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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第八章 果てなき道へ
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キールSide:追跡2日目(15)

「若宮さん……!」


 (から)の車椅子を横に、ホテルの玄関先で水杜(みと)の到着を、苛々しながら待っていた手塚は、到着した車のドアが開くや否や、ホテルの従業員をせき止めるようにして、彼女を車椅子へと乗せかえた。


「……っ」


 びくり、と水杜が僅かに身体を震わせたのを、手塚は“束縛の手枷(タクイート)”の影響だと思った。


「どうりであの時、顔色が悪かった筈だ。気付くのが遅れたお詫びは、後でさせてくれ。とりあえず上の階で、俺の上司が待ってる。それ(タクイート)を解除してくれる筈だから、行こう」


「手塚君……」


「ああ、安心しろ。君が落ち着くまで、本多には出入り禁止を言い渡しておいてやったから」


 は?と、怪訝そうな表情を浮かべたのは、むしろガヴィエラとキールで、水杜の方はただ、ほっと息を吐きだしただけであった。


 まるで、そうする事が正解だったと言わんばかりに。


「手塚さん、本多先輩は――」


「あぁ、おまえらも、しばらく上へは来るな。来るなら、後で本多と—―いや、そっちのお嬢さんは別か。彼女の着替え、手伝って貰えるか?手術着なんかある訳ないから、とりあえずは備え付けの寝間着と……あとはショッピングアーケード内で、着替えを見繕っておいて貰おうか?費用は本多持ちで」


「え?あ……いい、ですけど……」


 事態が掴めず、顔を見合わせたキールとガヴィエラだったが、ここは医学知識のある手塚に従うのが賢明だと思ったのだろう。


 キールから、シストール社の企業(コーポレート)カードを受け取って、ガヴィエラがホテルロビー階にある、ショッピングアーケードの方へと走って行く。


「……さて」


 軽く、自分の髪をかき回しながら、事態を整理しようとしたキールだったが、今の自分の手持ちの情報では、手塚と若宮水杜との間でのみ成立していた空気を読み取る事など、到底出来そうになかった。


 とりあえず、ホテルの従業員に軍警察を再度呼びに行かせて、この捕えた“使徒(ディシス)”の幹部をさっさと引き渡してしまう事にはしたのだが、生憎と責任者は別件にかかりきりと言う事で、現れたのは別の青年だった。


 だが彼は、ジェンキンスを連れて行く傍ら、カフェテリアにもう一人、手塚の知人らしき人が休んでいると、思わぬ事を教えてくれた。


「あー……」


 ――「誰」なのかは、問い質す必要もない事であった。


「本多先輩」


 とうに冷めたコーヒーを前に、無言のまま足を組んで、口もとに手をやりながら、カフェテリアから見える外の景色を眺めているその姿は、先刻より微動だにしていない。


 ただその背中が、キールを拒んでいない事は、日頃の付き合いで理解出来るので、キールは軽い嘆息と共に、彼の目前に腰を下ろした。


「……こういう時、俺はどう言えばいいんだろうな?」

「先輩?」

「手塚に、彼女にただ詫びるだけなら来るなと言われて、実は困ってる」

「……困ってる?」


 表情が、全く困っているように見えない為、非個性的にオウム返しをしてしまったキールだったが、視線は思わず、手塚の去った方角に向けられていた。


「あの人は……」

「キール?」


「いや…手塚さんも、若宮女史も、当の先輩よりも、自分と先輩の『立ち位置』を良く分かってるんだなと思って……驚いたな」


 キールの言い方に、ふと興味を覚えたように天樹の視線が動いた。


「俺の立ち位置……?」


「表向き、軍の将官としてどうあるべきなのかって話ですよ。…そんな、あからさまに嫌そうな顔をしている時点で、既に間違っているとは思いますけどね…あぁ、それじゃ、手塚さんに追い出されても仕方がないか。俺はむしろ納得しました」


「……俺に、そ知らぬ顔をして、若宮さんに接しろとでも?」


 無理でしょうね、とキールは即答し、反論しかけた天樹は、不本意そうに口をつぐんだ。


「けれど彼女、俺に言いましたからね。言葉にしておく事が必要な時もある、と。手塚さんも、自分が動く事で、先輩に不都合になるようなら、動き方はいくらでも変える、なんて言ってましたし。今、先輩が失脚すればどうなるのかって事を、俺たちが言うまでもなく、良く分かってるんですよ、きっと。…いや、俺結構、あの二人が先輩の側にいてくれるって言うのなら、デュカキス大佐の代わりは十二分に務まるんじゃないかと思いましたよ」


「……キール……」


「あぁ……どう言えばいい?って言う話でしたっけ。そうですね。一応、俺の意見としては、正直に『めげずに来て欲しい』と言えばいい――と言う事で」


 若宮水杜とガヴィエラとの間に、口の端にのぼらない「何か」があるとは思うのだが、それこそ、キールの語るところにはない。


 リカルド・カーウィンなどが聞けば、当初の否定的意見はどうしたと言いそうだったが、キールは涼しげな表情(かお)で、運ばれてきたコーヒーに口をつけた。


「ちょうどいいか……先輩、今手もち無沙汰ですよね?一つ頼まれて下さい」


「……俺は今、()()()()って言わなかったか?」


「いいじゃないですか、それなら俺の意見採用しておけば。俺たちこそ、一連の〝使徒(ディシス)〟との騒ぎで、軍警察のフィオルティ支局に事情聴取で出頭するように言われて、よっぽど困ってるんですよ。その場しのぎに、シストール社の社員だとか大嘘ついてるし…。とりあえず、そこのところ、フォローして貰えませんか、先輩」


 ガヴィの分は、後で…と言いながら、キールは上着の内ポケットから、財布を取り出し、中にあったカードを1枚抜き取ると、天樹の前に置いた。


「ああ、昨日の電話の件か……」


 頷いて、シストール社の社員証(コーポレートカード)を受け取りはしたものの、天樹自身、自分に都合の良いように、軍警察を振り回した事も確かなので、局長たるジュリー・ヘレンズには、嫌味の一つも言われるのではないだろうか、と思った。


「分かった、それは俺が話をしておく。カーウィンたちにも、明日には通常業務に戻ると言っておかないとダメだろうからな」


「カーウィン……()()?」


「気の毒なエノー大尉が、()()()()を称して、軟禁状態にあるらしいんだ。カーウィンに任せておいた以上、結果的に奢らないといけない人数が増えていたとしても、文句を言える立場にはないだろうな」


「……本当(マジ)か……」


 本気で嫌そうに顔をしかめたキールに、天樹も苦笑を誘われたようだった。


「あまり二人を甘やかすなと、カーウィンからは釘を刺されてるんだ、悪い」


「……どっちが上官なんだか、分からないセリフですね、それ」


「まったくだな。ああ……手塚も、そう言う事が言いたかったのかもな。結局、俺には上に立つ者としての自覚が欠けてるんだろう――まだ」


「先輩……」


「助かったよ。少しは手塚に反論出来そうだ。アイツを納得させるのは、骨が折れるんだよ、昔から」


「先輩でも勝てないとか……何者ですか、あの人。まぁ、それなら()()()()歯が立たない筈だ」


 敢えて自分の名前を省く、キールの意地を見透かしたように、天樹は微笑(わら)った。


 そのままさりげなく、キールの分の伝票も掴んで、立ち上がる。


「行くんですか、先輩?」


 コーヒーを片手に微笑みかけるキールに、天樹は頷いた。


「俺自身の心境と、周囲から見える()()とがかけ離れていくのを、始めから仕方のない事だと納得出来るほど、俺はまだ人間が出来ていないんだ。常に誰かに背中を押して貰わなきゃならないのが、まだまだ歯痒いな」


「先輩は、それでいいんですよ。何もかもを、独りで背負って突っ走られちゃ、凡庸な俺たちの立つ瀬が無い」


「……凡庸……俺の知る『凡庸』と、だいぶ意味が違う気がするな」


 キールの言葉に悪意がない事は明白なので、天樹もそれ以上は、混ぜ返さない。


「ガヴィには、ここで待ってるって伝えておいて下さい、先輩」

「分かった」


 背中で答えた天樹は、軽く片手を上げると、手塚が向かった方角と、同じ方向に歩き去った。



「すみません、デュカキス大佐……」


 コーヒーに視線を落としたまま呟く、キールの声は、カフェテリアの中の、誰の耳にも届かなかった。


「大佐を(いた)むだけの時間さえ、先輩には与えてあげられそうにない……まぁ、大佐なら、『それで良い』って言うんでしょうけどね……」


 何しろ、キール達自身にも、充分な時間は現在(いま)、与えられていないのだ。


 まだ生き残っている、第九艦隊全ての人間を代表するかのように、キールは無言でコーヒーカップを掲げた。



 誰もいない空間へ、せめてもの哀悼の意をこめて。

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