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虚空のシンフォニア――序奏・黎明の迷宮――  作者: 渡邊 香梨
第八章 果てなき道へ
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手塚Side1:追跡2日目(6)

「もう。結局、侵入(ハッキング)はするんじゃない」


手塚の部屋のパソコンを立ち上げながら、ガヴィエラは不平を鳴らした。


「手塚さんが、昨日若宮女史に会った時間、玄関先のところから映像を巻き戻して行けば、宿泊部屋が割り出せると思わないか。手間が十分の一以下に省けて良かったじゃないか」


「それは……確かに」


 キールの指示一つで、鮮やかな手つきで(パソ)(コン)操作をこなすガヴィエラを、感心したように手塚が覗きこんでいる。


「優秀だなぁ、お嬢さん」


「お嬢さん、お嬢さんって、一歳しか変わらないしっ。それに、ガヴィエラ・リーンって言う、ちゃんとした名前もあるしっ」


「あ、そうだったか?いや、いくら本多の後輩って言っても、それも気安いだろうって言う、俺なりの配慮だった訳なんだが」


「……そんな気遣い、嬉しくないし」

「ガヴィ、さっきから言葉遣いがおかしい」


 明らかに手塚は、ガヴィエラの反応を、からかって楽しんでいる。どちらかと言えば、そんなガヴィエラに救いの手を差し伸べる形で、キールが苦笑気味に言葉を挟んだ。


「手塚さんも、あまり彼女をからかわないで下さいよ。大胆な人だな、本多先輩でもそこまではしないのに」


「本多の性格で、それを要求する方が間違いなんじゃないか?」


「いや、別に要求したい訳じゃ……」

「お、映像が出たな」


 言いたいだけ言っておいて、さっと話を本筋に戻せる、その切替力には脱帽する。

 キールも頭一つ振って、手塚と共に端末(パソコン)の画面を覗き込んだ。


「これ、か」


 映し出されているのは、最も客の出入りが激しいエントランス付近の映像であり、ゆっくりと時間が巻き戻されていった結果、車椅子の映像が現れたところで、キールが画像のストップをかけた。


「ああ、そうだそうだ。俺が会ったのは、この二人だ。間違いなく、彼女だった」


「……ビンゴって事か」


 頷く手塚に、ガヴィエラも手は止める事なく、画面を見つめている。

     

 そしてカメラの位置は、二人を追うように、次々と切り替わり始めた。

  

 フロントを通り過ぎ、ロビーを横切り、エレベータへと乗り込む姿が映し出され、そうしてあるフロアの部屋の前で画像は止まった。


「……ここと2階しか違わないぞ、おい」


「あの、ここから先は見なかった事にしておいて欲しいんですけど…良いですか?」 

  

 何とも言えない表情を見せたガヴィエラに、手塚は怪訝そうに小首を傾げたのだが、彼女とキールの存外真面目な視線には、諦めて首をすくめるしかなかったようである。


 掌を上に向けて、画面を指し示しながら、続きを促すゼスチャーをしてみせる。


「……アリガトウゴザイマス」


 ガヴィエラは、殊更感謝の素振りは見せずに、キイボードを叩くスピードを更に加速さ せた。無言で目を瞠る手塚の前で、画面は切 り変わって、宿泊客不在の部屋の様子が映し 出される。


「いないね……二人」

「だがチェックアウトをした形跡はないな。 どこかへ出かけた、か」

「あー、このホテル以外に、二人の行きそう な場所とか、聞いておけばよかったね」


「シビラ大の学生課あたりに、部活動の課外 活動報告書くらいは残ってるんじゃないか? それなら、()()()くらいはつけられるだろう」


「で、また侵入(ハッキング)?もう、違法行為ばっかり」


「あのまま、軍警察が“使徒(ディシス)“を追い込んでいるなら、俺たちのやっている事は、結果論的には必要悪さ。バレたところで、追求はされない。どのみち、侵入(ハッキング)の痕跡は跡形もなく消し去るように、プログラムを埋めこんでい

るんだろう?それは杞憂って言うんだ、らしくないな」


「……表向きモラリストに見えるキールが、一番大胆かも」


「俺は事実を言っているだけだよ、ガヴィ。それに()()()()()()()()()訳じゃない」


 うわぁ、と大げさに顔をしかめるガヴィにキールは笑ったが、隣に立つ手塚に気付いて、慌てて表情を引き締めた。


「すみません。話すと長く、ややこしくなるので…敢えて単純化すれば、防犯カメラの管轄については、客室内だけは、軍警察の管轄になっているんですよ。まあ建前としては、要人の監視だとか保護だとか……どちらにしても、公表されている話じゃないんです。下手をすれば、人権侵害で裁判沙汰ですからね。軍警察が、実は密かに市民の生活レベルにまで入り込んでいる、なんて話は」


「……まあ、軍属のはしくれとしては、とりた てて吹聴するつもりもないが。だが、そういう、いざという時の活用度が高そうな秘密を知っているのは本多だな?その腕前には敬服するが、それで辿りつける領域の話じゃない」


 意味ありげな表情を見せる手塚に、間違いではないかな、とキールも微笑した。


「俺たちはただ、本多先輩が昔やっていた事を、隣で見ていて()()しただけなんで」


「学習!そいつはいい。俺も一度、本多にそう言ってやりたいな。あいつがどんな表情をするか、楽しみだ。――おっと、話が逸れたな。どうだ、ここで若宮さんを待つ時間が惜しいなら、俺がここで管制塔になるから、表へ出るか?本多にも、まずここへ来るように言っておけば、いざと言う時のすれ違いもないだろう」


ガヴィエラとキールは、思わずお互いに、顔を見合わせていた。


 二人だと行き詰まりがちだった部分を、こうもスムーズにまとめて貰えると、有難い。


「……助かります」


 そう正直に呟くキールに、手塚は笑って片手を振った。


「自己満足で手を貸している事だ。俺に出来る範疇の事しか言わないさ。有難がって貰う事じゃない」


 携帯の番号は置いて行けよ、と手塚は付け加えた。

 

「万が一、若宮さんたちが先にホテルに戻るようなら、すぐに連絡する。だが今、己の迂闊さを嘆く俺に、予定外の事をされたくないなら、なるべく自力で見つけ出してくれ。俺と本多が揃った後に、何か起きたりしたなら、それこそ、事態がどう転ぶか予想不可能だからな」


 俺にも、と最後耳に届いたのは、表情を見る限り本気であるかの様にキールには見えた。

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