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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第八章 果てなき道へ
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水杜Side2:追跡2日目(9)

 廃墟の裏手にカートが止めていた車に乗り込んだ、アルシオーネの姿がやがて視界から消える。


 車が去った方角に視線を向けたまま、どこか抑揚に欠けた声で、水杜が静かに呟いた。


(シオン)はああ言っていたけど……殺されても仕方がない立場にいるわよね、私」


 内心はどうであれ、怯えた素振りを表に出さないのは大したものである。

 ジェンキンスは、興味深げな視線を水杜へ と投げた。


「……だとしたら?」


「事態があなたの言う通りのところまで進ん でいるのなら、もはや私を殺したところで意味はないと思うわ。でも、()()()()()の範疇にまで、口は挟めないから」


「確かに……私は一言だって、あなたを殺さないとは、シオン様には言わなかった」


 平然とジェンキンスも言葉を返したが、顔色の変わらない水杜に、ただ…と付け加える。


「ただ、今あなたを殺しても、確かに組織には何の益にもならない。あなたには、あくまで一時的に永らえている命だと、ご理解いただければ結構」


「……でしょうね」


 それは今の水杜にとって、アルシオーネとの会話よりも、遥かに首肯しやすい考えであり、少なくとも今の時点では、命の危険がほぼない事はハッキリしていた。


(一斉検挙……)


 水杜の中では、それによって目論まれた事は、分かりすぎるくらいに明らかだった。


  ()()が諮問会の延期を狙って、軍とその周辺を動かしたのだ。


 誰か—―この状況下で考えられるのは、たった一人。


 “トリックスター事件(ケース)”を、真に主導した、異端の同級生。


「……さすがにもうダメ、かな……」


 軍属ではない自分のために、()をここまで動かしてしまった時点で、既に問題は山積みの筈だ。


 まして、今の自分の()()を思えば――。


 表情をを消すように目を閉じて、水杜はゆっくりと、車椅子の手すりに手を伸ばした。


 深く息を一つ吸って、伸ばした両腕に思いきり力をこめると、水杜はおもむろに立ち上がり、間髪入れずに、隣に立っていたジェンキンスの上着を掴むと、そのポケットから見えていた「黒い物体」を奪い取ると、彼を勢いよく突き飛ばしたのである。


「な……っ」


 一瞬の出来事であり、さすがのジェンキンスも瞠目して反応が遅れたのだが、その先は、ジェンキンス、水杜の双方が分かっていた通りに、“束縛の手枷(タクイート)”の反動が水杜の身体をかけ巡り、苦痛に顔を歪めた水杜は、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。


 乱れた上着を調え直しながら、呆れた面持ちで、ジェンキンスが水杜を見下ろしている。


「……私の()()()()で、助けを呼ぼうとでも?」


「銃でも入れていてくれれば……何とかなるかもって……思ったのよ。ただずっと、囚われていただけだったなんて……少し、自分のプライドにさわるじゃない……」


 全身を、火傷にも似た痛みが包んでいるようで、両手の爪を地面に立てるように俯きながら、水杜は呻いた。


 ああ……と、むしろ哀れむような微笑を浮かべたジェンキンスは、ゆっくりとポケットから銃を出してみせた。


 ——水杜が奪い取った携帯電話とは、逆のポケットから。


「私が()()()であれば、良いアイデアだった」


 取り出した銃に一瞬だけ視線を投げて、その銃口を、微笑と共に水杜の方へと向ける。


「シオン様が“束縛の手枷(タクイート)”を持ち出した事は、早くから分かっていた。だから、あなたがそう、予想外の事をするとは思ってはいない。ただ、今みたいに、中途半端に何かをされるのも困る。おとなしくしていて貰いましょうか――死なない程度で」


「……ご勝手に……っ」


 馬鹿にされた事が十分に理解出来るので、水杜は心底、勝手にすればいいと言う思いで、そう吐き捨てた。


 愉快そうな笑みを口もとに乗せたまま、ジェンキンスが躊躇なく、引き金に指をかける。


「!」


 静かな廃墟に銃声が響き渡り、水杜は思わず覚悟して目を閉じたのだが――何故かその後、痛みも血飛沫が広がる事もなかった。


「水杜さんっ、いたぁっ!」

「⁉」


 新たな声と人影が、そこに割り込んできたのだ。


「つっ……!」


 銃を弾かれ、その反動に顔をしかめたジェンキンスが、反射的に身を仰け反らせたそこへ、何者かの拳が空を切った。


 金髪のポニーテールを揺らす少女が短く舌打ちをしたが、すぐさま踏み出していた右足を軸に、今度は左足を素早く蹴り上げた。


「!」


 しかしその足は、己を庇うべく持ち上げたジェンキンスの両腕によって、再び阻まれる。


「なに、こいつ!かわいくない……っ!!」


 そんな声が水杜の耳には届いたが、その瞬間、再度繰り出された彼女の拳が、体制を立て直そうと後ずさったジェンキンスの鳩尾に、見事に命中していた。


「――――」


 地面に倒れたままの水杜と同じ高さに、ジェンキンスの身体が沈む。


「大丈夫ですか⁉もしかして、私、間に合わなかった?どこか撃たれました⁉」

「リーン……少佐……?」


 ごく最近、記憶に定着した少女の名を、かすれがちな声で呟いた水杜だったが、駆け寄って来た当のガヴィエラには、一喝されてしまった。


「リーン少佐、じゃないでしょう水杜さん!ガヴィでいいってあれほど……って、そんな場合じゃなかった。血は……出てないけど、あと、骨とか――」


 水杜はガヴィエラを安心させるため、微笑を浮かべようとはしたものの、上手くいかなかったらしい。


「……何て言ってたかな、これ……タクイート……?」


 慌てたように、水杜の身体を服の上から確認しようとするガヴィエラに、激痛が走ったままの腕を、わずかに持ち上げて見せる。


「ごめんなさい……動けないのよ……」

「……え」


 差し出された腕を手にとったガヴィエラは、わずかに考える仕草をみせたものの、さすが現役の軍人で、それが何かはすぐに思い出したようである。  


「キール!」


 車を下り、ジェンキンスを撃った銃を下ろしながら近付いてくる相棒に、鋭い声を投げる。


「情報どころか、こんなモノまで横流しされちゃ、たまったものじゃないんだけど⁉これって、専門医に診て貰わないと解除出来ないんじゃなかったっけ?」


 呻き声をあげたまま、起き上がれないジェンキンスを一瞥しながら、キールがガヴィエラの隣りにかがみこんだ。


「“束縛の手枷(タクイート)”か……確か、常用しているのは特務隊だったな。あまり素直に専門医を寄越してくれそうな部署じゃないな」


「だからって、首都(アルファード)に帰るまでこのままにしておくの?そう言う訳にはいかないでしょ」


「……確かに」


「あっ!水杜さん、紹介が遅れてごめんなさい。()()、私の空戦隊の相棒ですから御心配 なく。キール・ドワイト・レインバーグ。貴 子さんには紹介済みです」


()()とはなんだ、ガヴィ」


「細かい事は気にしない。水杜さんをホテル へ運ぶほうが先」


「まったく、おまえは……失礼、若宮女史。状況が状況なんで、詳しい自己紹介はまた後 日に。今は、このガヴィの()()とでも思っておいて貰えれば」


「……そっちこそ()()とは何、キール」


 そんな場合ではないのだが、二人の軽口に、水杜の表情がかすかに緩む。

 はた、と我に返ったキールが、軽く咳払いをして、ガヴィエラの肘を小突いた。


 ガヴィエラもハッとなり、キールと二人で左右から、水杜の身体を持ち上げて、車椅子に再度もたせ掛ける。


「ガヴィ、とりあえず手塚さんに連絡しよう。医学学会をちょうどやっているなら、解除の方法を知る人間が、一人や二人はいるかも知れない」


「あ、そうか!」 


「……手塚君?」


 ふと顔をあげた水杜に、そうですよ?と答えたのはガヴィエラだった。

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