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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第八章 果てなき道へ
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手塚Side2:追跡2日目(7)

 5年前に軍を揺るがした〝トリックスター事件(ケース)〟の経緯を、ガヴィエラもキールも詳しく知る訳ではない。


 本多天樹(タカキ)が、それによって“アステル法” を適用されるに至ったと言う、噂だけは耳にしているが、手塚の事など無論、論外である。


 今は亡き司狼(シロウ)・ファイザード少将が間に立ち、中学生主導と言うシナリオを黙認する代わりに、天樹の入隊と、手塚の、軍属であるソフィア医大への進学を持ちかけていたのだと知れば、手塚に対し、同じような接し方は出来なかっただろう。


 その間にも、ガヴィエラは黙々とシビラ大のコンピュータとアクセスをしていたのだが、かつて陸上部が常宿とし、今はもう廃業された施設の跡地に目をつけたのは、それから間もなくの事であった。


「ねえ、キール。ここ、行ってみない?」


「確かに…アルシオーネ・ディシスがそもそも何故この地を選んだのかと思えば、昔を懐かしんで来た…違うな、昔を思い出させて、女史の決断を翻させようとしている。――そう言う考え方も出来るか」


「珍しく、キールの方が非論理的だ」   


 もとより、憎まれ口を叩きあう程の時間はない。ガヴィエラは素早くパソコンをログアウトさせて立ち上がると、キールを促すようにドアの方へと向かった。


「それじゃあ、お願いします、手塚さん」


 だがそう言って会釈をしたのはキールで、ガヴィエラは黙礼をしただけである。

 

「出来る限りの事はするし、これ以上醜態をさらすつもりもない。俺の事は()()気にかけずに、若宮さんを捜してくれ」


 いざという時の自衛能力を疑う、ガヴィエラの内心をきちんと見透かした手塚のセリフに、さすがに言われた当人が眉をひそめた。


「もう、いやな人だなぁ」


「似たりよったりの、本多なら良くて、俺はイヤな人か?傷つくなぁ、そいつも。ま、褒められたと解釈はしておくが」

 

 手塚の方が、役者は上だ。


「はいはい、行くぞガヴィ」


 これ以上は不毛だと判断したのだろう。キールが、唇を尖らせたガヴィエラの腕を引っ張るようにして、外へと連れ出して行く。


「……おもしれー奴ら……」


 そんな二人を見送りながらも、手塚の頭は既に目まぐるしく、別方向に回転をしていた。


 実のところ、若宮水杜(みと)に関する全ての事がまだ非公開であるのなら、手塚自身が、どうルグランジェに切り出すべきなのか――今でこそ前線を退いている彼だが、現役時代の上官の旗色次第では、全てが水の泡になると、彼は気が付いたのである。


「バリオーニ…当時中将だって言ってたな、確か。本多とは()()なのか、先にあの二人に聞いておくんだったな……」


 今からでも遅くはないか、と思い直して、掌中に携帯電話を取り出した手塚だったが、途端に勢いよく鳴り出した電話に、危く機体を取り落としそうになった。


「おっと……はい、もしもし?」


『その分だと、()()()()()()()にはまだ程遠そうだな、手塚』


 聞きなれた声。


 手元の時計に視線を落として、手塚はせいぜい、電話越しにも聞こえるように、盛大な舌打ちをしてみせた。


「たまには、まともな時候の挨拶から入れと言うのは、お互い様だろう。――今どこだ」


『今、ナイキーの空港に着いたところだ。あと一時間ほどはかかる』


「なるほど。とりあえず、まず俺にかけてくるだけの友情があったんだって事は、有難く受け止めておこう。それから、おまえの部下だって言う二人なら、今しがた出て行った。コトをややこしくしたくないなら、おまえはまず『ホテル・ヴィクトリア』へ来い、本多」


 冗談と要点が巧みに入り混じった、手塚らしい話し方だった。電話の向こうの天樹の声にも、苦笑している響きがある。


『何だか「5年前」を思い出すな』


「まったくだ。おまえの部下の()()()()の強さも、弟君を連想させてくれるな。おまえ、本質的には年下に甘いんだな。俺はちょっと納得した。ああそうだ、俺は今から、上司の外科医・ルグランジェ中佐に自由行動の許可

を取りに行かなきゃならないんだが、その理由はどこまで話せそうだ?一応、ウチの上司は元第一艦隊の軍医で、当時確かバリオーニ中将って人の直属だったらしいんだが、今も健在なのか、お前にとってやりづらい相手なのか、そのあたり、現状ではいくら俺でも調べようがない。単刀直入に答えてくれれば有難い」


『……バリオーニ……中将?』


「少なくとも、5年以上前の話だから、今もそうなのかどうかは、分からん」


『いや……俺の打った()が、きちんと効を奏しているのなら、今頃、話は俺の上司から、バリオーニ()()に伝わっている筈だ。手塚、その人は今の副本部長だ。話の分かる人だとは聞いている』


 電話口で、手塚が軽く口笛を吹いた。


「それで、ルグランジェ中佐の、外科医としての今もあると言う訳か……よく分かった。そういう事なら、俺のやりやすいように動かせて貰う。『ホテル・ヴィクトリア』で会おう、本多」


 そう言って電話を切った手塚は、一瞬、ガヴィエラやキールたちにもその事を伝えるべきかどうか思案したが、結局は実行には移さなかった。

 

 自分がやりたいようにやっている以上、他人の行動のペースを乱してしまうのは、手塚の好むところにはない。


 結局彼は、ルグランジェの所へ行き、午前中は学会発表のためのスライド作りを手伝って、本多天樹を待つ事にしたのである。


 ルグランジェ本人は、午後、学会に出席しながら、座席で最後の論文をまとめると言う。


 不必要に関わりを持たない事も、一種の「協力」だろうと、手塚は納得した。

 

「一時間……か」


 本多天樹が来るまでの間に、どこまで事態を動かす事が出来るのか。


 正式な軍人でない自分には、限界がある。

 手塚は少しだけ、その事を苛立たしく思った。


「しかし俺も、何がやりたいんだかな……」


 目指す未来(さき)への不確実さ(リスク)は、決して小さくはない。それでも水杜が、天樹の「招聘(アステル法)」を一蹴しなかった理由――手塚は今それを、猛烈に知りたいと思っていた。


 それが、アルシオーネ・ディシスが抱いた思いと、同じであるとは気付かないままに。

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