し残る痛みに、水杜は軽く顔をしかめたが、爪先が、自分の意志で動くところを見ると、とりあえずは成功したという事なのだろう。


 ガヴィエラも手塚も、ようやく水杜から手を離して、ひと息ついた。


「あ、じゃあ私、貴子さん――水杜さんのお母さんに、電話を入れておきます。あの、命に関わるようなケガとかはしていないとだけ、とりあえず、お話しするので、後で水杜さんからも、かけてあげて下さいね」


「ええ……ありがとう」  


 水杜がもらした、複雑そうな呟き声には、ガヴィエラは敢えて気付かぬ振りをした。


 廊下で携帯電話を使おうと、洋服のポケットに片手を伸ばしながら、ドアを開ける。


「――あ⁉︎」


 ドアを開けた途端、困ったように外に佇んでいた本多天樹に、危うくぶつかりそうになったガヴィエラは、場にそぐわない声を思わずあげた。


「……本多先輩」


「まだ中に入れるなよー、お嬢さん。俺は医者の卵としても、友達としても、何っにも許可してないからなー」


 顔を合わせた、天樹とガヴィエラが、何かを言おうとするよりも早く、釘を刺しているかのような、手塚の声が聞こえる。


「あの……じゃ、先輩が電話されます、貴子さんに?」


 天樹とて携帯電話は持っているだろうが、かける言葉に困ったガヴィエラが、仕方なく手にしていた携帯電話を天樹に差し出す。


「…………」


 携帯電話とガヴィエラとを見比べながら、とっさに天樹が表情と行動の選択に困っていると、中では、器具を片付け終えたルグランジェが、椅子にかけてあった自分の上着を手に取って、それをふわりと水杜の肩にかけた。


 無言で、首元のボタンだけを留めて、静かに微笑む。


「後で手塚君に返しておいてくれれば良いから」

「……ありがとう……ございます……」


 思わぬ上官のフェミニストぶりに、手塚が隣で目を瞠っていたが、ルグランジェの()()()()()()を察した水杜は、深々と頭を下げた。


「手塚君。今、表にいる彼が、君の言う『しかるべき士官』で合っているのかな」

「ええまぁ…そうですね、合ってます」

「なるほど」


 ルグランジェは僅かに頷くと、ベッド脇から離れて、開いたドアの前で立ち尽くす、ガヴィエラの後ろに立った。


「私は医局外科部所属のロッティ・ルグランジェ中佐です。本多少将…でしたか?バリオーニ大将が第一艦隊司令官だった時代に、何度かその名前は耳に。八ヶ月ほど前から、第九艦隊の司令官になられたとも聞いています」


 ルグランジェの言葉の裏にあるものが読み切れない天樹は、「彼女の容態は……?」と返すに留めていた。

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