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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第八章 果てなき道へ
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使徒Side:追跡2日目(11)

「どういう事か説明しなさい、シオン」


 同時刻。『ホテル・ヴィクトリア』のエントランスにある、カフェテリア。


 カテリーナ・ディシスは、不機嫌さも(あらわ)に、入って来た(アルシオーネ)を出迎えた。


「その前に、僕の方こそ事情を聞かせて貰えないかな、姉さん。いったい、何があったのかを」


「……何があったのか、ですって?」


 表情を殺して、テーブルの向かいに腰かけるアルシオーネに、カテリーナは片眉を勢いよく跳ねあげた。


「あなたがいなくなれば“使徒(ディシス)”の防御システムはガラ空きじゃないの!地球軍の幹部と繋がりを持って、情報回線を開いたのは、他でもない、あなたでしょう⁉その回線を逆探知されて、侵入(ハッキング)されたからって、いったい、誰にそれを止められるの!」


「……侵入(ハッキング)?……僕の回線に……」


 カテリーナの勢いよりも、彼女が話すその内容に、アルシオーネは息をのんだ。


「若宮水杜(みと)はどこ、シオン?」


 更に沸騰寸前の声で、鋭い視線を叩きつけるカテリーナに、アルシオーネは唇を噛みしめる。


「姉さん……!」


「何とか侵入(ハッキング)を防ごうとしたカートが、偶然情報を拾ったのよ。侵入者(ハッカー)の『本当の目的』という、情報をね。本多天樹(タカキ)を甘く見過ぎたんじゃないの、シオン?今なら、あなたのした事に、目を瞑ってあげるわ。今すぐ彼女を返すか――それとも殺すか、なさい」


「今更そんな事をするくらいなら、最初から彼女を連れて、首都(アルファード)を離れたりするものか!」


 テーブルを叩かんばかりの勢いで詰め寄るアルシオーネを、カテリーナが鋭い声で遮る。


「今の地球軍では、どうしようもないと思うからこそ、私たち“使徒(ディシス)”があるのよ、シオン!あなたは自分自身の()()のために、何代

も続いてきた、この組織を潰してしまうつもりなの⁉…そんな事、認められる筈がないでしょう!」


 オークル色の、パンツスーツのジャケットの内側に忍ばせてあったのは――女性向きの、小型銃。


 アルシオーネの、それ以上の反論を封じようとするかのように、そっとジャケットの内側を見せたカテリーナは、牽制まがいの挑戦的な視線を、(アルシオーネ)へと投げた。


「もう一度言うわ、シオン。彼女はどこ?」

「……っ」


 姉弟の視線が、一瞬ぶつかりあったが、アルシオーネが続けたのは、カテリーナが望んだ言葉ではなかった。


「……なら、いっそ僕を撃てばいい」

「シオン!」


「彼女を返したところで、あれほど肥大してしまった組織が、変わる筈もないだろう⁉どうしようもない組織だと、今も言ったばかりだ!逆に彼女を殺してしまっても、それこそ“使徒”(こちら)がいい粛清の対象じゃないか!姉さんこそ、そんな事も分からないと⁉」


 大仰に顔をしかめたカテリーナは、カフェテリアのテーブルを平手で叩きながら、アルシオーネを睨み返した。


「分かっていないのは、あなたでしょう、シオン!私たち“使徒(ディシス)”の理想は、これ以上“アステル法”の様なくだらない法律が世間に定着して、国が軍国化していく事のないようにしようと、そう言う事だった筈でしょう⁉あなたが今、しようとしている事は、地球軍を変えたいという、あなた自身の思い上がりであって、彼女のためじゃないわ!」


 ただ、若宮水杜を貶めようとしている訳ではないカテリーナの言葉に、思いがけずアルシオーネが言葉に詰まらされた。


「姉さん、僕は……っ」


「あなたに図書館を辞めさせてしまってから、この2年、私なりに、気は遣ってきたつもりだった。けれどもう……どうしようもないのね、シオン?」


 何かの宣告のように、瞑目しながらそう告げたカテリーナは、一度目は威嚇として見せただけだった銃を、懐からゆっくりと取り出すと、その銃口を、感情を押し殺した表情を見せるアルシオーネの額へと、突きつけた。


「……確かに、()()が一番、組織のためになるのかも知れない」


 始めから予期していたと言わんばかりの、アルシオーネの表情は、揺らがない。


「なっ⁉」


 むしろ、隣の席にいた紳士が、怯えたように椅子を倒して立ち上がり、その側を通りがかった女性が、悲鳴を上げて後ずさった。


 ――カフェテリアの空気が、一気に騒然としたものへと変わる。


「早くしないと軍警察が来るよ、姉さん」


 椅子に腰かけたままのアルシオーネは、むしろ淡々としていて、それがかえってカテリーナを苛立たせる。


「若宮水杜の居場所を――答えるつもりはないのね、何があっても」


「どうせなら最後まで、僕らしくありたい。僕の気持ちが、彼女(みと)から動く筈がないと、分かってただろう?だからその程度は、()()()

()として甘受しておいて欲しいな、姉さん」


「……っ、あなたって子はっ!」


 かっとなったカテリーナが、躊躇(ためらい)を振り切るように立ち上がると、引き金に手をかけた。


 カフェテリアの中に、更なる悲鳴が上がったが、アルシオーネは視線をそらす事なく、真っ直ぐにその銃口を受け止めている。


 誰もが血の惨劇を予測して、目をそらした。


「――その銃を下ろすんだ、カテリーナ・ディシス」


 だからその場にそぐわない、静かな声がそこに投げ入れられた時、それはどんな怒号よりも大きく、その場に響いたのだ。


 カテリーナは少しずつ視線を動かしていき、やがてアルシオーネの後ろに立つ、一人の青年の姿をそこに認めた。


 その手に握られた、銃の銃口と共に。


「……軍の犬?それとも、軍警察の犬なのかしら」


 さすが、日頃“使徒(ディシス)”の実働部隊を率いる女性である。

 表向き、怯む様子は見せずに、冷ややかな視線をカテリーナは投げつけた。

 

 カテリーナが、すぐには引き金を引かないと悟ったアルシオーネも、ゆっくりと、首だけを後ろへと傾ける。


「―――」


 そして僅かに、その目を瞠った。


「本多天樹……」


 そこに立っていたのは、彼にとっては全ての()()とも言うべき青年だった。


 ハミルトンやガルシアのアクセスコードを使って、情報を得ていたのだから、幾度も検索されたその顔を、覚えていない筈がない。


 そして、その本多天樹のやや後ろに、不本意そうに顔をしかめながら立っている青年の顔も、である。


「やはり()()は、君と彼女との()()()だった

のか……」


 手塚玲人(アキト)という固有名刺までは知らないにせよ、昨日ここで会った事を忘れる(アルシオーネ)ではない。


「不自然な会話だとは思っていたんだ。まさかこうも早く、居場所を突き止められようとはね……」


「……若宮さんは、どこに?」


 銃を持たない方の手で手塚を制しながら、なるべく静かに、天樹が問いかけた。

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