手塚Side4:追跡2日目(14)
「――失礼、手塚さんと言うのは?」
軍警察の一人から、思いがけず名前を呼ばれた手塚が、困惑した面持ちを見せながら片手を上げたが、続けられた言葉に、天樹ともども、サッと顔色を変えた。
「軍のレインバーグ少佐とおっしゃる方が、 さがしものは、無事見つけたと。うかつに連絡をとって、何かあなたの不利に働くような事があっては大変だと、あなたの護衛かたがた、私が伝言をお預かりしました。どうやら護衛の必要はなくなったようで、安堵しまし たが、どうぞ少佐に御連絡を」
「……っ!」
詳しい事情は後日うかがいますと、一礼して去って行く、軍警察の担当主任の言葉を、天樹も手塚も最後まで見ていなかった。
手塚の視線をを受けた天樹が、掌中に携帯電話を取り出して、既に覚えこませてあるキールの電話番号を、素早くプッシュした。
――応答は、迅速だった。
『もしもし、先輩?』
「ああ」
『ひょっとして、もう手塚さんと合流したんですか?』
「ああ。今、隣にいる」
『先輩、詳しい話はホテルについてからしますから、今は手塚さんと代わって貰えませんか』
「……彼女は無事なのか?」
『ええ、まあ。どうか謝らないで欲しい。そういう伝言なら、預かっていますよ』
「……っ」
『先輩』
「……分かった、代わる」
冷静なキールの声に気圧されるように、天樹が電話を手塚へと渡す。
怪訝そうな顔で、電話を受け取った手塚だったが、二言三言、キールと言葉を交わした後、しばらくの沈黙と共に、突然、ぎょっとしたように声を張り上げた。
「“束縛の手枷”だって⁉」
「⁉」
その声の大きさと、話の内容に、天樹が弾かれたように視線を手塚へと投げたが、手塚は片手を上げて、天樹を制した。
「……ああ。何の軍事的訓練も受けていない人間が、長時間それに拘束されていれば、身体に相当の負担がかかって当然だ。確かに、首都までそのままっていうのは、感心しない。だが、悪いが俺にそこまでの技術は――」
軍事兵器と、その治療法や後遺症などについてのカリキュラムは、ちょうど5年生の半ばから、最終学年にかけてのものとなっている。
まさにこれから、ルグランジェの下でそれを学ぶ予定の手塚は、唇を噛んだ。
「――分かった。後どのくらいでホテルに着く?俺はその間に、上司のルグランジェ中佐にかけあってくるから、彼女はホテルの俺の部屋へ運んでおいてくれ。いいな?」
「手塚――」
もういいだろう、とばかりに、詳細を問い質そうと、天樹が手塚の携帯電話に手を伸ばしたが、手塚はそのまま絶妙のタイミングで、通話を切ってしまった。
「手塚!」
「お前も知っての通り、〝束縛の手枷〟は、行動の自由を奪うものであって、命に関わるものじゃない。ただ、もう何日にも及んでいるから、これ以上彼女に負担をかけるのは、医者の卵として見過ごせない。ついでに言うなら、あいつらの車には“使徒”の幹部がもう一人、拘束されて乗せられているらしいから、今、電話で事態を問い質そうとするのも、あいつらには迷惑な話だろう。おまえは、しばらくここで待ってろ。その間に頭を冷やして、さっきまでの自分の一連の発言を、よく反省しておけ!」
「……反省?」
珍しく、手塚の真意を掴み損ねたらしい天樹に、手塚は短く舌打ちをすると、片手で天樹の胸ぐらを掴んで、声を荒げた。
「命という名の手札に2枚目はないぞ!あの男の考え方ひとつで、おまえは明日にでも殺されるかも知れないって事が、分かってるのか⁉いくら軍にも本多家にも執着がないとは言っても、それなら尚更、それが本心だと悟
られないための努力くらいはしろ!他人なんて、自分の都合のいいようにしか、おまえと言う人間を判断しない。そうそう、そんなねじ曲がった考え方が、理解されるなどとは思うなよ!」
「――――」
天樹は一瞬、目を見開いたものの、何故か続いたのは言葉ではなく、微かな笑いだった。
「多少、不本意な事も言われた気もするんだが……とりあえずは、有難うと言わせて貰っておこうか」
「……おまえ、よっぽど殴られたいらしいな」
剣呑さに拍車がかかった手塚の視線を受け止めつつ、天樹は手塚の手を胸元から外させた。
「確かに、今更、思い入れのあるものなんて、思い浮かばない。ただ、今、全てを投げ出せば、俺の周りにいる、何人かの親しい人たちを皆、戦火の中に置き去りする事になる。それを恐れる程度の執着と、臆病さはあるよ。正確には最近気付かされた事だが、少しは成長しただろう?」
「開き直って、威張るなよ。おまえと若宮さんが、お互いに『ごめんなさい』を連発して、 頭を下げあう様子が目に浮かんで不毛だから、言ってやったんだ。いいか、もう少しマシなコミュニケーションがとれるようになるまで、おまえは部屋に出入り禁止だ。おまえの心情とやらを、一から通訳してやるほど、俺は物好きでも、お人好しでもない」
「手塚……」
「そのうえ、また独りで責任被って、五年前と同じ事を俺に言わせるつもりなら、馬鹿って呼ぶぞ、今度こそ」
きっぱりとそう言い切った手塚は、さすがに抗議の声をあげようとした天樹を全く無視して、無理矢理椅子に座らせた。
「……まいったな」
行き過ぎた謙遜と遠慮は、侮辱と失礼の隣り合わせにある――確か5年前、手塚はそんな風に言ったんだったか。
「俺はあの時から何も成長していないって事か……」
お互いに頭を下げあう事は――確かにするだろう。
手塚の言う事が、どこまでも当てはまりすぎていて、天樹と言えど、反論のとっかかりがすぐに思い浮かばない。
天樹は、困惑も顕に口元に手をあてた。
まいった、と同じ呟きが再び口から洩れ出ている。
「気付くのが遅ぇんだよ、阿呆。しばらくは部屋の方は出入り禁止だ。そこで反省してやがれ」
駆け付けたいのは、やまやまだろうが、それを阻止するのが今は一番堪えると、手塚には分かっていた。
本気だ、と言う圧をかけつつ、身を翻してカフェテリアを後にする。
カフェテリアにキールが現れるまで、天樹はそこで、途方に暮れることになった――。