使徒Side:追跡2日目(11)
「どういう事か説明しなさい、シオン」
同時刻。『ホテル・ヴィクトリア』のエントランスにある、カフェテリア。
カテリーナ・ディシスは、不機嫌さも顕に、入って来た弟を出迎えた。
「その前に、僕の方こそ事情を聞かせて貰えないかな、姉さん。いったい、何があったのかを」
「……何があったのか、ですって?」
表情を殺して、テーブルの向かいに腰かけるアルシオーネに、カテリーナは片眉を勢いよく跳ねあげた。
「あなたがいなくなれば“使徒”の防御システムはガラ空きじゃないの!地球軍の幹部と繋がりを持って、情報回線を開いたのは、他でもない、あなたでしょう⁉その回線を逆探知されて、侵入されたからって、いったい、誰にそれを止められるの!」
「……侵入?……僕の回線に……」
カテリーナの勢いよりも、彼女が話すその内容に、アルシオーネは息をのんだ。
「若宮水杜はどこ、シオン?」
更に沸騰寸前の声で、鋭い視線を叩きつけるカテリーナに、アルシオーネは唇を噛みしめる。
「姉さん……!」
「何とか侵入を防ごうとしたカートが、偶然情報を拾ったのよ。侵入者の『本当の目的』という、情報をね。本多天樹を甘く見過ぎたんじゃないの、シオン?今なら、あなたのした事に、目を瞑ってあげるわ。今すぐ彼女を返すか――それとも殺すか、なさい」
「今更そんな事をするくらいなら、最初から彼女を連れて、首都を離れたりするものか!」
テーブルを叩かんばかりの勢いで詰め寄るアルシオーネを、カテリーナが鋭い声で遮る。
「今の地球軍では、どうしようもないと思うからこそ、私たち“使徒”があるのよ、シオン!あなたは自分自身の執着のために、何代
も続いてきた、この組織を潰してしまうつもりなの⁉…そんな事、認められる筈がないでしょう!」
オークル色の、パンツスーツのジャケットの内側に忍ばせてあったのは――女性向きの、小型銃。
アルシオーネの、それ以上の反論を封じようとするかのように、そっとジャケットの内側を見せたカテリーナは、牽制まがいの挑戦的な視線を、弟へと投げた。
「もう一度言うわ、シオン。彼女はどこ?」
「……っ」
姉弟の視線が、一瞬ぶつかりあったが、アルシオーネが続けたのは、カテリーナが望んだ言葉ではなかった。
「……なら、いっそ僕を撃てばいい」
「シオン!」
「彼女を返したところで、あれほど肥大してしまった組織が、変わる筈もないだろう⁉どうしようもない組織だと、今も言ったばかりだ!逆に彼女を殺してしまっても、それこそ“使徒”がいい粛清の対象じゃないか!姉さんこそ、そんな事も分からないと⁉」
大仰に顔をしかめたカテリーナは、カフェテリアのテーブルを平手で叩きながら、アルシオーネを睨み返した。
「分かっていないのは、あなたでしょう、シオン!私たち“使徒”の理想は、これ以上“アステル法”の様なくだらない法律が世間に定着して、国が軍国化していく事のないようにしようと、そう言う事だった筈でしょう⁉あなたが今、しようとしている事は、地球軍を変えたいという、あなた自身の思い上がりであって、彼女のためじゃないわ!」
ただ、若宮水杜を貶めようとしている訳ではないカテリーナの言葉に、思いがけずアルシオーネが言葉に詰まらされた。
「姉さん、僕は……っ」
「あなたに図書館を辞めさせてしまってから、この2年、私なりに、気は遣ってきたつもりだった。けれどもう……どうしようもないのね、シオン?」
何かの宣告のように、瞑目しながらそう告げたカテリーナは、一度目は威嚇として見せただけだった銃を、懐からゆっくりと取り出すと、その銃口を、感情を押し殺した表情を見せるアルシオーネの額へと、突きつけた。
「……確かに、それが一番、組織のためになるのかも知れない」
始めから予期していたと言わんばかりの、アルシオーネの表情は、揺らがない。
「なっ⁉」
むしろ、隣の席にいた紳士が、怯えたように椅子を倒して立ち上がり、その側を通りがかった女性が、悲鳴を上げて後ずさった。
――カフェテリアの空気が、一気に騒然としたものへと変わる。
「早くしないと軍警察が来るよ、姉さん」
椅子に腰かけたままのアルシオーネは、むしろ淡々としていて、それがかえってカテリーナを苛立たせる。
「若宮水杜の居場所を――答えるつもりはないのね、何があっても」
「どうせなら最後まで、僕らしくありたい。僕の気持ちが、彼女から動く筈がないと、分かってただろう?だからその程度は、肉親の
情として甘受しておいて欲しいな、姉さん」
「……っ、あなたって子はっ!」
かっとなったカテリーナが、躊躇を振り切るように立ち上がると、引き金に手をかけた。
カフェテリアの中に、更なる悲鳴が上がったが、アルシオーネは視線をそらす事なく、真っ直ぐにその銃口を受け止めている。
誰もが血の惨劇を予測して、目をそらした。
「――その銃を下ろすんだ、カテリーナ・ディシス」
だからその場にそぐわない、静かな声がそこに投げ入れられた時、それはどんな怒号よりも大きく、その場に響いたのだ。
カテリーナは少しずつ視線を動かしていき、やがてアルシオーネの後ろに立つ、一人の青年の姿をそこに認めた。
その手に握られた、銃の銃口と共に。
「……軍の犬?それとも、軍警察の犬なのかしら」
さすが、日頃“使徒”の実働部隊を率いる女性である。
表向き、怯む様子は見せずに、冷ややかな視線をカテリーナは投げつけた。
カテリーナが、すぐには引き金を引かないと悟ったアルシオーネも、ゆっくりと、首だけを後ろへと傾ける。
「―――」
そして僅かに、その目を瞠った。
「本多天樹……」
そこに立っていたのは、彼にとっては全ての元凶とも言うべき青年だった。
ハミルトンやガルシアのアクセスコードを使って、情報を得ていたのだから、幾度も検索されたその顔を、覚えていない筈がない。
そして、その本多天樹のやや後ろに、不本意そうに顔をしかめながら立っている青年の顔も、である。
「やはりあれは、君と彼女との謎かけだった
のか……」
手塚玲人という固有名刺までは知らないにせよ、昨日ここで会った事を忘れる彼ではない。
「不自然な会話だとは思っていたんだ。まさかこうも早く、居場所を突き止められようとはね……」
「……若宮さんは、どこに?」
銃を持たない方の手で手塚を制しながら、なるべく静かに、天樹が問いかけた。